菜園日記2020年7月
2020/07/02 7月に入りました。 梅雨の雨で長らく畑に行けませんでした。 本日は梅雨の晴れ間ということで、昼から畑へ。キュウリ、トマト、ナス、シシトウがたくさん採れました。 トマトはちょっと雨の多さに負けている時期かもしれません。 雑草もかなりのものとなっています。 イチゴは、いわゆるランナーがどんどんと広がってきています。こんなに大きくなるとは思ってもいませんでした。隣の畑を侵食する勢いでしたので、大幅にカットいたします。 ・・・・・ 2020/07/12 梅雨の晴れ間というよりか、梅雨の曇り間となりましたので、昼から先ず量販店で、インゲンの種とネットを購入して畑へ。 ニンニクの跡地にインゲンの種を蒔きました。 トマトの周りに、カラス除けのネットを張ります。 キュウリ20本ほど、ゴーヤ数本、バナナウリ数個、シシトウ30個ほど、ナス10個ほど、トマト数個・・・の大収穫となりました。 持って帰るのが非常に重たい大豊作です。 後は、大量の草抜き等々・・・ ・・・・・ 2020/07/18 梅雨の晴れ間となりました。 夕方から畑へ。 祇園祭の巡行の日も過ぎましたが、今年は巡行も中止です。いつもはこの時期に明ける京都の梅雨も今年はまだまだ長引きそうです。 キュウリはまた20本ほど、ゴーヤは大きいものが1つ、採れました。 先週蒔いたインゲンも上手く発芽しています。 シシトウは実が大きくなっていません。長雨のためか、ピーマンが立ち枯れ状態です。 トマトは小さいもの10個ほど。 ナスも数個の収穫。 辛味ダイコンとラディッシュ、2〜3個ずつ収穫。 イチゴを終わりとし、その跡地に油粕を入れて、荒起こししておきます。 エダマメも実をつけ始めました。 後は、草抜き等々・・・ ・・・・・ 2020/07/26 またまた雨のため、畑はお休みです。 |
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私のリンパ癌治療については、前にここに書きましたが、抗癌剤を何回か点滴する方法で進められました。 いわゆるR-CHOP療法です。 2020年2月12日、京都第二赤十字病院へ入院。翌13日、14日と2日間に渡り抗癌剤を点滴してもらいました。 予定としては3週間ごとに6回の点滴で終了という計画でしたが、私は1回目の終了後、定年前の年度末という時期を迎えてなかなか日程が取れず、また肝臓の数値に危険信号がでたため、その対策も含め2回目までの期間が空いてしまい、そのため7月16、17日まで計7回の点滴を受けることとなりました。 当初私は、正直に申しまして、この治療方法等を軽く見ていたところもあったのですが、その後の副作用に長く悩まされることとなりました。 私のような比較的軽いと思われる?癌でもこのようになるのですから、他の方の闘病生活は本当に大変だなあと気づかされました。 病気になると、自分自身のことも含め、気づかされることが多々あります。勉強になります。 初めに襲ってきた副作用は、脱毛でした。 体毛が全体的に抜け落ちますが、やはり一番目立つのは頭髪です。 これは第1回目の入院の時から、顕著に現れました。 特に入院後、自宅に戻ってからは見る見るうちに抜け落ち、残りもほんのわずかとなりましたので、床屋に行って髪の毛を剃ってもらうこととしました。 いつも行っている床屋は初め、髪を剃ることを嫌がっていました。頭皮に傷がついたり出血したりすることによるクレームやいろいろなトラブルを避けたい想いなのでしょう。 私の髪の毛が柔らかく簡単に剃れるということで、引き受けてもらいました。 最近は、しかし、通常の散髪時に顔を剃ってもらうときも昔のようには剃刀を強く当てませんね。これも事故やクレームを避けるためでしょうか。 昔は、眉毛が一部そり落とされたり、顔から出血したりなんて、ごく普通のことでした。 今はそんなことが大事件!?になるのかもしれません。 さてさて、私の場合髪の毛が抜けることはそれほどショックでもなんでもありませんでした。まあこういうことになるのだな・・・とけっこう冷静に考えていました。 ただ、女性の場合は、大きなストレスになることと思います。病棟には、ウィッグの見本や宣伝パンフなどがたくさん置かれていました。 また、髪の毛だけでなく、その他の体毛もほとんど抜け落ちました。 髭が生えてこなくなりました。それからしばらくは電気カミソリも洗面台の飾り物となりました。(9月に入ってから、髭剃りも復活いたしました。) 次に大きな副作用としては、味覚の異常です。 入院してから数日後、1回目の抗癌剤の点滴からあまり日も経たず、食事が取れなくなってしまいました。 初めは、病院食の味付けに飽きてしまった・・・というような感じでしたが、売店で購入したいろいろな食べ物の味も変に感じることに気づきます。 多様な現れ方があるようですが、私の場合は特に味の薄いもの、出汁の味のもの等々は食べられなくなってしまいました。つまり病院の食事のほとんど全ては食べられなくなりました。 甘いものや味の濃いものは、比較的食べることができました。 朝はパン食をお願いしていましたので、パンにジャムなどをつけたものがかろうじて食べることができました。 その他はほとんど口に入らなくなり、アッという間に10キロほど体重が落ちました。 この味覚の異常は、副作用の中で、一番長く続いたものです。 このことについては他の方もけっこう悩まされているようです。 3回目の抗癌剤からは、日帰りで多くの方が入る大部屋で行われたのですが、ある日、仕切られたカーテンの向こうから男性の声が聞こえてきました。 看護師さんに副作用の状況などを説明している内容でしたが、「退院のお祝いに友人から高価なワインをいただいたが、しかし、飲んでもワインの味がしない。それがくやしくてくやしくてたまらない」というような話でした。 私はカーテンのこちら側で深く共感いたしておりました。 好物を食べても飲んでも、美味しくないというのは、なかなか辛いものがあります。 今回の一連の副作用の中で、私が最も嫌で困ったことがこの味覚の異常です。 これらの後にきた副作用としては、手指の痺れがあります。 といっても、私の場合そんなに大きな症状ではなく、当初は手の10本の指先がちょっとしびれるという感覚でありました。 日常生活にそれほど支障をきたすようなしびれではありませんでした。 この症状はけっこう長い期間継続しましたが、次第に左指の痺れがとれ、最後には、右手の人差し指、中指の痺れが残り、やがてゆっくりと消えていきました。 また、口内炎もその1つです。 1回目、2回目は現れませんでしたが、3回目の点滴ぐらいから、口内炎が必ず発生することとなりました。 私の場合以前から、何かストレスを受けると口内炎が発生することが多く、ある意味慣れていたものの一つですから、あまり大きなストレスを感じることもなく、売薬を塗ってしのいではおりました。 同じく毎回生じた困った副作用は、便秘です。 便秘というか、便が非常に固くなっては痔の原因となってしまう不快な副作用であります。 こう並べると服作用はいろいろとありますね。 人により、副作用の種類や程度はいろいろとあるようですが、上に挙げた副作用はけっこう一般的でもあるようです。 また書きませんでしたが、他にいろいろと細かい副作用らしきものもありました。 加えて今一つ、本人的にはあまり自覚症状がないのですが、肝臓の状態を表す数値がかなり悪化しました。これについては、癌治療の妨げになるということで、継続的な対症療養を行っておりました。 癌治療が一段落しましたら、今度は肝臓のメンテに本格的にかからなくてはいけません。 また、抗癌剤の副作用なのかどうなのか医師も良く分からないものの一つとして、毎回抗癌剤の点滴からだいたい10日ほど後に、血圧が非常に低くなる日が生じるということがありました。 私はもともと血圧は低い人間なのですが、この時は上の血圧が70ほどしかなく、ちょっと歩いてもシンドイという感じになります。 ひどい時は、座っているソファから立ち上がろうとする気力もなくなってしまいます。 また通院時に測る病院備え付けのセルフ血圧計によっては、計測不能という結果となることも少なからずありました。 さてさて、一番初めに書いたことの繰り返しになりますが、この治療生活をちょっと甘く見ていた私にとっても、副作用の続く毎日はなかなか面倒な日々ではありました。 今も、副作用が完全に消えたわけではありません。 加えて、副作用そのものではありませんが、免疫力が落ち、体力も低下していますから、日常生活にも様々に支障が生じます。作業を長く続けることがシンドクなりますし、重たいものを持つことなどが一苦労となります。などなど・・・ 抗癌剤とはこういうものなのだ、癌とはこういうものなのだということを、実感として感じました。 比較的軽いと思われるリンパ癌でもこのように感じるのですから、本格的な闘病をしている方々の苦労がほんの少しかもしれませんが、分かったような気がいたします。 いろいろと気づくことの多い経験となりました。 |
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シシトウ トマト ナス |
ゴーヤ
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