あの夏が聴こえる.11







 京都駅に着いたのは4時半を少し回った頃で、まだ多少時間があるからと、駅の地下街へ降りることになり、土産物や服、雑貨な どの店を眺めながら歩いた。とはいえ、ゆっくりじっくり見ているほどの時間はないので、心もちゆっくりした歩調で進んでいくに止め ている。
「あ・・・あきの、見て見てー。これ、すっごく可愛いよー」
 やがて、実香子がとある雑貨屋で足を止め、並べてあるガ ラス製の動物たちに目を奪われ始めた。
「ちょっと、実香子・・・立ち止まっちゃうと、みんなとはぐれるよ」
 あきのの忠告も全 く耳に入っていない様子で、実香子はどんどん店の奥へと足を進めていく。少しだけ彼女を追いかけたあきのが半ば諦めの溜息をついて、 ふと振り返ってみると、智史たちの姿がない。
「えっ・・・」
 慌てて店を出てきょろきょろと彼らの姿を探したが、それらしき姿 は見当たらない。人通りは銀閣寺の参道ほどは多くないのに、それらしき影は見つけられなかった。
「どうしよう・・・」
 あきの はぎゅっと唇を噛んだ。
「・・・・・あきのー、これ買っちゃったー。・・・あ、あれ?あきの?」
 明るい調子で声をかけたのに、そ れを無視したかのように固まっているあきのに、実香子は怪訝な表情を浮かべた。
「みんなと、はぐれちゃったみたい・・・・・」
「ええーっ!!嘘・・・・・」
 あきのの言葉で、実香子もようやく事の重大さに気づく。
「ど、どっちから来たっけ?」
「判らな い・・・判らなく、なっちゃってる・・・」
「ど、どうしよー、あきのー」
 冷静に考えればさして難しくないのが京都駅の地下街な のだが、この時のあきのと実香子はパニックに近かった。
「と、とにかく、駅を探してみよう。集合場所は確か烏丸中央口、だった と思うから、駅員さんに聞いてみよう、実香子」
「そ、そうだよね。えーっと、駅って、どっちだっけ?」
 きょろきょろしな がら歩く2人は、本来の目的地とは反対の方向に向かって進んでいく。そんな中、実香子は他の通行人にどしん、とぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさい」
 慌てて謝るが、ぶつかった相手である茶髪の男は「イテテ・・・」と呟いてしゃがみ込んでしまった。
「おいおい、あかんでー。あんたら、ゴメンで終わらせるんかいな」
 大学生かフリーターといった風体の金髪男が実香子ににじり寄 って来た。もう1人、背の高い角刈りの男も無言であきのたちを威圧する。
「あ、あの、私たち、急いでて、あの、ちゃんと前、見て なかったみたいで・・・本当にごめんなさい」
 あきのが頭を下げるが、男たちは一行に立ち去る気配がない。それどころか、ますます距 離を詰めてくる。
「謝ってもろてもなぁー、こいつ、ケガしよったみたいなんやで?それを『ゴメン』で済ませようゆうたって、そう はいかんで」
 金髪男が下卑た笑いを浮かべて、あきのと実香子の全身を値踏みするかのようにじろじろと見つめてくる。角刈りの男 が、あきのたちをじろりと睨み、ドスの効いた声でこう言った。
「治療費、出してもらおか。今、保険持ってへんから、2、3万くら いは出してもらわんと」
「そ、そんな・・・そんなお金、持ってないよ、私たち」
 実香子が負けずに言い返した。あきのも、怯まず に男たちを見つめ返す。
「ぶつかってしまったことは、確かに私たちの不注意でした。でも、私たちには謝ることしか出来ません。そん な大金、持ってませんから」
 あきのの言葉に、金髪男がまた1歩、あきのたちに近づく。自然と、あきのたちは後ずさることになり、 徐々にではあるが人気の少ない死角へと誘導されつつあった。
 けれど、あきのたちはそんなことを知る由もない。
「あんたら、見 たトコ、関西の人間ちゃうな。修学旅行か何かか?」
「そうだったら、どうなのよ」
 実香子は半ば喧嘩腰だ。そんな彼女を、金髪 男は愉しそうな笑みを浮かべてじろじろと見ている。
「まあ、それやったら、そんなに金持ってへんでもおかしないわなぁ。けど、よう 見たら、あんたら2人ともええカラダしとるやん。それで払うてくれたら、堪忍したるわ」
 金髪男がニヤリと笑った。いつの間にか、 茶髪の男も肩を押さえながらではあるが加わって、角刈りの男と共に下卑た笑いを浮かべている。
 邪な目つきに、あきのと実香子は背 筋が凍りつくような恐怖を感じていた。
「か、カラダで払えって・・・そ、それ、どういうことよ!?」
 言い返す実香子の声は微妙に 震えていた。
「そんなん、決まっとるやん。解っとるくせに」
 茶髪の男がぐいっと実香子の左腕を掴んでどしん、と壁際に押しつ けた。気づかないうちに、人通りの少ない、薄暗い場所へ追い込まれてしまっている。
 周囲は壁、唯一の逃げ道である前方には男たち という、絶体絶命の状況に、あきのと実香子は声も出せずに立ち尽くすしかなかった。





 それより少し前。
 烏丸中央改札口に着いた智史はふと振り返って、そこにある筈の顔が2人分足りないことに気づいた。
「お い、伸治、紺谷と椋平は?」
「え?あ、あれ?」
 伸治もきょろきょろと辺りを見回すが、2人の姿はどこにもない。
「どうした ?智史」
 智史と伸治の様子がおかしいことに気づいて、俊也が声をかける。
「椋平と紺谷がいない」
「えっ?・・・・・あ、本当 だ・・・」
 俊也も自分の目で周囲を確認して、智史の言葉の真実を知る。
「でも、一体いつ離れたんだろう?」
「さぁな。判んね ーけど・・・多分、地下ではぐれちまったんだろう」
「なあ・・・実香子のやつ、方向音痴なんだけど・・・俊也、智史、どうしよう?」
 伸 治がうーん、と考え込むように腕を組む。俊也は腕時計に目をやり、集合時間が間近に迫っていることを見てとった。
「もう、時間だな・・・ あそこに、先生たちもいるし」
 同じクラスの仲間達が集まっている場所に目を向け、俊也は素早く思考を巡らせた。
「智史、お前な らここら辺の地理にも詳しいし、悪いが2人を探してくれるか。僕は先生とみんなに事情を説明しておくから」
 真摯な瞳の俊也に、智史は 小さく頷く。
「ああ。・・・・・何か、嫌な予感がするからな」
「あ、智史、俺も行くよ。俊也、いいだろ?」
 伸治が口を挟んできて、 俊也は軽い溜息をついて苦笑した。
「判った。・・・智史、伸治、頼んだぞ」
 智史と伸治は地下街への階段を駆け下りていった。







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