菜園日記2023年5月
2023/05/20 ちょっとまた入院していましたので、3週間ぶりの畑となりました。 夏野菜の準備がたくさんある時期に困ったことです。 昼から量販店に行き、ゴーヤの苗を2つ、枝豆を6つ、万願寺とうがらしとシソを1つずつ購入して畑へ。 東側の畝の北側に、万願寺とうがらし、シソ、枝豆を植えます。 西側の畝のエンドウの北にゴーヤを定植いたします。 キュウリ、スイカ、カボチャのところに本支柱を立てます。 今日定植した各苗にも支柱を添えて留めておきます。 エンドウは全体に枯れてきて、そろそろ終わりの時期となっています。10個ほど採りましたが、新しい花も咲いていません。 ニンニクは、株を枯らしてきました。ちょっと病気かなという感じもするのですが、試しに1つを掘りますと、なかなか良い感じにできていました。あとは全体に水やりをして終了です。 ・・・・・ 2023/05/21 まだ5月ですが、気温30度を超える暑い日曜日となりました。 昼から量販店で、ズッキーニの苗を2つ、ツルムラサキを1つ購入して畑へ。 ゴーヤの北側に、ツルムラサキとズッキーニを定植いたします。 ナスとトマトに本支柱を立てました。 キュウリとスイカとカボチャのところにネットを張ります。 トウモロコシが茎を太くしてきましたので、各箇所少しずつ間引きます。 あとは草抜き、水やり等。 |
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この4月7日から14日まで腸閉塞で入院しておりましたが、退院後HPやSNSなどに、 「その後嘘のように快適な毎日を過ごしています。」 などと書き込んでおりました。 今となっては非常に能天気な言葉としか言えず、この5月4日から17日まで、前回の退院から1か月も経たずにまたまた入院することとなりました。 今回は、永年の懸案であった胆石がついに爆発してしまいました。 ただし、後にもまた書きますが、胆石の爆弾はまだ抱えたままの状況です。 5月2日の火曜日の夜、また腹痛が始まりました。 夕食、風呂とまあ普通に過ごせましたが、ベッドに入っても痛みが治まらないため、夜中の12時過ぎにタクシーを呼んで、病院の救急へと向かいます。 ゴールデンウィークの期間内でもあるためか救急の部署はかなり混んでいました。 そして、担当の医師は、いかにもといった新人医師でした。 先月、腸閉塞で入院していたという話をしましたら、レントゲンと血液検査を行い、腸閉塞の所見はありませんので「もう帰ってください。」とのこと。 「もう帰ってください。」とはなかなかのセリフです。 胆石を抱えているという話をして、CTとエコー検査をしてもらいます。 また、お腹がとても痛いので痛み止めをお願いしたいと申しますと、「痛いのですか?我慢できませんか?痛み止をした方がいいですか?」と、これまたなかなかのセリフをお聞きいたしました。 結局消化器内科の医師も出てきていただき、胆石は既に落ちているかもしれず、また痛くなったら直ぐに来てほしいとのことでこの日は終了。 5月3日の早朝、6時前頃、なんとかタクシーを拾って帰宅いたしました。 5月3日は、ほぼ1日家で寝ていました。 この4月の入院の時もそうでしたし、以前に家人が入院した時もそうだったのですが、痛みなどから2日連続で病院へ行き、1日目は特になんでもありませんよと帰され、2日めに入院というパターンが多いように思えます。 今回もそういうケースとなりました。 翌5月4日の木曜日。 また痛みがきつくなってきたため、午後2時過ぎにタクシーを呼んで、病院へ向かいます。 採血、レントゲン、CT, エコーなど。 胆石が、胆嚢からの出口付近につまっているとのことでした。 外科的に緊急手術の方法もあるが、私の既往症等の関係もあり、今回は消化器内科が担当して内科的に治療を行うとのことで入院となりました。 この夜はけっこう痛みが治まらず、あまり眠れませんでした。 5月5日の金曜日。世はゴールデンウィークの真っ最中です。 朝、消化器内科の主治医が来室。この方は、4月に腸閉塞で入院した時の主治医でもありました。 血液検査の結果、炎症が激しいようなので、本日肝臓から胆嚢へと針を通す施術を行いますとのこと。 「経皮経肝胆嚢穿刺吸引術」というものらしいです。なかなかムズカシイ名称です。 さっそく午前中にその施術に向かいます。 ところが、この施術のためには(胆汁が撒き散らかされないように)肝臓と胆嚢が接している部分に針を通す必要があり、私の場合肝臓と胆嚢が接している部分が少なく、数少ない接している部分では肝臓に太い血管があるためこの施術は不可能という結論となり、当該施術は中止となりました。 その後、担当医師から内科的には難しい局面となったので、少し様子をみたいとの説明がありました。 その後、外科の看護師が来室して、「本日から、外科が担当となります。部屋も外科病棟に引っ越します。」と言われ、病棟の引っ越しとなりました。 5月6日の土曜日となりました。 朝から採血、血圧測定など。 10時頃、外科の主治医が来室。 「血液検査の結果は少し悪くなっていますが、全体的にはそれほど悪くはありません。本日、MRIを受けてもらいます。」 とのことで、10時半頃からMRI検査を受けました。 MRIは今まで何回か受けたことがありますが、最近の機械は圧迫感がとても少ないものになっています。 閉所恐怖症の私にはとても助かります。 昼前に主治医が来室。 「MRIを見る限り、胆石はまだ胆管の付け根にあります。明日の朝の採血の結果を見て緊急手術をするかどうか判断したい。」 15時過ぎ、看護師が来て、手術になればとお臍のクリーニングを行いました。そのままでは、菌が入ってしまう可能性が大とか。 5月7日の日曜日。 7時前に採血、9時半に担当医来室。 「採血の結果、数値はかなり良くなっているので、貴方の既往症等との関係も考慮し、本日の緊急手術はやらないこととします。いずれにしても、手術は近い内にする必要はあります。また、相談いたします。」とのこと。 こちらとしては、胆石について手術により一定区切りがつくものと考えていましたので、ちょっと残念な感もありました。 またいつ同様の事態になるのかという不安もあります。 10時15分、主治医来室。 「本日の緊急手術はなくなりましたが、いずれ手術はしなくてはならず、この流れで体制の整う平日、今週の火曜日ぐらいに実施したいと考えています。その前に、手術のこと、麻酔のことなどをご家族に説明したいので、明日の月曜日の午後に来てもらうことは可能でしょうか?」 今回は、完全な絶飲絶食と違って、食事はともかくお茶などは飲んでもよいとされていましたが、あまり喉も乾かず、わずかな量を飲んでいるだけなので、まあ現実的には絶飲絶食状態が木曜日から4日続いています。 5月8日の月曜日 7時前、採血、7時45分、主治医来室 「今朝の採血の結果などを見ながら、皆で相談して手術のことなどを決めたく思います。また連絡します。」 8時50分、主治医来室 「外科内部で会議を行い、予定どおり明日手術を実施する。」ということになりました。 10時半頃、看護師により、諸検査及びまたまたお臍の掃除、腹部の毛剃りなど。 12時半、主治医が来室「明日の手術は、朝一番、9時15分頃から実施いたします。」 13時から、心電図、肺活量の検査 13時半からシャワーを浴びます。 14時半から看護師、手術担当看護師から、それぞれ事前説明等。 15時から主治医、担当医、麻酔医から説明。 今回は特に全身麻酔初体験ということで、いろいろと不安感などがありましたが、今は麻酔をかけてから気道を確保したり、尿の管をつけたりと意識のないうちに不快不安な作業が進むようであり、また醒める時間もコントロールでき、額に脳波を示すシールを張って細かく調整できるとか。 イメージかかなり違うものとなっています。 漠然と有していた不安感がかなり解消されました。 あとはそれこそまな板の上の鯉状態で、お任せするのみです。 16時頃、看護師がTRIFLOなる器具を持ってきました。私の肺活量が少ないため、今後のことも含めも肺活量を鍛えるための器具とか。 少しやってみましたが、なかなかしんどいものでした。 5月9日の火曜日、手術当日。 朝6時過ぎに目を覚ましますと、布団が少し濡れています。点滴の管が途中で外れて液が漏れた模様で、看護師を呼びます、管の部品を回さないと外れるはずはないのに等々と非常に機嫌悪く対応されました。こんなことで機嫌悪くなってもらっても困るのであります。 私的にも機嫌悪く対応される筋合いはないのであります。 昨晩提供された飲料OS1は、朝までに2本飲んでおけとのことでしたが、ほとんど飲めませんでした。これについても看護師は機嫌悪い応対。 持ってきていただいた時、夜の9時頃にはこちらは既に寝ていたのだから仕方ありません。 まあ、このような看護師もたまにおられます。 血液が固まらないためのストッキングや手術着など着用して、歩いて手術室へ向かいます。 手術台に横たわり、全身麻酔がスタートしてからは何も覚えておらず、自分の病室で2時半ごろ眼が覚めました。 その後、関係者がいろいろと訪ねてきたり、短いスパンでの検査が深夜、明け方まで続きます。 結局は、腹腔鏡では手術を進行することが困難となり、開腹手術となりましたが、それでも胆嚢と胆管などとの癒着が進んでいて、胆石も取れなかった模様です。 胆嚢を部分的に切除というような結果となりました。 全身麻酔も初体験でしたが、輸血も初体験となりました。コップ2杯分とのこと。 とりあえずは、1日うとうとして時が過ぎます。 10日の水曜日、手術の翌日です。 朝から、採血、レントゲンなど。 レントゲンは車椅子で連れて行ってもらいましたが、レントゲンの機械の前に立つときや機器の上に寝る時にとにかくお腹の切開部分が痛みます。 昼から歩く訓練。手術後の腸の癒着などを防ぐためには歩くことが一番いいようです。とりあえずは病室のフロアーを2周いたします。 開腹部が痛く、また少し歩くだけでなかなか疲れます。 11日の木曜日。 10時半頃、看護師が来て、今日は5周歩きましょう!と言ってきました。まあ自分のペースで5周ということのようです。 夕方までかけてなんとか5周歩くことができました。 また夕方にはおならが出ました。いいことのようです。 17時、消化器内科の盛田先生が来室していただきました。この入院期間中に診療予定かあったことの関係です。 「一応、治療終了から2年が経ち肝臓としては異常も見られないので次回の診療は1年後にしたい。検査の方もさすがに1年後は予約も出来ないので、適当な時期に予約をお願いしたい。」とのことでした。 12日の金曜日 昼食が開始となります。といっても、アップリードミニなるゼリー状のもの一つ。 桃味とありますが、酸っぱく甘いものでした。 夕方に、手術後初の大便がでます。 14時20分頃からシャワー。尿の管をつけてのシャワーは初めての経験でした。 14時40分頃、尿の管を抜かれます。一瞬痛いというか異様感。尿の管をつけられたのは何回かありますが、いつもはとにかく少しでも早く外してほしいとばかり考えていましたが、今回はちょっと違いました。というのは、外すと自分で歩いてトイレに行かなくてはなりませんが、その時に手術跡がとても痛いからです。 でもまあやはり外していただいた方が楽ではあります。 18時に夕食、昼と同じ、アップリードミニ1つ。 5月13日の土曜日、朝食は、重湯、葛湯、味噌汁、牛乳。 また、経常の飲み薬が復活、といっても、今回の手術関係のものがほとんどで、従来自宅で飲んでいたものは不整脈の薬1つのみです。 9時45分、主治医来室。 こちらの疑問として「今回の手術は、胆石も取れませんでしたので、結果的には、前の日曜日に緊急手術は止めておきましょうといった段階に戻っているように考えているのですが、いかがでしょうか?」 「いや、胆嚢のほとんど全てが取れたので、炎症とか膿とかを生じることはかなり減少します。また胆嚢の総体積が減ったので、食事をした時に胆嚢が急に縮んで痛みを起こすようなこともなくなったと考えています。あとは、残っている胆石が今後どのように悪い結果をもたらすかどうかですが、これについては経過を見ていかないと分かりません。」 まあ、いずれにしても胆石とは今しばらく付き合っていかなくてはいけないようです。 正直なところ、こちらの気持ちとしては開腹手術までしたのに・・・という感じが強く残ります。 昼食は重湯、ポタージュスープ、ヤクルトジョア、桃ジュース。 夕方、これで最後となりましたと点滴の袋が外されます。 点滴用の管などは腕についたままですが、とりあえずは点滴終了となりました。 14日の日曜日。 歩行訓練?の時、主治医と廊下で会います。この方は、土曜日も日曜日も出勤しています。改めて総合病院の勤務医のハードな体制を思って しまいます。感謝。 「検査結果も良い方向なので、胆嚢と繋げているドレーン管を月曜日に他の者と相談して外していきたい。その後、様子を見ながら週の半ばぐらいには退院の段取りとなるでしょう。」 15日の月曜日 7時半、主治医、来室。 「順調なようなので、胆嚢のドレーン管は本日抜こうと考えています。そうすると、明後日に退院となります。」 13時、主治医プラス1人来室。 胆嚢からのドレーン管を撤去。また開腹部を留めてあるホッチキスの半数を撤去していただきます。 かなり身軽になった感じです。 15時半、最後に残っていた点滴用の管などが左手から外されます。これで管の類いは全て外されたこととなりました。血管の細く弱い私の場合、この入院期間だけでも、採血のやり直し、点滴のやり直しと数十個は針の穴が開いているはずです。 16日の火曜日 15時半、主治医来室 開腹部の残りのホッチキスを全て外してもらいます。 「あの規模の手術としては、非常に回復がスムースにいっています。経過は順調なので、予定どおり明日退院とします。5月30日に、外来に来てください。それまで、お風呂は湯舟につかってもいいですが、最後はシャワーできれいに流してください。始めからあまり脂っこいものをガツンとは食べないで、少しずつアクセルを踏む感じでお願いいたします。」 とのことで、一区切りとなりました。 17日の水曜日 10時に退院、タクシーで帰宅いたしました。 今回は、体力の低下を強く感じています。リハビリに励む必要があるようです。 |
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