
菜園日記2026年2月
2026/02/01 2月に入りました。 この1月は、暖かな日が続いたり、厳寒の連続であったとなかなか変化の激しい1か月でしたが、もう立春を迎えます。 昼から畑へ。 ダイコン、ニンジン、キャベツ、葉物野菜などを収穫。 少し草抜きをして、寒さに負けて退散です。 ・・・・・・ 2026/02/11 この日曜日は(京都的には)大雪となり、畑には行けませんでした。 本日も前夜からなかなかの雨となりましたが、止むのを待って、昼から畑へ。 と言っても、かなり湿った状態で作業はできませんでしたので、ネギ、ブロッコリーを採って、早々に退散いたします。 ・・・・・・ 2026/02/15 四月並みとかの気温になりました。 昼から畑へ。 雑草を整理し、少し全体に追肥をします。 もみがらに牛糞とナタネアブラなどを少しずつ混ぜて行いました。 ダイコン、ニンジン、ネギなどを抜きます。 そろそろ春、夏野菜のために準備する時期となりそうです。 ・・・・・・ 2026/02/22 非常に暖かな日曜日となりました。 畑へ行く道中で、五条大橋を渡りますが、そこには温度表示の装置があり、本日は23度となっていました。春どころか初夏の気温です。 大きな大きなハクサイを1つ収穫。 他にも、ニンジン、ダイコン、葉物野菜など。 エンドウを終わりにします。この期のエンドウは全く収穫できませんでした。一定 株も大きくなり、花も咲いていたのに不思議なことではあります。 |
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昔からの友人と久しぶりにランチ昼飲み会。 といってもそんなに飲み続けることもなく、数時間にも及ばない時間でしたが、私はその短い時間に数々のボケ行動を連発してしまい、自分でも笑うしかなく記録いたす次第。 * ボケという表現についてAI的には、「ボケ」という悪口は、主に「ぼけなす(惚け茄子)」という言葉に由来し、色が褪せてツヤがなく、水っぽくて味が悪い(=ぼけた)ナスの果実が語源です。これは水分不足で生育不良となった「つやなし果」を指し、そこから転じて、しっかりしていない人や役に立たない人を指す罵倒語として使われるようになりました、というようなことです。ボケ老人という意味合いでは、これまで使用されてきた「痴呆症」や「ボケ」と言う名前は差別的な言葉であることから、2004年に厚生省により「認知症(にんちしょう)」と言う名前に変更することになりました、ということのようです。 ここでは、自分の行動に限ってという意味合いで、敢えて「ボケ行動」と表記してみました。 (しかし、以下では使用しないと思います。) 友人との待合せ場所は京都の四条烏丸でしたが、財布の中身が心配な私は近くの銀行のATMへ。 ちょうど例月の諸経費のために資金を移動する必要もあり、それなりの金額を引き出しました。 多分私と同じ性格の人も多いだろうと思いますが、私は紙幣を財布に入れる時、お札別に向きを整えて1万円札、5千円札、千円札と並べないと気が済みません。よく縁起をかついで裏向けに揃える方もおられるようですが、私は普通に表向きに揃えます。 しかし、自宅のテーブルの上での作業と異なり、ここは京都の中心市街地です。 待合せ場所で日本銀行券を歩道に広げるわけにもいきません。 といって、こーいうことを後からゆっくり・・・と考えられない性格でもあります。 で、近くのビルのロビーのソファーをお借りして、ポシェットの中に財布を入れたまま手を突っ込んでゴソゴソと整理整頓作業を開始いたします。 その場所は、友人知人たちと待ち合わせをしているだろう若い女性たちも少なからず利用していました。 私の作業は、しかし、指が滑って紙幣を1枚ずつ掴めないと言う老人にふさわしい現象により進行せず、しかし、お札を揃えて収納することは諦められませんので、指を舐めてはコソコソと作業を続けました。 嫌悪される老人の典型的姿であります。 情けない老人の姿です。 (まぁトイレにでも入って堂々と?作業すればよかったのでしょうけど、指を舐めての作業にそれほどの羞恥心を感じなくなった人間の姿でもあります。情けない恥知らずの姿です。) その後、無事作業を完了させた私は、友人と合流してランチの場所へと向かいます。 地下街にある店でしたから個別にトイレはないであろうと、事前にトイレに行くべく友人と一緒にトイレを探しますが、なかなか見つかりません。 何かの標識を見つけてそちらに向かうと、非常口だったり階段が現れたりします。 で、ハッと気づきますと、すぐ目の前に小さな小さなトイレのマークが。 天井から吊り下げられた案内版もなく、それは暗い間接照明の下でなかなかカッコいい(と思われるデザインの)小さな小さな「男」「女」を表す(と思われるデザインの)マークだけが壁面に描かれていました。 なんだこのマークは!! こんな〇と△の合体しただけの簡易な図形を薄暗い空間で小さく貼り付けて、それが多くの善男全女にトイレマークと認識されると思っているのか!? トイレに行きたくて行きたくてトイレの近い老人が迷っている姿が想像できないのか!? 目の悪い年寄りでもすぐに分かる大きな明暗のハッキリしたマークを掲出しなさい!!。 と前期高齢者は憤慨いたしますが、しかし、現実的には既に漏れそうで漏れそうで恥ずかしい限り。 さて、昔話に花を咲かせながらビールも飲み、ランチを美味しく頂いて会計を頼みます。 渡された明細レシートに3600円とありましたので4000円を出します。 そーしますと、店の方は5000円とおっしゃいます。 私は、例によって指がすべって千円札を5枚出してしまったので、店の方が5000円もありますよ、あるいは5000円お預かりしました・・・と言っていると思い、「えっ、5000円ありましたか?」と聞いてしまいました。 それはともかく3600円だから400円、あるいは1400円のお釣りね・・・と思っていましたら、店の人はまた5000円です!とおっしゃっるのです。 お前は何を訳の分からんことを言っているのだと思いながら改めて明細レシートを見ますと、よくあるパターンですが、追加注文した分=ビール2杯分が別のレシートとなっていて、その合計額はお店の人の言う通り5000円のお会計。 すみませんでしたと千円札を足して、恥ずかしい限り。 その後、コーヒーでもと近くの喫茶店へ参ります。 レジで注文してお金を先払いし、飲食物は自分で席まで運ぶスタイルの喫茶店でした。 私は、ブレンドコーヒーLを注文。 (店により複雑怪奇な表現の飲み物のサイズを臨機応変に注文することは、私も最近かろうじて可能となりました。) (しかし、客の異な表現を分かっていながらあくまで「承認」しようとしないあのスターなんとかというショップは単なるアホショップであると強く思っております。) 席でコーヒーを飲んでいますと、店員が目の前に登場されます。 「お客様がコーヒーのトレイにしているものは、実はお金を入れるためのトレイですので返していただいてよろしいでしょうか」と丁寧におっしゃり、そのトレイを持ってお帰りになりました。 私は、レジでコーヒーを受け取った時に、近くにあったトレーにそれを載せて自分の席まで運んできたのですが、そのトレーは、店のレジなどで料金を置いたり、そのお釣りとレシートを置いたりしてくれる、いわゆるキャッシュトレー(コイントレー)というものでした。 なんでこんなものを間違えて持ってきてしまったのかと、恥ずかしい限り。 しかし、老人的には、トレーに「これはお買い上げの商品を載せてお客様の席まで運んでいただくためのトレーです。」とか「これは支払い時のお金を置くトレーであって、飲食物を運ぶトレーではありません。」などと明記していただきたいと強く要望いたします。 目は見えない、耳は聞こえない、足はよろよろで、やることなすこと恥ずかしいことの連続です。 しかし、本当に恥ずかしい限りなのか。 それを恥ずかしいことだと思わせる何かが本当に恥ずかしいことなのか、けれども、ただうろたえて恥ずかしくバタバタしている私が、やはり恥ずかしい限り。 |
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