ぷち はっぴい.3





「・・・ところで、お兄ちゃんはあきのさんに何あげたの?」
 食事をしながら、香穂は智史に話を振ってきた。
 予想通りの展開に、智史は重い溜息をつく。このまま無視したいところだが、そんなことをしても香穂はしつこく聞いてくるに違いない。智史が答えるまで、問い続けることだろう。その間に様々に罵倒されるのも腹立たしい。
 ならばいっそのこと、きちんと答えてやる方があっさりしている。とは言っても、今回の場合、追究が待っているのは同じだろうという気もするが。
「・・・ケーキだ」
「へ? ケーキって、今日買って帰ってきたってやつのこと?」
「ああ」
「・・・それだけなの? お兄ちゃん」
 今度は志穂にまで少し呆れたように言われ、智史はうんざりする。
「しょーがねぇだろ。今日になるまで知らなかったんだから」
「ええ? 知らなかったの? うわー、最悪・・・」
 香穂の言い方が智史の眉間の皺の数を更に増やした。
「うるさい」
「あ、あのね、香穂ちゃん・・・いいの。私も全然言わなかったし、私も・・・実は、智史の誕生日がいつか、知らない し・・・」
 本当にまだまだお互いのことを知らないのだ。言葉にしてみて、改めてあきのはそう思った。それだけ、智史とのつき合いは短いのだ。
「・・・だよな。そんな話、したことねえし」
「うん。私と智史って、まだまだお互いのこと、知らないよね」
「・・・当たり前じゃねーの? 俺ら、つき合いだしたばっかりなんだしな」
 智史は文句があるか、というような目つきで香穂と志穂をじろり、と見つめる。
「そっか・・・お兄ちゃんとあきのさんって、そうだったんだよね」
 志穂がようやく気づい た、というような口調で呟く。
「・・・あきのさんとお兄ちゃん、修学旅行で告ったって言ってたもんね。そっかー、なんか、そんな最近だったんだっていうのが意外っていうか、忘れてた」
 香穂も新たな発見でもしたかのような感じであきのたちを見つめる。
 智史とあきのは、志穂と香穂の視線を受けて、互いに顔を見合わせた。
「・・・まあ、確かにあんまり構えてねーけど」
「・・・うん、私も。智史の前だと背伸びしなくていいし」
 肩肘はらずに無理に自分を作らなくていい、ということは智史にも あきのにもよく判っていることだが、志穂や香穂まで同じような感覚で自分たちをみてくれている、というのは軽い驚きでもあった。
「香穂、志穂、あまりお兄ちゃんとあきのさんを困らせたらダメよ。あきのさんに嫌われたくないんでしょう? 2人とも」
 やんわりと知香が口を挟んで。香穂と志穂は尤もだ、という風に頷いて食事に集中する。
「ごめんないさね、あきのさん。智史も、許してやって? この子達、本当にあきのさんのこと、好きらしいのよ」
「あ、そんな・・・私は気にしてないですから。私 も、志穂ちゃんと香穂ちゃんが好きですし」
「ホント? あきのさん」
 あきのの言葉に香穂と志穂は瞳を輝かせる。
「ええ、勿論よ。2人とも、可愛いし、妹みたいで」
「うわーん、嬉しい」
「私も」
 香穂と志穂は満面の笑みであきのに応えている。
 あきのも、心からの笑みで双子たちに対していた。
「お前ら・・・ほんっとにあきのに懐いてんな」
 半ば呆れたように言う智史に、香穂は軽く唇を尖らせて答える。
「だってあきのさん、やさしいんだもん。美人だし、こんなお姉さ ん欲しかったって思うし。志穂ちゃんもそうだよね?」
「うん。あ、でも、おにいちゃんが嫌いっていう意味じゃないからね」
「・・・ああ、そうかよ」
 智史が素っ気なく答える様に、あきのは自然と笑みになった。
 志穂と香穂が智史を慕っていることはよく判っているし、智史の方もあれこれ言いながらも妹たちを大切にしていることも知っているから。
「・・・いいね。きょうだい仲良くて」
「・・・あきの」
 囁くようなあきのの呟きに、智史は隣にいる彼女をちらりと見やる。
 その笑顔はご く自然なもので、無理に作っている感じはない。
 智史はその様子に安堵して、サラダを口に運んだ。



 みんなの食事が終わると、知香と双子たちは後片付けをし、あきのはそれを少しだけ手伝わせてもらった。
 最初、知香はそれを断ったのだが、あきのが強く願ったので手を借りることにしたのだ。
 志穂や香穂はあきのと一緒に知香が洗った食器を拭いたり、片付けたりしながら、楽しそうにしゃべっている。
 双子たちもだが、あきのが本当に楽しそうで、智史はそれを僅かに口元に笑 みを浮かべて見つめていた。
「・・・母さんから聞いてはいたが、随分感じのいいお嬢さんなんだな」
 安志が新聞を広げながらぼそり、と智史に言った。
 そんな父親を一瞥して、智史は素っ気なく答える。
「意外だってか? 親父」
「いや・・・そうじゃない。ただ、気をつけてやれ。相当、温かい家庭に飢えているようだからな」
「ああ・・・それは、俺も思ってる」
 あきのが自分の家庭に、いや、父親に相当のマイナスの感情を持っていることは度々感じている。それ故に、大麻家の雰囲気にある種 の癒しを求めているらしいことも。
 純粋に大麻家の家族を好きでいてくれる部分もあるのだろうが、それだけではなくて、彼女は自分の居場所を求めているのだと智史は思っていた。
 そして、それは安志や知香も感じていることらしい。
 さすがに2人とも教職に就いているだけはあるようだ。
「・・・お父さんとお兄ちゃんはケーキは食べないだろうけど、コーヒーは飲む?」
 香穂に問われ、安志と智史は頷いた。
 紅茶とコーヒーと共に並べられたケーキを、4つにカットするのでは大きすぎるか ら、という理由で、知香はそれを6等分にし、智史と安志の前にも置いた。
「食べられる分だけでいいから、今日だけはお父さんと智史もね」
 安志と智史は共に甘いものが苦手だったが、全く食べられないという訳ではないので、形だけでもとそれを口にした。
 それらがなくなり、ひとしきり双子たちとあきのがお喋りを楽しむと、夜も更けてくる。
 智史はあきのを家まで送ることになり、自転車を押しながら彼女と並んで歩いた。
 あきのは志穂や香穂とのお喋りの余韻で笑顔のままだ。
「・・・疲 れてないか? あきの」
「あ、全然。すごく楽しかった。ポトフも美味しかったし、ケーキも美味しかったし・・・ありがとう、智史」
「いや・・・俺は何もしてねーし。・・・つーか、志穂と香穂の奴、喋りすぎだよな・・・」
「ううん、そんなことないよ。2人とも、本当に可愛くて、楽しくて。おじ様もおば様もやさしいし、智史の家族って、本当に素適だと思う。初めてのときもそう思ったけど」
 あきのは微笑みながら隣を歩く智史を見上げる。
 それはあきのの、正直な感想だった。
 赤の他人の自分を、 容易く受け入れてくれる広さと温かさを持った人たち。あきのが憧れる、仲の良い、理想の家族像が大麻家にはある。落ち着いてどっしりと構えている父親の安志、やさしい母親の知香、おしゃべりで可愛い志穂と香穂という妹たち。みんなが智史を大切に思っていて、その彼女であるあきのにもやさしく接してくれる。
 自然に醸し出される温かさが、あきのの心を癒して、リラックスさせてくれる。
「・・・ただ、申し訳ないなって思うけど。家族の団欒の邪魔しちゃってるから」
「・・・邪魔だなんて、誰も思ってねー よ。邪魔だったら、呼んだりしねえし。よかったら、また来てもらえって、母さんも親父も言ってたしな」
「・・・嬉しい」
 あきのが満面の笑みを浮かべているのを見て、智史も口元に笑みを刻んだ。
「・・・あきの」
 あきのの家の前まで来ると、智史は軽く咳払いをして、彼女をまっすぐに見つめる。
「・・・智史?」
 あきのも僅かに首をかしげて智史を見上げた。
「まだ、お前にきちんと言ってなかったよな、俺。誕生日、おめでとう」
「智史・・・」
 真摯な瞳で自分を捕らえている智史の、 まっすぐな気持ちを感じて、あきのの心が震えた。大好きな人からの言葉が、こんなにも特別な響きを持っているなんて。
「ありがとう、智史・・・」
 今日聞いた「おめでとう」の言葉の中で、一番嬉しく感じたのは智史からのものだった。
「・・・プレゼントは、今度ってことにしといてくれるか?」
 苦笑いと共に言う智史に、あきのは微笑みのまま首を横に振る。
「ううん・・・そんなの、いらないわ。智史が今言ってくれた言葉で充分よ。ありがとう・・・好き、よ」
「あきの」
 智史は一瞬目を瞠っ た後、ふっと笑みを浮かべる。
「・・・ああ。俺も、好きだぜ、あきの」
 飾らない言葉は何よりのプレゼントだと、あきのは思った。
「こんなに嬉しい誕生日は初めてよ・・・本当にありがとう」
 智史はあきのの手をぎゅっと握る。
「・・・じゃあ、またな」
「うん。・・・おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
 手を離し、自転車に乗って帰っていく智史の背中が見えなくなるまで、あきのはその場に立っていた。
 やさしい時間を思い起こしながら、ささやかな幸せに感謝しながら、そっと心の 中で呟く。

「本当にありがとう、智史・・・大好きよ」

  




END





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