あの夏が聴こえる.13







 あきのと実香子の2人は、クラスメート全員に迷惑をかけた責任から、今夜の外出を禁止されてしまった。
「・・・残念だよね、 2人とも」
 理恵が気遣って声をかけてくれる。あきのは「ううん」と首を振った。
「私たちが悪いんだから、いいの。それよ り、理恵、気をつけて楽しんできて」
「何か、欲しいものとか、ある?」
「ううん、いいよ、理恵。ありがとう」
 あきの は微笑んで首を振った。実香子も苦笑しながら「私もいいよ」と理恵の申し出を断る。
「じゃあ、行ってくるね」
 ロビーを出て 行く理恵と綾、沙季たちを見送って、あきのたちは溜息をついていた。
「行きたいだろうがな・・・さすがに、こればっかりはな」
 生徒たちを見送りながら、今岡先生があきのたちに声をかけてくれた。
「仕方ないです。自分たちの責任だし」
 あきのの言葉 に、実香子も俯きながら同意した。
 そんな様子を少し離れた所から見ていた智史は、外出しようとしている俊也を呼び止めた。
「俊也、俺、行くの止めとくわ。京都の街なんて行ってもしょーがねえし」
「智史・・・」
「あ・・・俺も」
 伸治もそう言い出した。
「実香子が行けないのに、俺だけってのも、何か、な」
「伸治・・・」
 俊也はそんな智史たちの様子を見ていて、あきのたちが トイレを探して迷子になったという話の裏に何かが隠されていることを敏感に感じ取った。
 何かが、あったのだろう。あきのたちの ぎこちない様子からしておかしいとは思っていた。しかし、本人たちが語ろうとしない事柄を無理に暴くというのは気が引けるものだ。
「・・・解った。なら、それを先生に伝えておくよ。僕はとりあえず、みんなの様子を見に行かなくちゃならないから、行ってくる」
「ああ。 気ィつけて行けよ」
 俊也は公紀や他の何人かの男子生徒と一緒に、今岡先生に智史たちの外出取りやめの連絡をしてから出て行った。
「大麻、山根、お前らも行かないんだって?」
 今岡先生にそう声をかけられた時には、あきのと実香子は既に部屋の方に引き上げ ていた。
「俺は珍しくも何ともねーし、土産も京都のモン買ったってしょーがねぇからなぁ」
 智史が面倒くさそうに言うのを、先 生は苦笑して見ている。智史の母親の実家が京都だということは知っているし、それ故に彼の言い分も頷けるのだ。
「山根は紺谷を気遣 って、ってことか?」
「まぁ、そんなトコ。なぁ、先生、このホテルの中なら見て回ってもいいかな、実香子たち」
 伸治が顔色を 窺うように聞いてきたので、今岡先生は笑顔のまま頷いた。
「外にさえ出ないなら、いいぞ。あの2人も部屋で謹慎じゃ、ヒマだろうし な」
「サンキュ、先生」
 伸治も笑顔で返し、智史を誘って実香子とあきのの部屋へ行き、扉を叩いた。
「・・・はい」
「実香 子、俺。開けてくれよ」
「山根!?」
 実香子は扉を開けて、そこに立っている伸治と智史を見て驚いた。
「大麻も!?ええ!?2人 とも、買い物行かなかったの?」
「お前が行けないのに俺だけ行ってもしょうがないし。智史も、別に珍しくないから止めとくって言う し、連れてきた」
「大麻くん・・・」
 ベッドに腰掛けていたあきのも思わず立ち上がる。智史は無言で頷いた。
 部屋に入った伸 治は実香子と並んで彼女が使っているベッドに座り、智史はあきのの向かい側の壁に凭れて立った。
「山根・・・ごめんね。私がバカなこと したばっかりに、こんなことになっちゃって」
「・・・いいよ、実香子。それより、落ち着いたか?少しは」
「うん・・・何とかね。・・・あ、 それから、大麻」
「・・・何だ」
 実香子の呼びかけに、智史は彼女に目を向けた。
「・・・ありがと。言わないで、くれて」
「う ん、それ、私も言いたかった・・・ありがとう、大麻くん」
 2人がかりでお礼を言われ、智史は目を伏せた。
「いや・・・別に、礼を言わ れなきゃならねーことじゃねえよ」
「ううん、そんなことないよ・・・本当にありがとう」
 あきのの言葉に、智史はますますきまり悪 そうにほんのりと目元を染める。余程注意して見ないとわからない程ではあったが。
「・・・よせって。それより、悪かったな、怒鳴りつけ て」
「ううん、それも・・・ありがとう。きっと、あの時泣いてたら、みんなをもっと待たせることになってただろうし、泣きはらした目な んかしてたら、それこそ本当のことを話さなきゃならなかったと思うし・・・だから、ありがとう、大麻くん」
 あきのは微笑みながらそう 言った。これはあきのの本心だった。
「んー、あきのはそう言うけど、私はやっぱり、恐かったよ・・・あの時の大麻は。助けてくれたのは 嬉しかったけどさ、あんな勢いで怒鳴らなくてもいいじゃん!!って思った」
「実香子・・・ま、智史も謝ってくれてんだし、もういいじゃん か。それより、外に出なかったら、ホテルの中うろついてもいいって、今岡に言われてんだ。行くか?」
「えっと・・・どうしようかなぁ・・・」
「俺はどっちでもいいけど?ここで実香子としゃべってんのも悪くないし」
「んー、そうよねー。私も山根とゆっくりいる方がいいな」
「んじゃ、ここでゆっくりするか」
「うん」
 いきなり2人でニコニコと微笑みあう伸治と実香子に、智史とあきのは苦笑して顔を 見合わせ、肩を竦めた。
「椋平・・・ちょっと、いいか」
 智史が小さくあきのに声をかける。
「・・何?」
「話したいことがある。 このままここにいたら、伸治たちにとんでもねーコト聞かされそうだからな。逃げようぜ」
 あんまりの言葉に、あきのは苦笑するが、確かに ここにいて2人に当てられるのはあまり好ましくない。
「・・・実香子、私、ちょっと出てくるね、大麻くんと」
 あきのは立ち上がって 彼女にそう声をかけた。
「あ、そう?いってらっしゃい。・・・大麻、あきのを泣かさないでよ!?」
「うるせーな。解ってるよ」
 智史 はむすっとしてあきのと共に部屋を出た。
 智史とあきのはエレベーターで1階まで降り、エレベーターホールからロビーを過ぎ、廊下を暫く 歩いてティールームになっている場所までやってきた。
「こっちだ、椋平」
 智史は大きなガラス窓の中の1箇所に手をかけてそれを押し た。そこは扉になっていて、ホテルの中庭に出られるようになっていたのだ。
「こんな所があるなんて・・・知らなかった」
 扉の向こうに は3段程の石段があり、一番上にはいくつかのサンダルが置いてある。それに履き替えて降りるということらしい。
「昨日、見つけたんだ。 ここから出られるってな」
 智史とあきのはスリッパからサンダルに履き替えて、庭へと降りた。あまり広くはないが、真ん中には池もあっ て、錦鯉がゆったりと泳いでいる。綺麗に刈り込まれた柘植の木や、皐月、沈丁花などの低木が配置され、1本だけ、紅葉も植えられていた。
「・・・静かな所だね、大麻くん」
「ああ。そうだな」
 木々の間に腰掛けるのに手ごろな石があるのを見つけ、智史はそこに座った。
「椋平も、座らねぇか?」
「・・・いいのかな、座っても」
「いいんじゃねぇ?誰も見てねーし」
「ちょっと違うような気もするけど・・・ いっか」
 あきのはちょこんと智史の隣に腰を下ろした。
 暫くは、どちらもが無言だった。庭の入り口に当たるティールームを背にして 座る形になっていたから、2人の前には夜の闇が広がっている。所々に配された足元を照らす照明だけが光で、2人の間に静寂の時を醸し出して いた。
 そんな中。智史は静かに口を開いた。
「・・・椋平」
「・・・え?」
「・・・よく、我慢したな。もう、いいぞ、泣いても」
「・・・・・大麻くん・・・」
 あきのは目を瞠って隣の智史を見つめた。







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