あの夏が聴こえる.8







 翌朝はよく晴れていた。
 8時半に宿を出発した生徒たちはグループ毎に目的地へと散っていく。
 あきのたちも最初の目的地・清水寺へ向かうべく京都駅の方へと歩いていた。
「ねえ、清水くん、どうやって行く?タクシー使う?」
 あきのが俊也に問いかける。グループ代表は一応伸治と理恵なのだが、2人とも実質は俊也とあきのに任せるつもりらしい。ホテル を出る時に「よろしくね」と2人から頼まれてしまったのだった。
「そうだなぁ、タクシーを使おうと思ったら、3台には分かれない といけないな」
「そうだね。それはそれで大変かな」
「・・・そんな面倒なコトしねえで、バスで行きゃーいいだろ。その方が交通 費も安く済むしな」
 後ろから智史がぽそっと口を挟んだ。
「でも、バスって、路線がよく判らなくない?大麻くん」
 あき のが心配そうに答えると、智史は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「心配すんな。その位は俺でも判る。下調べはしてあるぜ」
「ほ んと?」
「ああ。昨夜のうちにじいちゃんに聞いといたからな」
「智史にしては手回しがいいな」
「うるせぇよ。俊也、みん なもそれでいいか聞いといてくれ」
「判った」
 俊也が伸治や理恵たちにバスでの移動を告げている間に、智史はあきのに小声で 問いかけてきた。
「椋平、この間の件、何にするか決めたか」
 一瞬質問の意味が飲み込めなかったあきのだが、すぐにピンとき た。
「あ・・・・・ううん、まだ」
 本当は智史と2人で過ごしたい、というのが願いではあったが、団体行動の枠を乱す訳にはいかな いし、第一智史がそんな要求を承知するとも思えなかった。
「まだ、か。出来たら今日中に決めとけよ。旅行、終わっちまうぞ」
 苦笑いを浮かべて言う智史に、あきのは小さく頷いて応えた。
「うん。そうするね」
 智史が頷き返した時、俊也が2人の側に 戻ってきた。
「智史、みんなのOKが出た。しっかり頼むぞ」
「おう。任せとけ」
 智史は俊也と並んで歩き出す。あきのは 他のメンバーたちが間違いなくついて来てくれるのを確認しながら歩を進めた。
 京都駅前のバスターミナルからチンチンバスに乗った 一行は、五条坂のバス停で降りて山手へと歩いていく。その道筋には京都らしい土産物を売る店は勿論のこと、陶器を扱う店も軒を連ねてい た。
「あ、そっか・・・これが清水焼なんだね」
「私らの小遣いで買えるようなものってあるのかな」
 あきのと理恵は興味深そ うに店を覗いていく。伸治と実香子、勇希と綾はすっかり2人の世界、という感じだし、沙季はここぞとばかりに俊也に話しかけている。 智史と公紀は時折短く会話しながら、黙々と歩いていた。
 有名な清水の舞台からの眺めはまずまずだったが、何と言っても紅葉には まだ早い、というのが景色の魅力を微妙に下げてしまったようで、本当に見ただけ、という感じの見学となってしまった。
 その後、 音羽の滝を見て、順路に沿って歩き、ひととおりの見学が終わると、綾や実香子は早くも昼食の相談を始めた。
「ねえねえ、これから南 禅寺へ行くんでしょー?そこ見終わったらお昼ぐらいだよねー。何食べるの?みんな」
「南禅寺っていったら湯豆腐だよね。でも、それ って何円ぐらいなのかなー?あきのー、湯豆腐って何円ぐらいするもん?」
 いきなり実香子に話をふられて、あきのは目を白黒させる。
「ええっ、そんなの知らないよー。清水くんか大麻くんは知らない、かな」
 あきのが俊也と智史に問いかける。
 俊也はと もかく、智史の名が出たことで沙季と綾はぎょっとした表情であきのを見、こわごわと智史の顔を盗み見た。しかし、当の智史はそんな視線 など全く意に介さないように、あきのだけをちらりと見てからぶっきらぼうに答えた。
「2、3千円ってトコじゃねーか?南禅寺辺りで ってんなら、結構値が張るぜ」
 智史の答えに実香子や綾、あきのは「ええーっ」と声を上げる。
「そ、そんなにするものなんだ・・・」
「京都って、やっぱり高い〜!!ねえ、実香子、どうする?」
 綾と沙季がじっと実香子の顔を見る。自然とあきのや理恵、伸治たち 男子の視線も彼女に集中して、実香子は慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。何で私な訳?こういうことはあきのでしょー。あきの、大麻 と相談して決めちゃってよ」
 またしても話をふられ、しかも名指しで自分と智史とに限定してきた実香子の発言に、あきのは仰天する。
「えええっ、み、実香子?」
「・・・・・・・何で俺にふるんだ、紺谷」
 智史もじろり、と実香子を睨む。射抜くような鋭い眼光に綾と 沙季はぴしっと凍りつき、理恵と実香子もたじろいでしまうが、そこは話をふった元である以上、大人しく引き下がる実香子ではない。
「だ って、今日の行程を実質仕切ってんのは大麻なんでしょ?あきのと清水くんと一緒に。私らは京都って初めてだけど、大麻と清水くんは何度か 来てるってあきのに聞いたよ?」
「へえー、そうだったのかよ、智史。俊也も」
 伸治が2人の顔を交互に見て感心したように言う。 智史は表情を難くしたままだが、俊也は穏やかに微笑んで応えた。
「まあね。と言っても、僕が小学生だった頃に、智史と智史の家族に何 度か連れてきてもらったってことだから、こういう観光地に詳しいとは言えないんだけどね」
「智史の家族と一緒にって、お前ら相当仲良 かったんだな、昔から」
「うん。僕は早くに母親を亡くしてるから、智史のお母さんにはかなりお世話になってるんだ。亡くなる前も暫く 患ってたから、小学生の時は夏休みになると智史んちに預けられてたし」
 俊也の意外な告白に、智史以外の者は神妙な面持ちになった。
「・・・・・悪かったな、俊也」
 伸治がばつの悪そうな表情で小さく頭を下げた。しん、となってしまった場の雰囲気に苦笑して、俊也は口 を開く。
「そんなことするなよ、伸治。母が亡くなってからもう8年近く経つし、僕はそれについてはふっきってるから大丈夫だよ。・・・・・そ れより、智史?」
 俊也は悪戯な笑みを浮かべて智史を見やった。
「僕より遥かにお前の方が詳しいんだから、全部お前に任せたぞ。構 わないだろ?」
「・・・・・・お前なぁ・・・」
 智史はがくっと肩を落とす。
「何でそうなる」
「お前はいざとなったら必殺技が使え るだろ?女子の意見は椋平さんがまとめてくれるだろうし、お前しかいないだろ、実質」
 俊也の断定的な発言に、智史は返す言葉もなく睨 み返した。
「えっと、あの・・・私、と大麻くんとで決めちゃって、いいのかな、みんな」
 あきのが遠慮がちに皆の顔色を窺う。俊也の 告白でしんみりしてしまったせいか、誰もあきのに異議を唱えなかった。
 全く反対意見が出なかったことで、智史も腹をくくり、仏頂面の ままではあるが口を開いた。
「・・・んじゃ、とりあえずバス停まで移動するぞ。ここにいてもしょうがねぇだろ。・・・・・椋平、移動しながら考 えようぜ」
「あ、うん」
 智史はすたすたと歩き出す。あきのは慌てて小走りに智史に追いつき、隣に並んだ。
 俊也は他の者に一 瞥もくれなかった智史に苦笑して、伸治や実香子たちに声をかけて後に続く。
「・・・ねえねえ、実香子、あきのはよく平気だよね、大麻くん のこと」
 沙季がひそひそと話しかけてきて、実香子はうーん、と首を捻った。
「確かにね・・・凄いなって思うよ、ある意味で」
「さ っきのなんて、メチャメチャ怖かったー。私、絶対に近づきたくない」
「はは・・・沙季の気持ち、解るなぁ」
「だよねー」
 すぐ後ろ を歩く綾と理恵も密かにうんうんと頷いている。
 後方でそんな会話が交わされているとは露知らず、智史とあきのは溜息をつきながら歩い ていた。
「全く・・・・・何で俺が」
「ごめんね・・・私が実香子に余計なことしゃべっちゃってたから」
「・・・別にあんたのせいじゃないだ ろ。俊也の奴だよ、自分だけ逃げやがって」
「大麻くん・・・お昼、どこか心当たりってあるの?」
「・・・ねえよ、特にはな。あいつらの希 望通り湯豆腐ってことなら、3千円も出しゃー食えるけどな。まあ、交通費が浮いてる分をそっちに回すってことにしてもいいんだろうけどよ」
「そうだね・・・もし、予算的に多すぎるってことになったらどうしよう?」
「そん時は湯豆腐は諦めてもらうしかねーな。何か、京料理の 弁当あたりがあるといーんだけどよ」
「そうだよね。何も湯豆腐じゃなくても、京都らしい料理が楽しめたらそれでいいのよね、きっと」
「後は値段と味ってことだな」
「うん」
 頷きながら、面倒を押し付けられたとはいえ、こうして智史と2人で話しながら歩けていること だけは感謝したいと思うあきのだった。






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