ぷち はっぴい.2






 放課後になり、智史とあきのは連れ立って学校を後にした。
 朝晩は随分冷えるようになってきていたが、まだまだ昼間は半そででも過ごせるくらいで、じきに11月だとは信じられないくらいだ。
 智史はあきのが手に持っている紙袋を目に留めた。
「あきの、その袋の中、何だ」
「あ、うん・・・もらった、んだ。実香子や理恵たちに」
 誕生日のことを教えていない智史にそれを変に意識させないようにと、黙っていたあきのだが、このプレゼントたちを今更隠す訳にもいかず、言葉を微妙に濁す。
 微妙に慌てた様子のあきのを、智史はじろり、と瞰下した。
「紺谷や黒川がお前に?」
「う、うん・・・」
「理由は?」
「う・・・えっ、と・・・」
 少々強い調子で問われて、あきのはどうしたものかと思案した。
 このまま正直に言ってしまってもいいが、はぐらかしたほうが良いのかな、とも思う。自分から誕生日のことを打ち明けてしまっては、祝うことを強制してしまうんじゃないかという気もするし、かといってこのままはぐらかしきれるという自信は、正直なところ、ない。
 あきのは観念して打ち明けることにした。
「あの、ね・・・実は、今日、誕生日なの」
「・・・何?」
 智史が眉を吊り上げた。
「誕生日? 今日があきのの?」
「・・・うん・・・」
 智史の反応が少し恐くて、あきのは俯き加減で頷いた。
 すると、はぁーっと重い溜息が聞こえる。
「・・・それならそうともっと早く言ってくれりゃー良かったのに。・・・うわー、ヤバイ。俺、このまんまだと絶対あいつらに怒られるな・・・」
 彼女の誕生日も把握していないのかと叱責する香穂と志穂の声が聞こえてきそうで、智史はがくっと肩を落とす。
 ともかく、今からでも あきのに出来ることはしてやりたいと、智史は思った。
「あきの、何か欲しいものはあるか?」
「あ、そんな・・・いいよ、智史」
 あきのは慌てて首を振った。
 そんな風に気を遣わせたくなかったから、黙っていたのだ。それに、あきのが欲しいものは、モノではない。
「そういう訳にはいかねーだろ。・・・まあ、俺に買えるモノなんてたたがしれてるけどな」
「ううん、本当にいいの。それに、私が欲しいのは・・・品物じゃないから」
 智史を真っすぐに見上げて、あきのは微笑んだ。微かに目元を赤くして。
「・・・私、 智史に一緒にいて欲しいなって、思ってたの。家に帰って、1人で過ごすよりは、少しでも長く智史と一緒にいたいなって、そう思ってて・・・だから、今日、おば様が誘って下さって、凄く嬉しいの」
「あきの・・・」
 智史は誕生日の日ですら家族と一緒にいられないあきのの現状に歯噛みしたい思いだった。両親が他界している、とか、病気で入院している、とかならともかく、母親は継母とはいえ、ちゃんと両親は健在なのに。
 あきのの両親は、彼女のことなどどうでもいい、と考えているようにしか思えない。智史は内側に沸々と怒り が湧いてくるのを感じていた。
「お前の両親、こんな日すら、知らんぷりなんか?」
 低い声音に、あきのは慌てて弁解する。
「あ、誤解しないで、智史。義母は、ちゃんと判ってくれてるの、今日が私の誕生日だって。ただ、今日は締め切りで、どうしても仕事が押すのも判ってるから・・・明日にね、お祝いしようって言ってくれてるの」
「親父さんは?」
「・・・・・さあね・・・あの人のことは、判らない」
 父親のことになるとやはりあきのは投げやりになる。それだけ、根深い溝があるのだ。
 けれど、それは智史にはど うしてやることも出来ないことだ。とにかく、今、自分に出来る精一杯をしてやろうと、智史は思う。
「・・・とりあえず、誕生日のケーキでも買いにいくぞ。俺に出来るのっつったら、そんなモンだしな」
「智史・・・ありがとう。嬉しい」
 あきのは智史の気持ちが嬉しくて、はにかんだ笑みを浮かべた。
「でも、本当にいいよ、気にしないで。私ね、誕生日に智史が一緒にいてくれるだけで本当に嬉しいの。大好きな人と一緒に誕生日を過ごすのなんて、初めてだから」
「あきの」
 智史はあきのの頭をポンポンと軽く叩く。
「いいって。お前、ケーキ、好きなんだろ? 母さんや志穂たちも喜ぶし、そんなんで悪いけどな」
「智史・・・ありがとう」
 知香や志穂・香穂が喜ぶのは事実だろうし、あきのは智史の気持ちに甘えることにした。
 あきのたちはケーキショップに立ち寄り、ホールのケーキを買って大麻家に向かった。





「まあ・・・あきのさんのお誕生日だと知っていたらもっといいものに出来たのに・・・ごめんなさいね」
 帰宅した智史からそれを聞いた知香は、お鍋をかき混ぜながらあきのに謝った。
「あ、そんな ・・・おば様、気にしないで下さい。それより、こうして呼んでいただけただけで、嬉しいです」
 あきのは慌てて言い募った。
「私、今日も義母が忙しくて、家に帰っても一人だって判ってたので、寂しく過ごさなきゃいけないと思ってましたから・・・だから本当に声をかけてもらえて、嬉しいんです。ありがとうございます、おば様」
 そのあきのの言葉を聞いて、知香は彼女の置かれている家庭の事情の複雑さの一端をしみじみと感じさせられ、憐憫の思いに駆られるが、それは表面には出さないで、なるべく明るく返事をする。
「そ う? なら、もう少し待っててね。志穂と香穂ももう少ししたら帰ってくると思うし、今日はお父さんも帰ってくる筈だから。・・・あきのさん、智史とお父さん、よく似てるけど、構えなくても大丈夫だからね」
「あ、はい」
 智史から話を聞かされている彼の父・安志には、会ってみたいと思っていたあきのなので、緊張しつつも期待感を持って知香の言葉を聞いていた。
「親父、今日は帰ってくんのか」
 智史が普段着に着替えてリビングに戻ると、知香はあきのと息子のために入れた紅茶を運ぶよう指示した。
「そうよ。お父さ んだって、たまには家であなたたちと夕食をって思ってるんだから。お父さんがいると、何か都合が悪いの? 智史」
「いや、別にそうじゃねーけど」
 安志が妹たちのように智史をあからさまにからかうような真似をする筈がない。それはよく判っているが、あきのが緊張するのではないかという危惧があったのだ。
「・・・あきの、親父がいてもあんまし気にすんなよ」
 耳元でこっそりとそう告げられ、あきのはクスッと笑った。
「うん。全然ってわけにはいかないと思うけど、私、おじ様にも会ってみたいって思ってたから。実 は、楽しみなの」
「・・・楽しみって・・・そう、なんか?」
「うん。・・・ちょっぴり、恐そうな気もするけど」
「・・・まあ、別に怒鳴り散らすわけじゃねーしな。適当に流しときゃーいい」
 どことなく投げやりな智史の口調に、あきのは微笑んだ。こういう言い方をしていても、智史は父親のことも、母親や妹たちのことも大切に思っている人だということを知っているから。
 知香が入れてくれた紅茶を飲んでいると、志穂と香穂が帰宅し、大麻家は途端に賑やかになった。
 それから30分もすると、父である安志も帰宅する。
 智史を少し落ち着かせ、壮年にした、というような顔立ちと雰囲気を纏う安志に、あきのはドキドキしながら挨拶をした。
「はじめまして。椋平 あきのといいます」
「・・・智史の父の安志です。椋平さんのことは妻と娘たちから聞いてます」
 どちらかというと厳しい感じの安志だが、あきのに向けられている眼差しは穏やかで、恐さは感じない。
 あきのは肩の力がすっと抜けるのを感じた。
「さあ、みんな揃ったから夕食にしましょう。志穂、香穂、手伝って。智史もあきのさんと席についてちょうだい」
 知香の指示で それぞれは動き始める。あきのは今日も智史の隣の席に座らせてもらうことになった。
 今夜はポトフとブロッコリーときゅうりとトマトのサラダ、という献立で、ご飯かパンかは好きな方を選択する、というものだった。
 あきのはパンを選択させてもらい、香穂と知香もそちらを、後の3人はごはんを選んだ。
「お父さん、志穂、香穂、今日はね、あきのさんのお誕生日なんですって」
「えっ、そうなの?あきのさん」
 香穂があきのの顔をじっと見る。志穂も同様だ。
「あっ、うん・・・実は、そうなの」
 少しテレなが らあきのが答えると、香穂と志穂は声を揃えて笑顔で言う。
「お誕生日おめでとう、あきのさん」
「ありがとう、志穂ちゃん、香穂ちゃん」
「おめでとう」
 安志も僅かに微笑んであきのに告げる。
「・・・ありがとうございます」
 大麻家の温かさに包まれて、あきのは穏やかな気持ちで満たされていた。

     






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