心から願うもの.6







 それは、あきのの方も同じだった。
「お父さん・・・私と智史、ずっとつき合ってきたけど、大学は別々だったから、お互い以外の異性と接する機会だって、あったのよね。だけど、私は、クラスメートの男性にも、実習で行った病院の職員の男性にも、全く心が動かなかったの。好きだと思える人は、やっぱり智史だけだった。ずっと一緒にいられたらいいなって思い始めたのは、高3の頃からだけど・・・それが今までずっと、続いてきてるってことは、 おそらく、私にとって、智史以上の人は現れないってことなんじゃないかなって思う。だから、お父さん、お願い。智史と、結婚させて?」
「あきの・・・」
 総一郎は揃って頭を下げる2人に、反対する言葉を飲み込むしかなくなる。
 智史があきのを大切に思い、あきのもまた、智史を大切に思っている。それが、言葉からも態度からも伝わってくる。
 まだ若い2人には早すぎる。その考えも確かにあるが、2人で生きていくのだという覚悟がしっかり出来ているらしいことも伝わってきて、許可しても良いかもしれない、とも思う。
「・・・ねえ、総一郎さん。許して、あげて? 私も悠一郎も、2人が結婚してくれると嬉しいし」
「倫子・・・」
 それが、決定打だった。
 総一郎は長い溜息をついて、肩の力を抜いた。
「・・・判った。許そう」
 智史とあきのは一瞬顔を見合わせ、それから改めて総一郎に頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「ありがとう、お父さん! 私、きっときっと、幸せになるから」
 そう言って歓喜を滲ませた笑みを浮かべるあきのを見て、総一郎は安堵感と一抹の寂しさを覚える。
「総一郎さん、私たちには悠一郎がいるんだから、まだまだ、子育てはこれからよ」
 倫子が包むような微笑みで見つめてくれる。
「・・・そうだな。まだまだ、これからだ」
「ええ」
 倫子は頷いてから、あきのへと目を向ける。
「あきのちゃん、その指輪、もしかして」
「あ、うん、貰ったの。ステキでしょう?」
 あきのは自慢げに倫子に左手を差し出して指輪を見せた。
「可愛いデザインねぇ」
「そうなの! 一目で気に入っちゃった」
 はしゃぐ母娘の隣で、総一郎はそれを一瞥し、智史をじろり、と睨んだ。
「石が小さい」
「!・・・すみません・・・あまり、いいものじゃなくて・・・」
 苦笑するしかない智史だが、あきのは総一郎の言葉にムッとした。
「お父さん! これはね、私にとっては最高の指輪なの。智史が一生懸命働いて、買ってくれたものなんだから。文句言わないで」
「君が働いて買ったのか」
「あ、はい、バイトですけど・・・一応、大学の時、出来るだけ貯めてて。ただ、あくまでもバイトなんで、それ買ったら、ほぼ、ゼロに・・・」
「何? では、結婚式はどうするんだ。新居は」
「そこは、親に、借りるつもりで・・・おじさんにきちんと結婚の許可をもらえたら、貸してくれると、両親が」
 智史は父・安志に相談を持ちかけた日のことを思い出していた。






「国家試験に受かったら、あきのと、結婚したいんだ」
 そう切り出したら、安志は真っすぐに智史を凝視してきた。
「何故、そう思った」
「最初に、意識したんは高3の時だ。あきのが親父さんに強引に見合いさせられて、結局、断ることになったのに、見合いの相手が逆恨みして来て、襲われかけて。親父たちが助けてくれたけど、あの時、俺は自分にあきのをちゃんと守ってやれる力がないことが情けなくて悔しかった。俺がもっとちゃんとした大人で、あいつを守ってやれるだけの力があったら、あんな風に泣かせたりしないのに、と。ずっと傍にいて 護ってやりたいって、そう思って。その為には結婚すんのが一番いいだろうなって思った。大学が別々になって、お互いに、お互い以外の異性と知り合う機会も出来て、俺自身もサークルの先輩とか後輩とかと接してきたけど、あきのみたいに気持ちが魅かれることはなかったし、あきのへの気持ちは醒めることはなくて、やっぱ、一緒にいたいって思えるんは、あきのだけだなって、思ったから」
「あきのさんにしか、お前の心は動かない、ということか」
「・・・ああ。そうだよ」
 親に向かって己の恋心を話すのは照れ臭いばかりだが、今はそんなことは言っていられない。
 智史は微妙に目を逸らしたくなるのを抑え、安志と知香を見つめた。
「・・・お前のつもりを、あきのさんには?」
「まだ、言ってねえ。試験受かってからでないと、言えねえし。もし、落ちてたら、今は潔く諦める。また、来年ってことで」
 受験して帰宅してから、智史は試験結果がかなりギリギリだということを両親にも話してあった。受からなかったら、バイトをしながら、来年再受験したいとも。
「・・・仮に、合格していて、あきのさん本人にも結婚を了承してもらえたとしよう。お前はそれを、椋平さんに許してもらえると思うか?」
 安志の指摘に、智史は言葉に詰まる。
 総一郎が簡単に許可してくれないだろうことは、予測しては、いるから。
「・・・多分、難しいだろうな・・・あの親父さんの許しをもらうのは」
「なら、反対されたらどうする。諦めるのか」
「それは・・・けど、諦めるなんて出来ねーよ。反対されたくらいで諦められるんなら、こんなこと考えたりしないさ」
「だが、実際に反対を押し切ってあきのさんと一緒になるようなことをすれば、彼女の実家を奪うことにもなりかねん。それが許される行為でないことも、解っているな?」
「・・・ああ、解ってるさ。・・・何としても、親父さんを説得するよう努力する」
 しっかりと頷きながら応えた智史に、安志もゆっくりと頷いてみせる。
「なら、いい。・・・それで? お前の要求はなんだ。そもそも、お前、結婚となると、かなりの費用が要るぞ? 挙式や披露宴を省略すればそんなにかからないが、椋平さんの家のことを考えると、それは無理だろう? お前、そんなに貯金あったか?」
「いや、だから・・・それだよ、頼みたいのは。親父、母さん、結婚式の費用を貸して下さい。働きながら、ちょっとずつでも返すから。頼んます」
 素直に頭を下げた智史を見ながら、安志と知香は互いの顔を見合わせ、僅かに笑みを浮かべあう。
 智史が本当にあきのと結婚するなら、結婚式や披露宴の費用は、椋平家と相談の上で、可能な限りを出してやるつもりでいる。子供たちが小学校高学年になってから、知香がフルタイムで働いているのは、こういう場合の費用を貯めておく為でもあったのだから。
 しかし、それはまだ内緒だ。
「・・・ならば、きちんと椋平さんに許可を貰え。今のお母さんも含め、あきのさんのご両親の許しがもらえるなら、貸してやる」
「・・・ありがとう、親父、母さん」
 智史が肩の力を抜く。
「・・・でも、智史? 正直なところ、どの位の貯金があるの? 子供の頃のお年玉を貯めていた分は、免許取りに行くのに使っちゃったでしょう?」
 知香にズバリと聞かれ、智史は僅かに目を泳がせた。
「・・・・・その・・・30万、ちょい、くらい」
「・・・3年半バイトしてた割には少なくないか?」
 安志にはそう突っ込まれ。
「・・・婚約指輪を買ったらなくなるわね」
 知香には溜息をつかれた。
 智史は厳しい現実を垣間見たのだった。
 
 









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