あの夏が聴こえる.18







 その夜の食事の後、クラス毎の親睦会的なゲーム大会が開かれたのだが、あきのは夕食もとらずに眠っていたせいで欠席した。
 そして、クラスメートたちの追及は智史1人が受けることとなった。
「大麻!!椋平さん、夕食の時もいなかったけどどうなんだよ?」
「さあ。まだ、寝てんじゃねーか」
「それにしてもお前、いいタイミングだったよなー。1人でカッコつけやがってよー」
「そ うそう!!椋平さんとなんて、うまいことやったよな」
 無責任にニヤニヤしている級友たちに、智史は予測していたとは言え、かなりう んざりしていた。
「・・・どういう意味だ」
「何とぼけてんだよ!?・・・触り心地はどうだったんだ?」
 興味津々という顔をした 何人かを前に、智史はあからさまな溜息をついた。
「知るか、そんなもん。相手は病人だぜ?それに、あいつにそんなこと、出来る訳ね ーだろ」
「何でだよ!?椋平さんのナイスバディ、触ってみてーって思うのが普通だろ?」
 そう発言した1人を、智史はぞっとする 程の鋭い瞳で睨みつけた。
「・・・・・誰もが同じ基準だと思うなよ!?いい加減にしろ。あいつをこれ以上侮辱するんじゃねえ!!」
 智 史が喧嘩をすれば負けなしなのは誰もが承知していることで。そんな相手に、わざわざ喧嘩を売ろうとするような命知らずはこの中にはいな かった。
 それでもまだ、噂をしたい面々は陰でこそこそと大麻は上手くやっただとか、自分も椋平さんとヤッてみたいだとか囁きあっ ている。
 智史は傷ついたあきのの気持ちを思うと、こんな下世話な噂をする級友たちを殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、必死でそれ を堪えた。
「・・・気にするな、智史。お前が彼女におかしな振る舞いはしてないって、解っている奴もちゃんといるから」
 俊也がそ っと声をかけた。隣には伸治や公紀もいる。
「・・・ああ。大丈夫だ」
 智史は親友に向かって笑ってみせる。
「俺自身のことは何 言われたって構わねーんだ。ただ、あいつのことはな・・・椋平、気にしてるみたいだったしな。自分が男子にあれこれ噂されてんのを」
「・・・まぁ、確かに、魅力的な人だけどね、椋平さんは」
「だよなー。美人で頭良くて、ナイスバディで性格もいい・・・文句つけるとこな んてないもんなぁ」
 伸治が同意するのを、智史は軽い驚愕と共に聞いていた。
「伸治・・・お前もかよ」
「そりゃあなー。原っち もいいなーって思うだろ!?椋平さんのこと」
「まぁ・・・そうだなぁ。でも、僕なんかにはどう見ても高嶺の花って感じだし」
「原もか よ・・・」
 智史がますます目を瞠る様を、伸治は溜息をついて見つめる。
「だいたい智史は認識が甘すぎるんだぜ?椋平さんのこと、 狙ってる奴なんて、掃いて捨てる程いると思うけどな、俺は」
「・・・まあ、掃いて捨てる、は大袈裟だとしても、伸治の言う通りだよ、智 史。それだけ人気のある椋平さんを1人じめするってことは、それなりのやっかみは避けられないんじゃないかな」
 俊也が意地悪く言う のを、智史はうんざりとして睨む。
「お前・・・面白がってるだろ」
「というより、忠告と言って欲しいね。あれだけ目立つことをやっ たんだから、こうなることは予測してただろう?お前は。それを彼女にまで波及させるなよ、と言いたいんだ、僕は」
 智史は言葉に詰ま った。俊也の言うことは正しい。確かに、こんなくだらない噂であきのを傷つけることは避けなければならない。いくら、彼女に「気にするな」 と言ってあるとはいえ。
「・・・で、どうなんだよ、智史。お前と椋平さんって、そういう『仲』なのか?」
 伸治がこそこそと問いかけ てくる。
「そういう『仲』ってのは、どういう意味だ」
「要はつき合ってんのか、ってコトだよ」
 そう問われて、智史はしばし 逡巡する。昨日告白しあったばかりの自分たちを、つき合っていると言ってしまっていいのだろうか。
 ただ、今後、つき合っていくであ ろうことは確かだし、そういう意味でならつき合っていると言ってもいいのかもしれない。
「・・・まあ、そういうこった」
 ぼそり、と 答えた智史に、伸治は大袈裟に目を瞠った。
「マジか!?あの椋平さんとお前が!?」
「・・・何だよ。釣り合わねーって言いたいのか」
「いや、そこまでは言わないけど・・・いやー、意外だなあと思ってさ。智史、あんましそういうことに興味なさそうだったし」
「・・・まあ、そ うだな・・・」
 確かに、あの夏の初めに海辺の公園であきのを見かけなければ。彼女が泣いていなければ、こんな風になることはなかっただ ろう。出会いとは、時として予期せぬ結果をもたらすものなのかもしれない。
「・・・ま、何にせよ、これからもあれこれ言われんのだけは、 覚悟した方がいいと思うよ、俺は」
 伸治はそんなありがたくない言葉を告げて、智史の肩をぽん、と叩いた。





 一方、女子の方は詮索の標的を実香子に向けていた。
「実香子ー、あきのと大麻ってデキてんの?もしかして」
「えー、それは・・・ どう、かなー?」
 昨夜のことを、実香子はあきのからまだはっきりと聞かされていなかった。あきのと智史が部屋に戻ってきて間もなく、外 出組が帰ってきてそのままワイワイ盛り上がってしまい、話すタイミングを逸してしまったせいだ。だから、不確かなことを口にするのを躊躇った 。
「でもさぁ、大麻はあきの狙いなんでしょ?だって、ねえ?」
「あんまりにもいいタイミングだったよねー、あれは。しかもさぁ、 その後!!『俺が付き添う』なんてさぁ!!」
「そうそう!!あきのと2人っきりを狙ってたとしか思えないじゃん!!そう思わない?実香子」
 そう言われても、実香子は智史がそんな邪な想いであきのを見ていたようには思えなかった。
「そんなこと、ないと思うよ。大麻は、あきの のこと、本当に心配してただけだと思う」
「えぇー?だって、実香子、付き添い断られてたじゃん、大麻に。普通さぁ、断らないと思うよ?女 子の付き添いなんだし」
 確かに、それは実香子も少々引っ掛かっている点ではあった。自分はあきのの1番の親友だと自負しているから、彼 女に付き添うことを申し出た。でも、智史はそれを断ってきた。観光はそれなりに楽しかったが、あきのを心配しながらだから、心底楽しめた訳で はないし、そんな簡単なことが判らないような智史ではないだろう。
 そうは思っても、やはり、智史があきのにおかしな振る舞いをしたとは どうしても思えない。それよりも、彼女たちがあきのをどこか軽蔑しているような様子の方が気に入らなかった。
「・・・それでも、だよ。多分、 大麻は邪なことはしてないよ、あきのには。それより、どうして?何か、話聞いてたら、あきのを傷つけたいみたいに聞こえるんだけど」
「言 えるね」
 実香子の横から、理恵も口を出した。
「あきのと大麻の間に何があったのかなんて、あきの本人に聞いたらいいでしょ?ここで 実香子に聞くことじゃないじゃない?それとも、いっそ大麻に聞いたら?」
 理恵に睨まれてさすがにばつが悪かったのか、まだ「大麻になん て聞ける訳ないじゃん」とか言いながらも、彼女たちは実香子たちから離れていった。
「・・・・・ほんとにもう・・・!!何なのよ、一体!!あきのが何 したってのよ」
 憮然としている実香子に、理恵も頷く。
「ホントだよね。おおかた、モテるあきのを羨んでるってトコなんだろうけど。 あの子たち、彼氏いないし」
「・・・そんなの、あきののせいじゃないのにねえ」
「その通りだね、実香子。・・・でも、あきのと大麻って、本 当のところ、どうなのかな?・・・聞いてみようか、大麻に」
「り、理恵!?マジで!?」
 実香子はぎょっとして理恵の整った顔をまじまじと見 た。
「だって、あきのは寝てるし、ここには大麻しかいないじゃない?・・・それに、昨日、今日と見てると、そう恐い奴じゃないのかも、ってい う気がするしね」
「うーん・・・まあ、それは、言える・・・かな?」
「・・・でしょ?」
 そう言うと、理恵はすっと智史と俊也、伸治に近づ いて声をかけた。
「大麻くん、ちょっと聞きたいんだけど」
 突然声をかけられて、智史は僅かに身構えて理恵と、その隣に立っている実香 子をジロリ、と見た。
「・・・何だ、黒川」
「単刀直入に聞くけど、大麻くんとあきのって、つき合ってるの?」
「・・・何でそんなこと聞く んだ、俺に」
「あきのが今、寝てるから。それに、さっき実香子があきのと大麻くんのこと、あれこれ詮索されてたんだよね。曖昧に返事しとい たけど、はっきり聞いておく方がいいかと思ったから」
 理恵の瞳は真っすぐで、智史に対して怯むようなところが全くなかった。だからこそ、 彼女があきのを心底心配して、大事に思っているのだということが伝わってきた。
 智史は微かに咳払いをしてから、口を開いた。
「・・・まあ、 そういうこった」
「いつから?」
「いつって・・・昨日の、夜、ってことになるんだろうな、多分」
「・・・じゃあ、私と山根が部屋でしゃべっ てる間に告った、ってことだよね!?」
 実香子がぐっと両手を握りしめて智史に迫るように聞いてきたので、智史は「ああ」と小さく答える。
「・・・じゃあ、今日1日、あきのを泣かすようなことはしてないって、言い切れるんだね?大麻くんとしては」
「ああ。それは絶対だ。あいつ泣か せるような真似はしてねーよ。・・・出来るかよ、そんなこと」
 ただでさえ、昨日のことで傷ついているあきのの傷を抉るようなことが出来る筈が ない。まして、あきのが男女の深い関係に少なからぬ嫌悪感を持っていることは最初から知っている。それらを承知で彼女に下手な手出しをするつもり など、智史には毛頭ない。
 それに、彼女の付き添いを申し出たのは、そういうことにならない自信があったからでもあるのだ。
「周りは俺が あいつを好きだから2人きりになりたがったって思ってるみたいだけどな。逆だっつーの。普通、好きだから、傷つけたくねえって思うもんだろ」
 少しテレくさくて、智史は目元をほんのりと赤くする。理恵と実香子はそんな彼を見ていて、その言葉の真実を感じ、笑顔になる。
「解った。あ きのは大事な友達だから。私は大麻くんを信じる」
「私もー。大麻、これからもあきののこと、泣かしたりしたら承知しないからね!!」
 実香 子の言葉に、智史は僅かに苦笑した。
「・・・ああ。解ってる」
 そんな智史を、俊也や伸治も笑顔で見ていた。






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