菜園日記2026年1月



2026/01/04

2026年に入りました。
畑では、カリフラワーとハクサイがいい感じの大きさになっていましたので、収穫いたします。
そして、ダイコンを1本抜きました。
ソラマメが背を伸ばしていましたので、また上部を支柱に留めます。
草がかなり生えていましたが、年末からの風邪に加えて、なかなかの寒風となっていましたので、早々に退散いたします。

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2026/01/15

寒い日が続きましたが、暖かな木曜日となりました。
昼から畑へと参ります。
ダイコンを2本、ニンジンを2本、ブロッコリーとカリフラワーの頂花蕾を1つずつ収穫いたします。
その他、葉物野菜も少しずつ。
エンドウはたくさんの花をつけていますが、実がありません。少し残った実も何かにかじられているような跡が見られ、皆何かに取られているのかもしれません。
全体に、草抜き、水やりをして退散いたします。

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2026/01/18

本日も暖かな日曜日となりまた。
昼から畑へ。
ハクサイが大きくなってきましたので、球を葉で巻いてビニ紐で縛ります。
ソラマメも背を伸ばしてきましたので、また支柱に留めます。
エンドウはまたまた実がありませんが、ひょっとしたら何かに食べられているのではなく、実をつけない状態になっているのかもしれません。
3日前にたくさん収穫しましたので、本日は採るものはなく、草抜き、水やりをして退散です。

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2026/01/25

先週ぐらいからかなりの寒波が到来しています。
本日も朝から雪の舞う京都となりました。
とりあえず昼から畑へ。
道中も雪が降ったり止んだりでしたので、収穫のみで帰ることといたします。
ダイコン2本、ニンジン2本、ホウレンソウとネギを抜いて退散です。



   
 



 もういくつ寝るとお正月 ♪
 早く来い来いお正月 🎵

 お年玉で何を買おうかとワクワクしていた少年時代のお正月ははるか過去のこととなってしまい、今は御節料理をサカナに朝からお酒を飲むことだけが楽しみな少額年金生活者ですが、しかし、お正月と言えば年賀状を楽しみにしている前期高齢者でもあります。

 けれども私的には残念なことに、最近は「年賀状仕舞い」なるものをする人が増えてきました。

 それ自体はそれぞれの方の考え方ですから横から批判したりするつもりは毛頭ありませんが、年賀状仕舞いに関しては多くのことが見えてくる面もあり、現在のところ仕舞われる側の私としてはいろいろと思うことがあります。

 私的には続けられる限り年賀状仕舞いをするつもりはないのですが、一つ気になっている問題はあります。
 年賀状仕舞いをする方の挨拶文によく見られるのですが、視力云々を理由にしておられる方が少なからずおられます。

 両眼の緑内障手術をし、また加齢とともに弱る視力を強く実感している私としては、もし近々に年賀状仕舞いをしなくてはいけない状況が生じるとすれば、やはりその第一の理由は視力の問題になるのかなあと思います。
 何よりも小さな字、薄いフォントがどんどんと見づらくなり、年賀状作成ソフトや住所録を見たり整理したりするのは高齢者にはなかなかシンドイ作業であると実感しています。

 さて、年賀状仕舞いの理由として一般的にあげられている理由は、やはり年齢です。
 70歳を機に、という文章が毎年寄せられます。
 人により年賀状に伴う作業の困難さは違うでしょうし、作業云々よりも一つの区切りとして、儀礼的なイベントから抜け出そうという意志が働くこともあるでしょう。

 そういう流れでちょっと面白く感じましたのは、60歳でサラリーマンを定年退職したと同時に、その定年退職を理由にして年賀状仕舞いを宣言してきた知人の存在でした。
 定年退職を機に年賀状を仕舞いますとありました。
 本当の理由は別にあったのかもしれませんが、私の印象としては、今まではずっとサラリーマンとしての立場を守る?ためだけに年賀状を利用してきたのかなと考えたりして、失礼ながら面白くも悲しく感じてしまいました。
 大きな組織の中でそれなりのポジションまで出世した知人でしたから、余計にそういう想像が働いたのかもしれません。
 私的には、年賀状を何かサラリーマンの交際術、出世手法のように考えたことは一度もありませんてした。

 また、私としては年賀状仕舞いを宣言した人に対してもこちらからは年賀状を出し続けていますが、それに対して露骨に苦情を言ってくる人も存在します。
 「こちらは年賀状仕舞いを宣言したのだから、そちらから年賀状を出すのを止めないのは失礼ではないか」と、けっこう上から目線で言われたりいたします。
 年賀状仕舞いにかかる「ルール」がどのように存在するのか私は詳しく存じあげませんが、年賀状を出すな!と文句を言うことこそがルール違反ではないのかと思ったりします。

 まぁ一方で、年賀状を出していない方から年賀状を受け取ったら、必ず早々にその返信をするべきと考えている方も多くおられると思います。私が、失礼にも!、年賀状仕舞いをされた方に出した年賀状に対する返信として後日に年賀状や年賀メールなどを頂くことは確かに少なからずあります。しかし、そういうケースを想定したうえで年賀状仕舞いをされているのでしょうから、丁寧なる返信こそが不要ではないでしょうか?
 あるいはやはりそーいうことは礼を欠くものであると思っておられるのでしょうか?
 そのようなケース等に不満が残るのであれば、年賀状仕舞いを宣言する時に「私に年賀状を出さないでください!」と明言していただきたく思います。・・・と明言しても恐らく家のポストには毎年何枚かの年賀状が届くと思いますが。

 さてさて、年齢が重なるとともに、年賀状が「宛所に尋ねあたりません」と戻ってくるケースが多くなります。
 これに関して最近気づいたことの一つに、年賀状仕舞いを宣言された方にそのようなケースが増えてきたということです。
 ひょっとしたら、と失礼ながらいろいろなケースを勝手に想定したりしてしまいます。
 こういう場合に関しても、年賀状という存在は不安要素を払拭できる貴重なアイテムではないかなぁと思ったりいたします。

 年賀状仕舞いについては色々な考えがあり、その後年賀状仕舞い宣言を取り消したいというような事例が増加しているなどとマスコミに取り上げられたりしています。
 そのような動向がいろいろとあるとしても、私的には年賀状はやはり毎年とても楽しみな年末年始イベントの最たるものの一つです。

※ 年賀状は年始の受け取りだけではなく、私的には年末の時期の作成や投函作業も楽しいものです。
  しかし、ハガキ代は高くなりました。特に2024年10月には、63円から85円と3割以上の値上げですからビックリポンです。
  また昨年末に、いわゆる家電量販店に行きましたが、毎年山積みとなっていた「年賀状用デザイン集」のような書籍は取り扱わなくなったということでしたし、   住所を印字するタックシールやプリンターのインク等々の売り場もかなり寂しくなっていました。
  一般家庭ではプリンターの使用目的のかなりの部分を年賀状が占めているのでしょう。 

 年賀状にちょっと書かれている近況報告などが契機となって、ン十年ぶりに再会することとなった友人、知人も少なからず存在します。

 そういう意味でも極力年賀状仕舞いをすることなく、来年再来年と続けていきたいと思ってはいます。



1月末の畑の様子


ハクサイ

キャベツ

ブロッコリー

レタス

ハクサイ

正月菜

ホウレンソウ

ニンニク




ソラマメ




シュンギク



 ミズナ



ダイコン



タマネギ


ネギ


エンドウ

カリフラワー

ブロッコリー

ハクサイ

キャベツ


ニンジン



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