心から願うもの.3






「何だか、嬉しいね。こういう配慮って」
「そうだな・・・ちょっと吃驚した」
「智史はいつもデザートは食べられなくて、私がもらうことが多かったでしょう? 私は甘いもの好きだから、嬉しいんだけど、いつも申し訳ないなとも思ってたの。でも、こうやって、智史でも食べられるものなら一緒に楽しめるじゃない? それが嬉しいなって思って」
「あきの・・・」
 智史は軽く瞠目してまじまじと彼女を見つめる。
 自分と一緒に楽しめることが嬉しいと、微笑んでくれるあきの。
 今が『その時』だと感じた。
 智史は、ジャケットのポケットに忍ばせていたものを取り出し、ゆっくりと彼女の前に置いた。
「智史?」
「開けて、見てくれねえか、あきの」
「う、うん・・・」
 突然真摯な瞳になった智史に多少戸惑いながらも、あきのは細いリボンのかかったその包みを解く。
 包装紙を丁寧に外すと、白い箱が出てきた。その蓋を取ると、更に布張りのケースが出てきて、あきのは目を見開く。
 鼓動が跳ね上がり、少し震える手で取りだしたケースの蓋を開けて、あきのは息を飲んだ。
 中身は、指輪だ。
「・・・・・これ・・・・・」
「結婚、してくれないか、あきの」
「智、史・・・」
 茫然とした様子で自分を見つめてくるあきのに、智史はもう一度、言葉を重ねる。
「俺と、結婚してくれ、あきの」
 それでも、あきのはまだ茫然としている。
 彼女の気持ちを読み違えたかと、智史は少し焦りを感じた。
「・・・まだ、正式に仕事もしてねえ、半人前の俺が言うのは、ヘンかもしれねーが・・・もう、限界なんだよ。お前以外に、一緒にいたいと思う女はいねーし、お前が他の誰かのものになるなんてのも考えたくねえし。だから・・・!?」
 さらに言いかけた智史は、あきのの取った行動に言葉を詰まらせた。
 あきのは自分を頬をぎゅーっと抓って見せたのだ。
「痛い・・・!」
「お前・・・何、やってんだ」
「痛い、ってことは・・・夢じゃ、ないってことよね? 本当、なのね? 智史。私・・・あなたの、お嫁さんに、なってもいいって、ことよね?」
「・・・なってもいい、んじゃなくて、なってくれって、言ってんだよ、俺は」
 苦笑いを浮かべて応えると、あきのは瞳を潤ませながらも、幸せそうな笑みになった。
「嬉しい・・・! 私、智史のお嫁さんになりたい、です」
 それを聞いて、智史は肩の力が抜けるのを感じた。
「あー、うわ、なんか・・・情けねえな、俺・・・思ってたよりずっと、緊張したわ」
「私も・・・なんか、嬉しすぎて、ちょっと固まっちゃった・・・これって、ダイヤと・・・?」
 ケースに鎮座している指輪は、ダイヤの隣にピンクのハートの石がつけられている、可愛らしいデザインのものだった。
「確か、ピンクトルマリンって、石だったぜ?」
「ピンクトルマリン・・・って、あ、私の?」
 ピンクトルマリンはオパールと並んで、10月の誕生石だった筈だ。
 永遠を表すダイヤと誕生石、両方を智史は贈ってくれたのだ。
「凄く嬉しい・・・! ありがとう、智史」
「いや・・・その、そこまで喜んでもらえる程いいヤツじゃない、んだよな・・・悪い」
 自己資金の範囲での精一杯のものを買い求めたのだが、それは一般的な婚約指輪の相場の最低ラインでしかない。
 正式な稼ぎがまだない状態の己の限界、だった。
「大事なのは、値段じゃないよ、智史」
「・・・あきの?」
「だってこれ、智史が今までずっとバイトしたりして貯めたもので買ってくれたんでしょ?」
「・・・ああ、まあ」
「智史が私のためにって、一生懸命頑張ってくれて、選んでくれたものだから・・・その『気持ち』が込められてるってことが、何より嬉しいんだよ、私には」
 そう言って、あきのは微笑みながら左手をテーブルの上に置く。
「指輪、嵌めてって、言ってもいい?」
 そして、そっとケースを智史の方へと少し移動させた。
「・・・ああ」
 智史はケースの中の指輪を摘まむと、反対の手であきのの左手首を軽く掴んで、薬指にゆっくり、嵌め入れた。
 それは、2人だけの、神聖な儀式のようで。
 あきのは自分の薬指に収まった指輪を、愛しむかのように見つめ、改めて、智史へと視線を移す。
「ありがとう、智史。大事に、するね」
「こっちこそ。サンキュ、あきの」
 互いに笑みを浮かべて、ふと、視線を下げると。
「おわ、ヤバ」
「え? ああっ、大変!」
 手を付けないままのデザートプレート上のアイスとシャーベットがかなり溶け出している。
「折角だし、食おうぜ」
「うん。・・・あ、これも美味しい。甘すぎなくて、好きな味だわ」
「・・・ああ、こっちもいい。柚子の酸味で甘さは感じねーわ。こんななら、いいな」
 デザートと紅茶もしっかり味わって、2人は食事を終えた。


 





 店を出ると、空は完全に夜へと装いを変えていた。
「・・・まさか、お花までいただくとは思わなかったわ
 会計を済ませると、あきのは小さなブーケを手渡された。「お幸せにね」という言葉と共に。
「おばさまのお友達の方・・・聞いてらしたのかな」
「・・・指輪、じゃねえか? その・・・今夜、俺がお前に申し込むってのは、きっと母さんからの情報だと思うし」
「え・・・じゃあ・・・」
 国家試験に合格したから、というだけではなく、プロポーズの舞台としてこのレストランを選んでくれた、ということなのか。
 智史の心遣いに、あきのは心が温かくなるのを感じる。
「ありがとう、智史。・・・大好き」
「あきの・・・」
 はにかんだ笑みで己を見上げてくる彼女の言葉に、智史はそのまま抱きしめたい衝動に駆られるが、ここは公道。
 さすがに人目のあるところで実行出来る程の度胸はなく、そっと、彼女の空いている手を包む。
「・・・帰るぞ」
「・・・うん」
 僅かに逸らされた視線に、あきのはふふ、と笑う。
 繋がる手の温もりが幸せな気持ちを更に実感させてくれた。
 普段よりゆっくりと、歩を進める。
 駅前を通り過ぎ、椋平家の方向へと交差点を曲がると、智史が小さな溜息をついた。
「智史?」
「・・・ああ、悪い。・・・お前がOKしてくれてよかったけど・・・まだまだ、これからだなあ、って思っちまって」
「・・・もしかして、父のこと?」
 あきのが躊躇いがちに問うと、智史は再び息をつく。
「最大の難関だよなあ・・・親父さんは。けど、親父さんに認めてもらえなきゃ、お前を嫁には出来ねーし・・・向かってくしか、ねえんだけどな」
「・・・父が反対しても、私は智史と結婚する。それは、絶対譲らないわよ?」
「あきの・・・そう言ってくれんのは嬉しいけどな・・・実際、無理だろ、親父さん無視しては。そうでなきゃ、亡くなったおふくろさんに申し訳ねえし」
「・・・それこそ・・・美月お母さんは、智史とのこと、絶対喜んでくれてると思うよ? 倫子おかあさんも、悠ちゃんも」
「・・・まあ、倫子さんと悠一郎は確かにな」
 未来も含めたあきのの相手として、倫子や悠一郎が己を認めてくれているという確信はある。
 しかし、総一郎から信頼されているかと問われれば、否、としか言えないのが現状だ。ようやくスタートラインには立てた、と思うが。
 それに、安志と知香からも、総一郎の同意を得ないことには結婚を認めることは出来ないと言われてしまっている。
「何としても、親父さんには認めてもらわないとな・・・」
 うだうだ考えていても仕方がない。立ち向かうのみ、だ。
     








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