あの夏が聴こえる.20







「いい度胸してるじゃねーか、お前ら・・・俺が昨夜言ったこと、忘れた訳じゃねぇんだろ?」
 智史の鋭い瞳が彼女たちを捉え、威圧する。
 3人はこそこそとあきのから離れて列の前の方に潜り込んだ。
 それを確かめてから、智史はあきのの頭を軽くポン、と叩く。
「気に すんなよ?」
「・・・うん」
 あきのは微苦笑して智史に応える。それを見て頷くと、智史は俊也たちの側に戻っていった。代わりに、はぐれ た形になっていた実香子と理恵があきのと合流する。
「・・・あきの、今、山田とかが何か言ってきた?」
「あ、うん、大丈夫。全然気になる ようなことじゃないから」
「本当に?」
「理恵、大丈夫だよ、本当に。・・・智史も助けてくれたしね」
「・・・そっか。ならいいね」
 理恵が頷き、実香子も微笑む。あきのは本当に自分は幸せ者だと思った。
 大切な友人たちがいて、護ってくれる男性がいて・・・。
 この 修学旅行は本当に様々なことがあったけれど、どれもこれもが、あきのにとっては大事な思い出になるかもしれない。もしかするとあの、明らかにマ イナスの事件さえも。
 




 法隆寺とその周辺の見学が終われば、後はもう京都駅へ戻って東京へ帰るだけだ。
 京都駅近くの旅館で昼食を取った後、新幹線のホームに ぞろぞろと移動した。
 一昨日のことがあるだけに、実香子は伸治にしっかりとくっついていて、あきのは俊也と智史に挟まれるような形になり、 苦笑した。
「・・・小っちゃい子供じゃないんだけど」
「・・・チビじゃねえ筈なのに迷子になっちまう奴だからな」
「・・・もう・・・」
 あき のが軽く口を尖らせると、智史は口元を微かに引き上げて笑った。
 言葉は多くなくてもしっかりと通じ合う空気を漂わせているあきのと智史に、近 くにいた俊也は肩を竦めるしかない。
「全く・・・とてもつい数日前に想いを交わしたばかりとは思えない熱々ぶりだね、智史?椋平さんも」
「・・・ 何くだらねぇコト言ってんだ、俊也」
 智史がじろりと睨んでも、俊也は涼しい表情をしている。
「本当のことを言っただけだよ、僕は。でも、 いいんじゃないか?2人でいても違和感がないってことは、それだけ自然だってことだから」
「清水くん・・・」
 一緒にいて自然だと言われ、あき のはやはり嬉しかった。
 確かに、智史といると背伸びをしていない自分に気づく。自分をよく見せたいとか、優等生でいなければとか、そんな窮屈な 気持ちはない。
 そう、晴れた日に思いきり深呼吸して、身体を伸ばしているような感じ。
 一緒にいれば、好きだからドキドキはするが、緊張し 過ぎて辛くなったりはしない。そんな風に男性(ヒト)を好きになれるなんて、智史を知るまで考えたこともなかった。
「・・・清水くんがそんな風に言って くれるなんて、何か嬉しいな」
「椋平さんは素直だね。智史と違って」
「俊也・・・」
 智史が仏頂面のまま、そっぽを向く。
「あんまくだ らねぇコトばっか言ってっと、後で後悔するぞ、俊也」
「さて、それはどうかな。・・・とにかく、大事にしろよ、智史。自然に一緒にいられる相手って、 きっと貴重だろうと僕は思うぞ」
 俊也は穏やかな微笑みで智史に言った。
「・・・・・ああ」
 そう、智史にも解っている。自分が初めて心惹か れた女性があきので、そんな彼女と肩肘張らずにいられるということがきっと貴重なことなのだろうという自覚はある。
 俊也に言われるまでもなく、 智史は自分の出来る限りであきのを護りたいと思っていた。これからも、ずっと。
 新幹線の中でも、ごく自然に隣り合わせて座った智史とあきの。
 あれこれ噂されることは予測済みだが、気にしないでいようともう一度話した。
「・・・別にやましいコトなんてねーしな」
「うん、そうだよ ね」
「・・・けど、お前、本当に俺でいいのか?俺みたいな、どっちかっつーと落ちこぼれとつき合っても」
「・・・落ちこぼれなんかじゃないよ。私は 智史みたいに優しい人、他にいないと思うもん」
「あきの・・・」
 ストレートに褒められて、智史は慣れない言葉にテレを隠せない。目元をほんのり と赤くして、あさっての方向を向く。
「お前・・・恥ずかしくねぇの?・・・そんなコト、すっぱり・・・」
「だって、本当のことだもん。智史こそ、いいの? 私・・・男の人との深い関係、ダメなのに」
「ばーか。関係ねーよ、そんなもん。これから先もずっとそうだとは限らねーだろ?」
 乱暴な言葉の中の 気遣いが優しくて、あきのは微笑んだ。
「・・・ありがとう、智史・・・」
 智史はあきのの方を向き直り、微かな笑みを浮かべて頷いた。



 始まりの夏の日。
 お互いをきちんと認識した日は、こんな日が来ることを予想してはいなかったけれど、それでもあの日、海辺の公園で会えた ことを心から感謝したいと思うあきのと智史だった。
 先のことは判らない。けれど、お互いの気持ちを大切にしていきたい。
 そんな思いを抱き ながら2人はそっと微笑みあった。


Fin.








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