あの夏が聴こえる.4







 翌日。
 この日も5時間目が国語、6時間目が英語という智史泣かせの時間割が組まれていたが、今日の 智史はそれをどうにか眠らずに過ごしたのだった。
「どうしたんだ、智史。昨日、椋平さんに何言われた」
 帰り道で俊也がそう 聞かずにはおれない程、智史の表情は真剣なものだった。
「別に。椋平は関係ねぇよ。ただ・・・・」
「ただ?」
「今のままじゃ、 あまりにも格好悪いからな」
「・・・・・・そうか」
 俊也は智史に判らぬよう、微かに笑う。勉強に対してこんなに真剣に取り組も うとしている智史を見るのは入試以来だ。
 あきのの存在が智史を少しずつではあるが変えていこうとしている。智史自身は無意識の ままに。
「ま、しっかり頑張って挽回してくれ。僕も答えを教える以外でなら協力するよ」
「・・・・・ふん」
 智史はそれ以上 何も言わずに歩を進めた。



 その頃、あきのは実香子と一緒にファーストフード店でアイスクリームを食べながら話をしていた。
「あきの、明日のLHRで グループ分けするんでしょ。どうするの?」
 実香子の言葉に、あきのは不思議そうな表情をして彼女を見る。
「どうするって、 何が」
「あきの、今フリーだし、どうするつもりなのかなって思って」
「実香子は一緒になってくれないの?」
「うー・・・・・ 実はね、今日、山根に告られたんだよね」
「え?ホントに?」
 山根 伸治は目下の実香子の片思いの相手で、智史や俊也とも仲 の良いクラスメートだ。明るいお祭り野郎で、クラスの雰囲気を盛り上げたい時には欠かせない存在だった。
 実香子が伸治に思いを 寄せ始めたのは2学期に入ってからだが、頬を染めながら伸治の話をする彼女を、あきのなりに見守り、応援してきた。それだけに、その 想いが報われたことは、あきのにとっても喜びだった。
「そっかー。じゃあ、実香子は山根くんと一緒のグループになりたいよね」
「うん・・・あ、でも、山根と仲のいい男子であきのが一緒にいてもいいって思える奴を引っ張ってくればいいよ、例えば、清水くんとか」
「ん〜、清水くんはちょっと・・・・・彼のファンに睨まれたくないなぁ」
「じゃあ、大麻は?」
 智史の名前が出て、あきのはドキン、 と胸が高鳴るのを感じた。
「お、大麻くん?どうして?」
「んー、このごろあきの、平気で大麻としゃべってるじゃない。私はちょ っと遠慮するけど。大麻なら山根とも仲いいし。・・・あ、もしかしてあきのも無理してしゃべってるの?」
「べ、別に、無理、って訳じ ゃないけど、でも・・・」
 僅かに頬を桜色に染めて視線を逸らすあきのに、実香子はピンときて、追及しにかかる。
「ちょっとあき の、何なのよ。大麻と何かあったの?」
「な、何かって、何よ」
「怪しいなぁ・・・もしかして、大麻のこと好きなんじゃないの?」
 図星を指されて、あきのは絶句してしまう。桜色だった頬が真っ赤に変わって、これには実香子の方が驚いた。
「えっ、ウソ、ホン トに?あきのってば、いつの間に・・・・・」
「い、いつの間って言われても・・・・・」
「きっかけがあるでしょ、大麻のこと好きになった。 それを白状しなさいよ!!」
「きっかけ・・・・・は、多分・・・」
「ほらほら、さっさと言う!!!」
 実香子の迫力に押されて、あきのは 不承不承打ち明けた。海辺で泣いているところを見られて、智史が慰めてくれたことを。それ以来、智史のことが気になっていたのだと。
「・・・・・・・なんか、意外・・・大麻って、そういうイメージじゃないもんね」
「うん・・・私もそう思ってた。大麻くんって、恐い人なのかな って」
「そうなんだよねー。まぁ、山根や清水くんと仲いいんだから、悪い奴じゃあないとは思うけど。・・・・・で、どうするの。あきの の気持ちがはっきりしてるんなら、この際言っちゃえば?大麻に」
「ええっ!!そ、そんなこと・・・・・駄目、出来ないよ」
 あきのは しゅんとして俯いた。
「どうして?言ってみなきゃ判んないでしょ」
「ううん、判るよ。大麻くん、男子と一緒の方がいいって私 に言ったもん。その方が気楽でいいって」
 昨日、智史の口から直接聞いた言葉だ。あきのだって、出来ることなら智史と一緒に京都や 奈良の街を歩きたいと思う。けれど、自分の想いを告白して、もしも拒絶されたら・・・・・それを考えると恐くて告白なんて出来そうにない。
 そして何より恐いのは、告白して駄目だった場合、そのまま気まずくなって口もきけなくなることだった。今のままでも、智史の気が向けば 昨日のように寄り道をしたりも出来るかもしれない。他愛ない話も出来るだろう。それを失くしたくはなかった。
「あきの・・・だけど、大麻 にとって、あきのってちょっとポジション違うよね。私や他の女子とは明らかに態度も違うし応え方も違うもん」
「それは、ほら、最初が 強烈で、たまたま覚えてくれたから」
「確かに、それはあるのかもしれないけど、でも、言ってみる価値はあると思うんだけどなぁ」
「ううん・・・・・いいの、今のままで。大麻くんと、話が出来たら、それで」
 あきのの消極的な態度に実香子はまだ異議を唱えたかったが、 躊躇う気持ちも解ったので、ふう、と息をついた。
「・・・解った。じゃあ、やっぱり私と組もう。あと、山根と大麻と清水くんと・・・それか ら理恵を巻き込む、と。私、山根に言っとくから」
「実香子・・・」
「理恵なら文句は出ないでしょ。知らない子なんてまずいない筈だ し」
 黒川 理恵は大人っぽい美人で、生徒会の副会長を務めている。元生徒会長の3年生の彼がいることは周知の事実だ。あきのや実香 子とも仲がよくて、あきのは密かに彼女の綺麗な茶髪に憧れていたりする。
「あのねぇ、実香子、そうは言っても理恵にも都合があるんじ ゃないかと思うんだけど・・・」
 あきのは何とか実香子の決定を翻そうと口を出すが、彼女のひと睨みに否定しきることが叶わずに苦笑する。
「こんな大事なイベントに好きな男といられなくてどーすんのよ!!あきのは甘いよっ!!」
「う・・・・・だ、だけど、その組み合わせじゃ、 私が清水くんを狙っているように見えない?」
「ええ?あきのが好きなのは大麻なんでしょ?」
「そうだけど・・・大麻くんと清水くん、 どちらとより親しいかって言われたら、私、清水くんとの方がよく話してるし・・・それに、大麻くんって、こういうことのイメージからは程遠い でしょう?」
「うーん・・・そう言われると・・・」
 さすがの実香子も渋い表情になる。
 確かに、女子からは恐れられている智史よ りも俊也の人気の方が遥か に上だし、あきのの気持ちを知らなければ俊也と結びつけてしまう人の方が多いかもしれない。ましてや、一緒のグループになるのが年上の彼 氏持ちだとはっきりしている理恵となれば、事情を知らぬ者にすれば智史と理恵は関係がなく、伸治と実香子、俊也とあきの、という図式が成 り立つ可能性は充分にある。
 そうでなくとも、俊也ファンの女子生徒に睨まれたり、陰口を言われたり嫌がらせをされたりすることもあ るあきのだから、正直なところ、あまり俊也と親しくなるのは歓迎出来ないことだ。
「私・・・あんまり恨まれたくないんだけと、清水ファン に。確かに、清水くんはいい人だし、彼個人は好きなんだけどね、ただのクラスメートとしてなら」
「そうなんだよねー。周りの『自称清水 ファンクラブ』のバカな思い込みと偏見のせいで、あきの、さんざん迷惑してきてるもんねぇ」
 実香子はふう、と溜息をついた。
「そ れで?結局あきのはどうしたいの?・・・大麻と全然一緒じゃなくてもいいって訳じゃないんでしょ」
「うん・・・話せたらいいなって、思っては いるんだけど・・・どうしたらいいのかなんて、まだ判んない」
「うーん・・・・・1グループだいたい4〜5人ってとこでしょ。ううー、あーっ、 もういっそのこと女ばかり男ばかりのグループ作って一緒に回るように計画するか」
「えっ・・・でも実香子、そんなことしたら山根くんとず っと一緒って訳にいかなくなるんじゃ」
「ああ、その辺はちゃんと山根と打ち合わせしちゃうから大丈夫。何とかなるよ。こうしたら、あ きのもあまり気にせずに大麻といられそうでしょ?」
 得意そうな表情で微笑む実香子に、あきのは彼女の優しさを感じて笑みを返す。
「・・・・・ありがと、実香子」





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