
菜園日記2025年12月
2025/12/07 小春日和の日曜日となりました。 昼から畑へ。 先週は所用により畑はお休みとなりましたので、2週間ぶりの畑です。 葉物野菜が大きくなっていましたので、ネギ、ミズナ、レタスなどを収穫します。 ニンジンも大きくなっていましたので、1本を抜きます。いい形と大きさになっていました。このようなニンジンを収穫できるのは数年ぶりのことです。 一方、今年はニンニクの発芽が芳しくありません。いろいろとあるものです。 草抜き、水やりをして退散いたします。 ・・・・・・ 2025/12/14 日々に寒さの増す12月です。 昼から畑へ。 ダイコン、ニンジンを2本ずつ抜きます。 キャベツも1つが大きくなっていましたので、収穫いたします。 あとは葉物野菜を少しずつ収穫。 本日はお昼まで雨が降っていましたので、水やりはなしとし、草抜きをして退散です。 ・・・・・・ 2025/12/20 暖かな日曜日となりました。昼から畑へ。 冬野菜は概ね順調です。 ダイコン、ニンジンを2本ずつ収穫。今年は、ダイコンもニンジンも大きくきれいに育っています。その他、葉物野菜なども少しずつ収穫いたします。あとは草抜き。 午前中にそれなりの雨がありましたので、水やりはなしといたしました。 ・・・・・・ 2025/12/31 大晦日となりました。 ここ1~2週間、暖かな日が多く、雨もそれなりに続いていましたので、野菜は大きく育っていました。 ブロッコリーやカリフラワーも頂花蕾を大きくしています。 ネギを抜きます。大晦日は、myネギですき焼きを食べるのが毎年の楽しみです。 ダイコン、ニンジン、ホウレンソウ、正月菜等々、なかなかの収穫となりました。 本日は、草抜き、水やりはなしで退散いたします。 |
![]() |
|
![]() |
![]() |
西暦2025年も終わりました。 私は1955年という西暦の一桁目に5のつく年の生まれですので、自分の年齢を物差しにするといろいろなことが数えやすくなったりします。 2025年は私が満70歳になった年でした。 また私は、昭和30年生まれという一桁目に0のつく年の生まれでもありますので、その点からも昭和に関しては分かりやすい感があります。 昭和30年は戦後10年目ですから、私の年齢と合わせれば、2025年は戦後80年という大きな区切りの年であることがよく分かります。 また同時に2025年は昭和100年でもありました。(これも私の生まれ年に現在の年齢を足しますとすぐに分かります。) ※ ちなみに私の父親は大正15年の生まれです。私は父が29歳の時の昭和30年生まれの子どもですが、この1つの差というのも私的には覚えやすく、2025年に父が生きていたら99歳だなぁと思ったりします。 いろいろな意味で区切りの年であった年が終わりを告げました。 (しかし、私の父は71歳で亡くなりましたので、そういう意味では私が満71歳となる2026年も大きな区切りの年となるかもしれません。) 21世紀も早1/4を過ぎてしまいました。 21世紀と言えばちょっと覚えている光景があります。 中学校の確か社会科の授業の時に、先生が 「21世紀まであと30年と少し。皆も生きてはいないでしょう。」 とか言って、生徒からブーイングを受けていました。 私が21世紀を迎えたのは45歳の時になりますが、先生はお幾つだったのでしょう。 (21世紀は2001年1月1日から始まりますが、私は早生まれですのでまだ45歳でした。) これは、しかし、数字的計算というよりも、特に社会科の先生にとっても21世紀は感覚的に少し遠い世界だったのだと思います。 そして、中学生にとっても21世紀は遠い「未来」でした。 鉄腕アトムが生まれるのは、2003年です。 2025年においても原子力で動く人型ロボットはまだ現実化していませんが、アトムの世界に描かれた光景の多くは既に目の前にあります。 そこに描かれていた空を飛ぶ自家用車もそろそろ現実化するのでしょう。 まぁ鉄腕アトムの世界では新旧の光景が混在していましたが、私が一番印象深く覚えているのは、小学生が通学時にランドセルではなく、布製の肩掛けカバンをしている姿です。 今も小学生の多くはランドセルを背負っていますが、肩掛けカバンも増えてきています。ひょっとしたら手塚治虫はそこまで予想していたのかもしれません!?。 さて、鉄腕アトムの動力源は原子力、核融合エネルギーです。 アトムは当初10万馬力、後に100万馬力にパワーアップしますが、この膨大なエネルギーを体内の原子力モーター(原子炉、後に核融合炉)で生み出しています。 当時、今一人のアニメヒーローとしてエイトマンが存在していました。 ボディは、ハイマンガンスチール製、超音波も聞き取れる耳、通常の壁なら透視できる「透視装置」の付いた眼、最高3,000km/hで走れる能力(加速装置)を持っていましたが、彼もやはり、原子力(ウラニウム)をエネルギー源としています。 電子頭脳および超小型原子炉のオーバーヒートを抑えるため、ベルトのバックルに収めてある「タバコ型冷却剤(強加剤)」を定期的に服用しなければならず、時には服用できずに危機に陥ることがありました。この「タバコ」の設定も子ども的には魅力あるものでした。 (当時は、タバコは非難されるべきアイテムではなく、子どもが一種あこがれる存在でもありました。タバコの形をしたお菓子は以前からありましたが、エイトマンの設定によってかなりのブームになっていたと記憶しています。cf;「ココアシガレット」) 当時の日本において、原子炉等は原子力の「平和利用」の象徴であり、21世紀の未来への大きな夢や科学技術の進歩の希望として捉えられていたのでしょう。 手塚治虫やエイトマンの原作者平井和正もそのような期待を作品に込めていたのだと思われます。 ある意味、牧歌的な原子力への期待、信頼がある時代でした。 ※ ちなみに、エイトマンの漫画版は週刊『少年マガジン』に連載されましたが、その表記は「8マン」、テレビアニメ版の表記は「エイトマン」です。 漫画や映画の世界はしかし、まだまだ先があります。 「ターミネーター」では2029年、スカイネット(自我を持った架空の軍事AI)はT-800=戦闘用アンドロイドを1984年の世界に送り込みます。 あまり一般的なものではありませんが、私の大好きなテレビゲーム「フロントミッションオルタナティヴ」では、2034年アフリカ紛争が勃発。人型兵器WAW(ヴァンダー・ヴァーゲン)が実戦投入され、戦争末期には規格統一がなされ、WAP(ヴァンダー・パンツァー)=人型機動兵器が誕生します。 鉄腕アトムやエイトマン亡き後は、大きな戦争状態が続き、世界中を覆うこととなります。 そして、人類は意志を持ったコンピュータにより支配され、悲惨な状況を迎えています。 21世紀の中盤は、希望の光が見いだせない暗黒の「未来」となります。 しかし、安心要素もあります。 2112年9月3日にはドラえもんが誕生します。 あと90年近く待たなければいけませんが・・・。 さすがに、社会科の先生に言われるまでもなく私も存在はしていませんが、ターミネーターもドラえもんも時空を超えられますから、鬼がでるのか蛇がでるのか、楽しみ(!?)ではあります。 |
|
|
|
|
| 2026年1月へ | 菜園日記topへ |