good fortune 3
「君は、あれから誰かとつきあったりしてる?」 いきなりの浩市の質問に、あきのは目を白黒させた。 「えっ、あの、野上先輩?」 「僕は今は彼女はいないんだ。なんとなく、君のことが忘れられなくてね」 「え・・・?」 浩市の笑みが何だか儚さすら感じさせるので、あきのは彼をまじまじと見つめてしまった。 自分のことがなんとなくではあっても気になって、今は特定の彼女がいないだなんて。 そんな思わせぶりなことを、浩市の口から聞くとは思わなかった。 「やだ・・・先輩、からかわないで下さい。私なんて・・・」 「本当だよ。今でも、気になる存在なんだ、君は」
浩市の瞳は真っすぐにあきのを捉えている。 それに、嘘があるようには思えなかった。 けれど、あきのも、簡単に浩市の言葉を信じることは出来ない。自分には今、智史という彼がいるのだから。 「あの、先輩、私、今、つき合ってる男性(ひと)がいるんです」 浩市はそれを聞くと、目を瞠った。 「そうなの? どんな奴?」 驚きの表情(かお)を作って、浩市はあきのの様子を観察した。そう、まるで値踏みでもするかのように。 そんなことには全く気づかないあきのは、少し視線を下げて、頬をほんのりと朱に染めていた。 「見た目は、ちょ
っと恐いんですけど、とてもやさしい男性(ひと)です。同級生で」 「へえ・・・やさしいんだ?」 「はい。・・・なんていうか・・・言葉とかは素っ気ないんですけど、そこにある気持ちが、やさしいんです。凄く、誤解されやすくて、恐がられてますけどね、女の子には」 「・・・ふうん・・・それで、僕とはあんなに嫌がった君も、そのカラダを許したって訳」 一変した浩市の口調に、あきのは反射的に顔を上げた。 先ほどまでのやさしい微笑みはどこにもない。彼が浮かべているのは、氷のように冷たい笑み。 鋭く射抜くような瞳は、あきのを睨んでいる。 ぞくり、と背筋に冷たいものが走
った。 「せ、先輩・・・?」 怯えた瞳であきのは豹変した浩市を見つめる。 無意識のうちに手が震えて、鉛筆が床に落下した。 「大麻 智史。成績は下の中、唯一のとりえは体育。喧嘩は負けナシ、上級生でも平気でのしてしまう。目つきが悪く、女嫌い。・・・そんな奴がやさしい? それとも、奴もあきのをモノにしたいがためにやさしく振舞ったってことなのかな」 感情などまるでないかのような冷淡な口調で話す浩市を、あきのは信じられない思いで見つめていた。 別れを告げられた時だって、こんなに冷たい印象ではなかった。淡々とした感じの部分はあったが、それでも、人間らしい温かさも感じられたの
に。 「どう、して・・・そんなこと・・・」 浩市は表情を殆ど変えないまま、一歩、一歩確実にあきのに近づく。 あきのも立ち上がり、彼が近づく度に一歩、一歩と後ずさっていった。 しかし、やがて背中が壁に当たる。 あきのは逃げ場を失うような形になってしまった。それでも、浩市の前進は止まらない。 「あんな・・・落ちこぼれみたいな奴に取られるくらいなら、無理にでもヤッておくんだったかな・・・まあ、今からでも遅くはないと思うけど?」 そこで初めて、浩市は愉しそうに笑った。 それは明らかに危険な微笑み。 そこでようやく、あきのは思い当たった。 「先輩、もしかして、噂を・・・?」
「ああ、聞いたよ。僕には『恐いから嫌だ』なんて言ってた君が、こともあろうに修学旅行中にあんな奴とヤッただなんてね・・・随分大胆じゃないか」 「ちっ、違うんです! 誤解です!」 あきのは必死だった。浩市にまで誤解されていることが辛くて、真実を伝えたかった。 でも、浩市にとっては真実はどうでもいいことに過ぎない。 「誤解? でも、誤解されるような行動を取ったのは間違いないんだろう? しかも、それを証明出来るものもないんじゃないのか」 「それは・・・」 証明出来るもの、は確かにない。あきのと、智史、お互いだけが証人だから。 状況的には、誤解されても仕方がない事態
だとも言える。 「確たる証拠もなしに、誤解だと断言されてもね・・・なら、君のカラダに聞けばいいってことだな。君がまだバージンかどうかは、今、僕とヤレば判ることだ」 浩市はそういうと、あきのの手首を強く掴んだ。 「嫌っ! 離して!!」 「・・・聞こえないよ、誰にも。今頃、石原は倉元と一緒に買い物に出てる筈だ。これからの部活動の必要道具を相談しあって買い出しに行くのが倉元の用事だったんだからな。・・・ここの戸締りは僕がして帰ることになってる。逃げられはしないよ、あきの」 冷たい笑みがあきのを見据える。 ただでさえ人気の少ない別棟の中でも、美術室は奥の方にあって、更に奥にあ
るものといえば、普段はまず使われない小会議室だけ。 上の階にまで行けば、地学教室や化学実験室などがあって、地学教室では天文学部が活動している筈だ。俊也も、そこにいる筈。 けれど、真夏のように窓を開け放っている訳ではないので、少々の声を上げても、上の階まで届くようなことはまず、ない。 部長の石原や、顧問の倉元の助けが期待できないというのなら、はっきり言って絶望的だった。 あきのはそれでも、なんとか浩市の手から逃れる方法はないかと、必死に考える。けれど、いい方法など浮かばない。 浩市は相変わらず冷笑を浮かべている。 「そんな怯えた瞳で見ることはないだろ・・・いい
じゃないか、一度ヤるくらい」 「・・・嫌・・・離して・・・」 「好きな男とでないとって? あきのは、僕を好きだったんじゃないの? 以前はあんなに僕を無防備に煽ってたくせに」 「あ、煽ってなんか・・・!」 「そのカラダそのものが男を煽ってるんだよ。自分がどれだけ男の性欲をそそるのか、自覚ないだろ」 あきのは絶句してしまった。 そんな自覚はある訳がない。浩市の言うことは本当なのだろうか。それならば、自分はどんな男性にでも性衝動の対象として見られてしまうということなのか。 あまりのことにあきのは混乱し、抵抗する力も失くしてしまう。 浩市はほくそ笑み、あきののリボンタイに
手をかけてそれを解き、ブラウスのボタンも1つ1つ外して、あきのの胸元をはだけさせる。 「・・・見た目よりもあるみたいだな・・・へえ・・・」 下着の上から胸をきゅっと掴まれて、あきのははっと我に返った。 「嫌っ! 嫌ぁ!!」 「だから誰も来ないって。諦めろよ」 浩市の冷たいひと言に、あきのは涙を滲ませた。 悔しくて、悲しくて、どうしようもない程の自分の愚かさを呪った。 確かに以前は浩市のことが好きだった。でも、それはとうに過去のことになっている。今、あきのが好きなのは智史だけ。 それなのに、好きでもない浩市の手が身体を自由に這い回ろうとしている。これでは、あの旅
行中の見知らぬ男たちに触れられたのと大差ない。 「嫌・・・! 助けて・・・智史・・・!」 もうとっくに帰宅している筈の智史の名を呟き、あきのは何とか浩市の手から逃れようと必死でもがいた。 けれど、そんな抵抗も空しく、あきのの両手はぐい、と頭上で1つに纏められ、壁に押さえ込まれてしまう。 「男の力に敵う訳ないだろ。大人しく僕にヤラれろよ」 浩市は左手であきのの両手を封じ、空いている右手であきのの胸を覆っている下着を乱暴に上へずらそうとした。 その時。 ガタン、と大きな音がして、ドタドタッとした足音が聞こえ、浩市はいきなり後ろから腰をぐっと掴まれてあきのから引き剥が
され、床に叩きつけられた。 「だっ・・・!! な、何を・・・!」 浩市が起き上がろうとする前にぐいっと襟元を絞められるように引き起こされ、何が起こったのかがよく判らないまま、目を見開くと、すぐ前に、物凄い形相で自分を睨みつける男がいた。 「・・・何やってんだよ、てめぇ! 汚ねぇ真似すんじゃねぇ!!」 ドスの効いた声で怒鳴られ、浩市はさすがにびくりとし、怯えた瞳になって男を見つめる。 「智史・・・」 あきのは信じられない思いで、今、浩市を締め上げようとしている男の名を呟いた。
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