あの夏が聴こえる.10







 哲学の道の終点近くに、銀閣寺がある。ここは、あきのたちの最後の見学地に当たっている。
 参道 入り口で、哲学の道から山手へと折れる。そこには、一般の観光客や他校の生徒たちが 列をなしていた。
「うわっ・・・これはちょっと・・・」
 俊也が思わず口にする。皆がはぐれないようにするのは至難の業になりそ うだ。
「げっ、すんげー人」
「かなり厳しそうね、これは」
 智史はげんなりと肩を落とし、あきのも溜息をついた。
 けれど、ここはチェックポイントの1つで、拝観したという証拠の半券を持ち帰らなければならない。南禅寺をパスしたような訳には いかないのだ。
「仕方ないな。もしも途中ではぐれても大丈夫なように集合場所と時間を決めておこう。えっと、今が2時半だか ら・・・3時半、だな。場所はこの参道入り口、と」
 俊也は自分の腕時計を確認しながらこう言うと、目線で智史、あきのに了解を求 めた。2人は黙って頷く。
「伸治、勇希、原、黒川さんと青山さん、ちょっと聞いてくれる?」
 俊也はそう前置きして、もしも はぐれた場合の待ち合わせのことを話した。確かに、この状況では無理もないと、全員が俊也の提案に賛同する。
「よし。じゃあ、行 こうか」
 俊也を先頭にぞろぞろと歩き出すが、本当に注意していないと簡単に人ごみに紛れてみんなを見失ってしまいそうだ。
 拝観料を払う場所へ辿り着くまでに、伸治と実香子が脱落し、料金を払っている間に勇希と綾が遅れた。境内にまとまって入れたのは6人 だけだ。
「ふう・・・やっぱりこうなったか」
 俊也が苦笑いする。距離的にはそう長かった訳ではないのだが、いかんせん人が多す ぎる。
「仕方ないよ、清水くん。とりあえず行きましょう」
 あきのの言葉に俊也は頷く。他の4人も同様だ。
 進むうちに、 どうにか6人でまとまって歩こうと試みるも、それすら困難を極めてきて、山手に伸びる回遊路に差し掛かる頃には理恵と俊也、沙季と公紀、 智史とあきのという2人ずつのかたまりになってしまっていた。
「あらら・・・見事にはぐれちゃったね」
「そうだな。ま、こんだけ の人間がうようよしてたらしょーがねぇだろ」
「うようよって・・・大麻くん、それじゃあエイリアンか何かみたいに聞こえるよ」
「・・・似たよーなもんじゃねえの?」
 ぼそりと声のトーンを落として言う智史に、あきのは苦笑せずにはおれない。
「大麻くん・・・ もしかして、人込み、苦手?」
「苦手じゃねえ奴がいたらお目にかかりてーよ。・・椋平はどうなんだ?」
「んー、そうねぇ・・・好き だとは言い難いな。でも、今回は仕方ないのかなって。ここも有名なお寺だもんね」
「まあな。俺にはどこがいいんだか解んねーけど」
「私は、嫌いじゃないな、こういう雰囲気。ただ、これでこんなに人がいなかったら、っていう条件付きでだけど」
「・・・・・これで 人がいなかったらって、そりゃあまた、年寄りみてーだな。侘しくなんねーか?そういうのって」
「んん〜、どうかなぁ・・・でも、1人 でゆっくり考えたい時なんかだと大丈夫だと思うけど」
「ふうん・・・そういうもんか。・・・・・椋平って、1人でいるのは苦手なんかと思 ったけど、そうでもねえんだな」
「どうして、私が、1人が苦手だって?」
 あきのは少し首を傾げる。智史がそう言う根拠が解ら なかった。
 智史はあきのをちらりと見てからひょいと僅かに肩を竦めた。
「・・・いや、普段1人でいることが多いらしいから、苦 手なんかと思っただけだ」
「大麻くん・・・・・・」
 あきのは自分の中の、家での寂しい気持ちを見透かすような智史の発言に驚いて、 隣を歩く彼を見上げる。
 智史はいつも通りの鋭い視線を前方に投げたままだが、あきのにはなんだかそれが一種のテレ隠しのように感 じられて、心の奥がほんわかと温かくなっていった。
「ふふ。やっぱり、大麻くんって優しいね」
「おいおい、何なんだ、そりゃ」
 脈絡がないようなあきのの発言に、智史は怪訝な表情になる。でも、あきのはただ笑うだけだった。
 それから暫く進んだところ で、智史とあきのは俊也と理恵に追いつき、回遊路が終わる辺りで公紀と沙季にも合流することが出来た。
「今、何時?椋平さん」
 俊也の問いかけに、あきのは腕時計を確認する。
「3時12分。まだ、少し時間があるみたいよ」
「そうだね。でも、ま、ここで じっとしてても仕方ないだろうし、待ち合わせ場所まで移動しようか。参道の店を見ながら行けばいいんじゃないかな」
 俊也の提案に その場にいた者は頷き、歩き出す。
 参道を下りきってみると、そこには伸治と実香子、勇希、綾の4人が既に来ていた。
「遅かっ たなー。待ちくたびれたぜ〜」
「伸治・・・早かったんだな」
 俊也がびっくりして言う。それはあきのたちも同様だった。
「そり ゃー、俺ら、途中までしか行ってないもん。実香子が『疲れた〜』って言うもんだからさ」
「山根ー、私だけのせいにするかな〜。あの 人込みですぐに挫折したのは山根もでしょー」
「・・・綾と田坂くんは?」
 理恵の質問には勇希が答えた。
「俺らも似たような ものだけど・・・どっちかって言うと、あの人の波に飲まれて外に押し出されたって感じだな」
「そうなの。全然前に進めないんだもん。 仕方ないから、そのまま流されて出てきちゃった」
 けろりと言う綾に、伸治たち3人がうんうんと頷く。一体何のために拝観料を払っ たんだと言いたくなりそうだったが、俊也はとりあえず笑顔を浮かべ、全員を見渡して口を開いた。
「じゃあ、少し早いけど行こうか。 そろそろ、小腹も空いた頃じゃないかと思うし」
「あー、そうそう!!京都の甘味〜!!私、楽しみにしてたんだぁー」
 実香子が俄然 元気になる。綾や沙季の表情も生き生きとしたものに変わっていた。
「私もー。やっぱり京都といえば和菓子よねー」
「そうだよねー」
 現金な女子たちに、苦笑を隠せない男子たちだが、休憩を取りたい気持ちは女子たちと同様で。
「どっかで一休みしようぜ、俊也」
 伸治が嬉しそうに言い、更に実香子が続ける。
「そうだよねー。あきの、大麻、案内よろしく〜」
 うきうきした調子の実香子 の言葉に、あきのと智史はがくっと肩を落とした。
「全く・・・紺谷は俺を何だと思ってんだか」
 彼女には聞こえないようにぼそりと呟く 智史に、あきのはこっそりと謝った。
「ごめんね、大麻くん。実香子ってば、あれでも大麻くんを信用してるんだと思うの。今日はずっと お世話になってるんだし」
「別に、俺は何もしてねーよ。・・・・・ま、乗りかかった船って奴か。しょーがねぇから、もうちょっと考えっか」
 あまり気が進まない様子の智史に、あきのは内心で溜息をついて、そっと笑顔を浮かべて声をかけた。
「この近くにあるの?そうい うお店」
「そりゃあ、店は適当にあるけどな・・・俺は甘味なんつーモンは苦手だから、味の保証は出来ねーぞ」
「んー、それでもいいん じゃないかなぁ。とりあえず休めて、甘いものが食べられさえすれば」
 あきのの提言で、智史はとりあえずバス停へと向かうことにする。 哲学の道から白川通りへと歩を進め、その途中にある甘味処へと全員を案内した。
 京都駅まで戻れば、もっと色々店を選ぶことも可能な のだが、この銀閣の近くで、というのが女子の希望だったからだ。
 抹茶を使ったものや、白玉ぜんざい、あんみつといった和の甘味で小 腹を満たした一行は、5時の集合時間に間に合わせるべく、バスで京都駅まで戻ることになった。


    



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