あの夏が聴こえる.7







 今夜と明日の宿は京都駅に程近いホテルだった。
 駅に近いのは良いのだが、遊びたい盛りの高校生に とっては誘惑の多い場所でもある。それだけに、夜間の外出は明日の夜、しかも夕食後の1時間だけに限定されていた。
その禁を犯 せば、残りの行程全部に参加出来なくなるというペナルティを言い渡され、生徒たちは不承不承それぞれに割り当てられた部屋へと散っ ていく。
 あきのは、理恵、実香子と同室だった。
「1つは予備のベッドなんだよねー。どうする?」
「あ、実香子、私そ の予備のでいいよ」
 あきのが言うと、理恵がこう提案する。
「ジャンケンにすれば?負けた人が予備のを使うってことで」
「そうだね、そうしよっか、あきの」
 実香子が賛同したので、3人はジャンケンでそれぞれの休むベッドを決めた。結局、負けは あきのになる。
「あらら、やっぱり私だ」
「でもこれで、恨みっこナシでしょ?」
「そうだね、理恵」
「ご飯って何時 からだっけ?あきの」
「6時半からだよ。・・・もうそろそろ行く?」
「うん、行こ行こー!!理恵、鍵よろしくねー」
「実香子 ・・・調子良すぎ」
 3人はけらけらと笑って夕食の会場となる宴会場へと向かった。
 この2階の宴会場で、生徒と教師全員が揃 って食事を取る。食事の前に、学年主任の永井先生から、今夜の外出厳禁の念押しをされ、就寝は10時半、起床は6時半・・・などの注意 事項が告げられた。
 ざわざわとした雰囲気の中で、夕食が始まる。和風の煮物や天ぷらなどが中心のメニューは、女子生徒には少し 多いくらいで、よく食べる男子生徒には少々物足りないくらいの量だった。
 殆どの生徒の食事が済んだのを見計らって、今岡先生が 声をかける。
「清水、椋平、それから明日のグループ代表はここに残れよー」
 呼ばれた者たちは先生の側に集まっていく。
「実香子、みんなと先に部屋に戻ってて。うちのグループの代表は理恵だけど、私が出るんだからそれでいいと思うし」
「そう?じゃ あそうしようか」
「うん。良かったら先にお風呂に入っててくれたらいいよ」
「そうだねー。交代で入っとくかな。じゃ、よろし くねー」
 明るく答える実香子に手を振り、彼女が理恵にあきのが代わることを話すのをちらりと聞いた後で、あきのは俊也たちの側 に寄った。
 今岡先生はグループ毎にまとまって行くこと、予め決めた場所以外のところには行かないこと、引率の教師たちが待機し ている場所の確認と、教師たちの携帯電話番号が記されたプリントの配布がなされた。
「・・・あと、くれぐれも地元の方たちや他の観光 客に迷惑をかけないように。何かあったらすぐに先生方に知らせるように。解ったな?」
 その場にいた10人が頷く。それでこの場は お開きとなった。
「清水の班と椋平の班は確か見学場所が同じだったな」
 今岡先生の問いかけに、俊也は笑顔で応える。
「え え。おそらく一緒に行動することになると思いますよ」
「ハメはずすなって言っとけよ。特に山根と紺谷に」
 先生が出した名前に、 俊也とあきのは苦笑する。
「・・・解りました。伝えます」
「先生にそんな風に言われてたって知ったら、実香子きっとがっかりしま すよ」
「おう、がっかりさせとけ。・・・・・ああ、それから清水、大麻にも言っとけよ。今度何かやらかしたら家庭訪問だってな」
「・・・はい。失礼します」
 俊也は半分笑いながら答え、あきのと共に宴会場を出た。
「・・・ねえ、清水くん。何がおかしいの?」
 宴会場のある2階から宿泊する部屋のある5階へ上がる為にエレベーターの前に立ってから、あきのは俊也に問いかけた。
「ああ・・・智 史のことだよ」
「大麻くんがどうかしたの?今岡先生が家庭訪問がどうのって言ってたけど」
「うん、智史にとってそれ以上の牽制は ないだろうからね」
「どうして?」
「智史のお父さんが高校の教師だってことは知ってる?」
「あ、うん、聞いたことがある」
「今岡先生は智史のお父さんの教え子なんだ。今でも結構行き来があるらしいよ。・・・要するに、智史が何かやらかせば、すぐにでもバレ るって訳。だけど、今までの、授業中の居眠りのことなんかは今岡先生が言わずに止めてくれてるらしいんだ。それをね、言いたいんだと思 うよ、先生としては」
「そうなの・・・知らなかった」
「まあ、ひいきがどうの、って話になると面倒だから、知ってる人間は限られて るみたいだけど。椋平さんなら、大丈夫だろうし」
 俊也は意味ありげな笑みであきのを見る。
「やだ、もう・・・私、そんなに解り易 いかなぁ」
 あきのは拗ねたような表情で、俊也を軽く睨んだ。
「さあ、そうでもないんじゃない?・・・というか、智史と結びつけて 考える奴は少ないだろうね」
「・・・・・言わないでね、清水くん」
「僕がそんなことを軽々しく言う奴だと思ってるの?・・・それは心外だ な」
「・・・そうだね、ごめんなさい」
 エレベーターに乗り込んだあきのと俊也は5階に着いたところで左右に別れた。
 部屋に 戻ってみると、実香子と理恵は既に入浴を済ませていて、綾と沙季が遊びに来ていた。4人はお菓子をつまみながら、明日のグループ行動のこ とで話を盛り上げている。
「あ、あきのー、お帰りー。先生、何だって?」
 実香子に声をかけられて、あきのは今岡先生の言葉を思 い出して苦笑した。
「うん、とりあえず、型通りの注意と、先生たちの携帯の番号表もらったのと、かな。それから、あんまりハメ外すな って」
「ハメ外すな〜?もう〜、先生ってば、それは無理って奴だよねー?」
「そうよねー、実香子。だって、やっと田坂くんと一緒 に回れるんだもーん」
 実香子と綾の発言に、あきのははぁ・・と息をつくしかない。先生の心配が頷けた。
「私も頑張る〜!!清水くん ともっと仲良くなれるように!!」
「そうだよー、沙季!!頑張れ!!」
「そうそう!!私も山根とゆっくりしたいもんねー」
 はしゃぐ 3人の横で、理恵はあきのに向って軽く肩を竦めてみせた。
「あきの、お風呂入ってきなよ。こっちは適当に終わらせるから」
「うん。 ありがと、理恵」
 あきのはパジャマ代わりのジャージと替えの下着を取り出してバスルームへと移動した。
「私も・・・ちょっぴり、楽 しみなんだけどな。大麻くんと、色々話せたらいいのにな」
 ひとりごちて、あきのはバスタブに湯をはり、その中に身を沈めてふう、と息 をついた。


 




戻る   前に戻る   次へ