菜園日記2022年7月


2022/07/01

 7月に入りました。
 あまりの暑さのため、本日も夕方から水やりに向かいます。
 畑は枯れ枯れでした。
 キュウリやシシトウは水をやるとしばらくしてレ元気復活しましたが、ゴーヤはなかなか元気になりません。ツルが細いからかなあと勝手に想像しています。
 こんな時もレタスやカボチャは元気です。
 水をたっぷり撒いて退散です。

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2022/07/03

 長く長く暑い晴天が続いていましたが、久しぶりになかなかの雨となりました。
 しかし、夏野菜はどんどんと巨大化しますので、昼から雨の止み間をみて畑へと走ります。
 おかげさまで、雨には全くかかりませんでした。
 キュウリ、ナス、トマト、トウモロコシ、レタス、シシトウなどたくさん収穫いたします。
 本日は収穫のみで早々に退散いたします。

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2022/07/08

 週末は旅行の予定を入れましたので、本日夕方から畑へと参りました。
 大きくなっていたキュウリ、ナス、トマト、シシトウなどを収穫いたします。
 草抜きを少し行い、そろそろ水やりを・・・と考えていたところ夕立が降ってきました。
 早々に退散いたします。
 ジョウロでいくら水をあげても夕立には勝てません。
 恵みの雨であります。

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2022/07/11

 この暑さですから、旅行の帰路夕方から畑へと走ります。
 キュウリやナスなどを収穫。
 ボウボウと背を伸ばす草を刈り、水をやって退散いたします。

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2022/07/17

 比較的涼しい?日曜日となりました。
 本日は、祇園祭前祭の山鉾巡行の日です。小雨の中、夕方から畑へ。畑についてからは雨に降られることはありませんでした。
 大量の雑草を処理いたします。
 キュウリやナス、シシトウ、トマトなどなど大収穫となりました。
 ミニカボチャや冬瓜も実を大きくしてきました。

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2022/07/24

 祇園祭、後祭の山鉾巡行の日。
 暑い日曜日となりました。
 作物は全体的に元気そうに見えましたが、ちょっと暑さに疲れてきたかなという感じもします。
 シシトウ、キュウリ、ナスなど豊作となりました。ゴーヤも今年初収穫の3本です。
 追肥、水やりをして退散いたします。

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2022/07/31

 一層暑さが増した7月最後の日曜日、夕方から畑へ。
 暑さと雨不足で、全体に枯れ枯れでした。
 キュウリも1本だけ、最後の1本になりそうです。トマトはたくさん色づいていました。
 ゴーヤも多くの実が採れる時期となりました。
 カボチャを1つ、冬瓜、ズッキーニを2、3個ずつ取ります。
 ナスは3つほどでしたが、まだまだ花を咲かせています。
 トウモロコシの茎を処分いたします。今年のトウモロコシは、4つの内2つが隅まで実の入った美味しいものとなりました。今までで一番と思います。
 シシトウなども少しずつ収穫。
 水をたっぷりあげて退散いたします。


   
 

 
 コロナが日本に上陸してから、ほぼ2年半が経過いたしました。

 この間、いろいろな「集まり」やイベントなどが自粛を余儀なくされ、寂しい時期を過ごすこととなりました。
 コロナは、しかし、まだまだ収束はしていませんが、多くの人はコロナ対応が新たなフェイズに入ったと捉えることが適切と考えているかと思われます。

 そのような状況の中で、祇園祭も3年ぶりに山鉾巡行が復活となりました。
 他にもいろいろなお祭なども順次復活してきているようで、その意味でこの夏は楽しみなものとなりました。

 コロナの状況は予断を許さない面もありますが、社会的活動が復活してきている面も確かであると思われます。

 さて、私が小学校の頃、自宅からの通学は歩いて京都東映撮影所(その頃は映画村なんてまだまだ存在しませんでした。)の中を南北に縦断する一般道を通り、太秦広隆寺の境内を抜けてというものでした。
 その広隆寺では毎年「牛祭り」(*)なるものが開催されていました。

* 広隆寺境内にある大避神社の奇祭。鞍馬の火祭、今宮神社のやすらい祭とともに京の三大奇祭の一つと言われています。仮面や飾りつけをしたまだら神が牛にまたがり、仮面をつけた四天王が松明を持って従い、境内と周辺を一巡。
薬師堂前で祭文を読み、これが終わると同時に堂内に飛び込みます。国家安全・五穀豊穣・魔障退散を祈願する祭です。現在は休止中のようです。

 小学校高学年の時ですから、この牛祭りの由来などに興味はなく、夜店こそが楽しみでありました。
 私が子供だけで行くお祭りを初めて経験した場でもありました。

 私はその頃、多額の小遣いをもらってはいない子供でした。また、小遣いをもらうとすぐに漫画本とプラモデルに使ってしまう小学生でもありました。
 お祭りということで、特別に小遣いをもらえたかというとそんなこともなく、私の親は特に夜店などでの「買い食い」を嫌ってもおりました。
 従って、お祭りで使えるお金もほとんどなく、安い飲食物やイベントなどを楽しんでおりました。

 確か1本5円の串カツというものがありました。
 小さな小さな串カツを何本か食べて串の数を自己申告して料金を支払うのですが、当時の子供としてはなんとかたくさん食べたくて、食べた串の幾つかを地面に落とし、食べた数を少なくごまかしておりました。
 もちろん、そんな浅はかな子供の行動を店の人が分からぬはずがないのですが、4本で20円とか申告して支払いますと、そのまま受け止めてくれていました。
 そんな時代でもありました・・・と、自己弁護・・・

 他によくしていた遊びとして、いわゆる「型抜き」というものがありました。
 これは、砂糖で作られた板に刻まれた模様を押しピンや釘といった針を使って型=板から抜くという遊びで、きれいに抜くことができると、なにがしかの景品がもらえるというものです。

 まああまり上手く説明できませんが、今もテレビで放送している株式会社バンダイのオードリー 春日俊彰さんが出演しているCMの「キャラパキ 発掘恐竜チョコ」のイメージです。

 簡単そうに思えますがなかなかの困難度で、どこかでパリンと割れてしまったりして、私は成功した記憶がありません。
 また最近の夜店などでは見かけなくなったと思いますが、どーなのでしょうか?
 私は、この「型抜き」を気に入ってやっていたかというと、そうでもなく、料金が安かったからしていたものと思い出します。

 あとよくチャレンジしていたのが、輪投げでした。
 まあこれは単純に、投げた輪が欲しい景品にピタっとはまればそれがゲットできるというものです。
 しかしながら、ちょっと細長いものは輪が当たって倒れてダメ、比較的簡単そうな景品も少しでも輪が引っかかればダメ、高価な景品には大きな木の台がついていて、輪っかは必ずそれに引っかかってダメ・・・というようなものでした。
 これも何かゲットした記憶はありません。
 大きな台に載っているミニカメラが魅力でしたが、まあ子供心にもそれはほぼ不可能であることはよく分かっておりました。

 また、いつも欲しくて買えなかったものがプラスティックの「お面」でした。
 当時の子供のあこがれるテレビのヒーロー・・・鉄腕アトムに鉄人28号、エイトマンに白馬童子などの「お面」が欲しかったのですが、なかなかの値段で手が届きませんでした。
・・・具体的な値段は覚えていませんが、子供がスっと買える値段でなかったことは確かと思います。

 それから、自分ではあまり進んでしなかったけれども、親や親戚などと行ったときには「金魚すくい」をよくしていたように思います。
 親などは金魚すくいを「安心」な遊びとして子供にさせたがっていたのかもしれません。
 金魚はなかなかすくえませんが、全くすくえなくても最後には2、3匹をビニールの袋に入れてくれて持ち帰っていました。
 あの頃、小さな子供のいる家庭には必ずといっていいほど金魚鉢があって、夜店でゲットした金魚が入っていたのではないでしょうか。

 当時はまた、今はなかなか見られない口上、売り物もありました。
「ガマの油」(*)の現場は何回か見たことがあります。子供にはその面白さは十分には分からなかったかもしれません。

* 「goo辞書」によれば、「ガマの油」は「ヒキガエルから採集される分泌液を豚脂などに混ぜてつくった軟膏 (なんこう) 。ひび・あかぎれ・外傷などに効くという。江戸時代から明治時代にかけて、街頭で香具師 (やし) が独特の口上を述べて人を集め、販売した。」とあります。まあ、実際にはいろいろな原料がいろいろに混ぜられていて、販売者の「口上」やトリックによって祭りの場などで売られていたことが有名ではありますが、最近は、一般的に見かけることはありませんね。
(筑波山では「ガマの油売り口上」は、茨城県の親しみやすい伝承芸能の一つとして今も披露されているようです。)

 また、場所により「見世物小屋」(*)もまだまだありました。
 私は小学生の頃、愛知県岡崎城の祭や京都八坂神社の中で見たことがあります。
 現在ではほとんど見かけることはないと思いますが、あることはあるようです。
* 「見世物小屋」については、以前に少し調べたこともありましたが、なかなか安易には記載することのできない面もありますね。
 ググっていただければ、現在のその存在も確認できると思います。

 その後長い期間、私はお祭りや夜店などから全く遠ざかっておりました。
 中学、高校と進むに従い、お祭りなどへの興味もだんだんとなくなってきましたし、ある年齢からは「人混み」に出かけていくという行為自体を非常に嫌うようになりました。
 これは、ただ単に大勢の人間で混雑している場所を嫌がっていたというだけでなく、多くの人が興味を持って集まる場所なんかには俺は興味はないよという青臭い自己主張の現れでもありました。

 しかしながら、またまた一定歳を重ねますと今度は年中行事などに出かけることが楽しみとなり、人混みもまたなかなかの快感となります。
 毎年行われる行事、長い年月に渡り引き継がれているイベント、そういったものの意味合いがこの歳になってやっと分かってきたということなのかもしれません。

 祇園祭の宵山など、まさしく街中に通勤ラッシュの車内状況が現出するわけですが、電車と違うのは電車内はクーラーが効いていますが、路上にはそんなものは存在しないということです。
 暑さを楽しむ、混雑を楽しむ、そんな状況の中にいる自分を楽しむということなのかもしれません。

 そのような場にでかけても、小さい時とは違って輪投げも型抜きもしませんが、たこ焼きなどを片手に缶ビールなどを飲みますと
至福の時間を味わえます。
 この高揚感はいったい何なんのでしょう。

(輪投げや型抜きは今も現役なのでしょうか?あまり目撃いたしません。)

 今年もいろいろと楽しみではあります。

7月末の畑の様子


シシトウ

ピーマン

モロヘイヤ
ツルムラサキ
ズッキーニ



ナス



トマト

 

シシトウ


エダマメ


(なし)



エダマメ


レタス




ミニカボチャ

ゴーヤ


シソ

トウガン

マクワウリ


キュウリ



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