菜園日記2018年6月

 3日(日)  6月に入りました。
 夏の気候です。
 昼から畑へと走ります。
 ナスは,少しずつ大きくなっています。
 エダマメは元気に枝を広げ始めました。
 シシトウも少しずつ・・・といった感じです。
 ニンニクは,そろそろという感じですが,本日はそのままにしておきます。
 トマト,キュウリに本支柱を立てます。小さな小さなキュウリを3つ収穫。
 タマネギを全て採ります。全部で56個となりました。
 いつもタマネギは,立ち枯れしたり,根腐れしたりというものが幾つかありましたが,今回はすべてが実となりました。初めてのことです。
 ゴーヤもゆっくりと生長しています。
 後は,ビタミン剤など・・・
 11(月)  週末はちょっと旅行に行っていましたので,畑はお休みといたしましたが,夏野菜は生長がはやい・・・と帰京した月曜日の夕方に少しだけ覗いてきました。
 キュウリを数本収穫。
 17(日)  梅雨らしい時期となりました。
 でも今日は涼しい良い天気の日曜日です。
 アヤハに寄って,石灰と腐葉土を購入して,畑へ。
 ナスは花を幾つもつけています。一応,撤去いたします。
 エダマメは早くも実をつけ始めました。
 シシトウも小さな実をつけています。
 ニンニクを全て収穫いたします。大小合わせてかなりの収穫となりました。
 トマトは小さな中玉を一つ収穫。3本とも,上部を支柱に留めます。
 キュウリは,10数本の収穫となりました。いつもキュウリは早くからたくさんの収穫となります。
 タマネギの跡地に,石灰と腐葉土を入れて,スコップで荒起こししておきます。
 ゴーヤに本支柱を立てます。
 後は,全体に油カス,草抜き等々・・・
 24(日)  6月も最後の日曜日となりました。
 梅雨らしい雨と蒸し暑い日が続きます。
 昼から,アヤハへ。
 畑用の土,そして,セロリを2つ,チシャを1つ,ツルムラサキを1つ買って畑へ。
 ナスに支柱を立てます。伸びた枝を支柱に吊るします。
 エダマメは実を大きくしてきました。しかし,あまりたくさんではありません。
 シシトウは,そろそろ実をつけ始めました。
 ニンニクの跡地に,石灰と油カスを入れます。
 トマトは大きな実をつけていました。
 キュウリは早くも20本ほどの収穫です。
 タマネギの跡地を耕して,セロリ,チシャ,ツルムラサキを植えます。
 ゴーヤはまだ少しずつ伸びています。
 後は,草抜き,栄養剤など。


 四条大宮は,京都の地名表示の標準的方法の例にもれず,四条通りと大宮通りの交差点周辺を表す地名であります。

 四条通りは,広く知られてもいますが,京都市の主要な東西の通りの一つであり,平安京の四条大路にあたります。現在でも京都を代表する通りであります。現在の四条通りの東端は八坂神社,西端は松尾大社です。

 大宮通りは,京都市の主要な南北の通りの一つで,平安京の大宮大路(東大宮大路)にあたります。「大宮」は皇居を表す語であり,「大内裏の東側に接していた」ことからの命名という見方が有力ですが,平安京以前から存在していた「大宮」という名称(地名)が由来ではないかという説もあります。

* 東大宮通りがあれば,西大宮通りもあるわけですが,それは現在の「御前通り」に当ります。この御前通りについては,北野天満宮の真ん前から伸びている通りですので,由来はそこにあるのではないかと想像していましたが,正解のようです。
  このように通り名は多いですね。現在の職場の近くに「正面通り」という通りがありますが,これは,方広寺の大仏の正面につながる通りであることに由来するものです。

* 京都の住所表記においては,「○○通」・・・と,通「り」の送り仮名を打たないものが通例ですが,ここでは「り」をつけておきます。

 私は,四条大宮にはちょっとした想い出や関わりがあります。

 中学の時,私は,大阪府高槻市の私立中学校に通っていたのですが,自宅から四条大宮まで京福電鉄に乗り,ここ四条大宮で阪急に乗り換えておりました。

 当時は,特急の止まるターミナル駅でしたが,今は特急は止まってくれません。駅としては「格下げ」と言えるのでしょう。
 このことは,しかし,四条大宮の歴史,現状といったものを良く表しています。
 ターミナル駅であったのに,少なくともここ何十年か,街が全くといっていいほど発展しない場所なのです。

 そして,現在,私は四条大宮から歩いて10分ほどのマンションに暮らしています。

 この四条大宮には,上に書きましたように,阪急と嵐電(京福電鉄)という2つの鉄道の駅がありますが,この駅の歴史が,四条大宮の歴史を象徴しているように思えます。

 先ずは,嵐電です。
 嵐電は,京都の人間にとっては,久しく京福電鉄の「愛称」でありましたが,今は嵐電=「らんでん」を正式名称としているようです。

* 京福電鉄は,2006年度より「嵐電ブラッシュ・アップ プロジェクト」なるものに取り組み,その一環として,嵐山本線,北野線の名称を「嵐電」に統一したということです。私は,このことを最近知りました。

 その嵐電の歴史は古く,1910年(明治43年)開業で,実に1世紀以上の歴史を有しています。面白いというか,重要なことは,現在の嵐電四条大宮駅は,開業当初は「京都駅」と名乗っていたということです。

 私的想像も入りますが,今でも,京都市内周辺部の方が京都の中心地にでかけることを「京都に行く」という言い方をされるようですが,四条大宮にある駅が「京都駅」と呼ばれることもそういった意味合いがあったのかもしれません。
 あるいは,明治末の時期には,まだ京都市に編入されていない地がたくさんありましたから,そのような場所を通っての「京都駅」だったのでしょうか。
 この辺はちょっと詳しく調べる必要がありますが,いずれにしても,四条大宮はそのような位置付けであったことは確かと考えます。

 今一つの阪急大宮駅は,嵐電に遅れること21年後の1931年(昭和6年)に近畿最初の地下鉄線として開業します。
 これまたポイントは,四条大宮駅は,1963年(昭和38年)の河原町延伸までの間,阪急京都線の京都方のターミナル駅の役割を果たしていたということです。
 阪急京都線は,大阪と京都を結ぶ路線ですから,その意味では実質的にも「京都駅」の役割をここ四条大宮が果たしていたと言ってもいいでしょう。

 しかしながら,先にも書きましたが,当時四条大宮に止まっていた阪急の特急は,今は止まってくれません。

 さて,以前,四条大宮には映画館がありました。「大宮東映」でした。
 私も1〜2回,見に行った記憶があります。2005年に閉館いたしました。

(私には,しかし,ここで見た映画の具体的記憶がもはやありません。かろうじて思いだすのは,東映まんがまつりとの同時上映の何かで,東映まんがまつりの方は観ないで帰ったということがあったように記憶しています。それ以上のことは全く浮かんできません。ただ,今考えますと,まんがまつりもかなりの上映時間を要したのでしょうから,それと一緒にという上映形態を考えると,その辺の記憶も怪しいものです・・・)

 この映画館の閉館後には,たくさんのテナントの入るビルに立替えられました。
 その際にちょっと問題となって,マスコミなどにも取り上げられたのが餃子の「王将」の移転問題でした。
 土地所有者としては,広い場所を一体的に開発したい想いがあったでしょうし,しかし,ここは餃子の「王将」の第一号店です。王将としても,その地で営業を続けたいという譲れない想いが強くあったのでしょう。
 結局,「王将」は今も同じ場所で営業を続けています。

 と書いていて,実は,阪急の駅の上にも,映画館があったことを思い出しました。ここにも何回か見に行った記憶があります。
(こちらも既に記憶が定かではありませんが,少し具体的に覚えています。「黄金の7人」シリーズの何か,アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンの「さらば友よ」など)

 まあ,昔は映画が娯楽の王様でありましたから,近距離に2つの映画館が併存していたことは,それほど不思議なことではありません。

 阪急の上の映画館は,コマ・ゴールドというような名前だったと思いますが,そういえば,そのまた上か下の階にボーリング場がありました。
 当時は,日本中が大ボーリングブームの真っ最中でしたから,どこにでもボーリング場が出現していましたが,そんなボーリング場ももちろん今はありません。
 そーいうことも含め,今の四条大宮には,何もないのであります。

 あるものといえば,どこの駅前にもあるもの。
 飲み屋街,カラオケ,本屋,ちょっとしたスーパーマーケットやコンビニといったところでしょうか。

 一方で,阪急で四条大宮の1つ西に「西院」という駅がありますが,最近は非常に賑やかになって,若い人々を中心に人通りもなかなかです。
 私の印象では,以前の西院は,街の「明暗」を強く兼ね備えた場所で,なかなか裏道に踏み込む勇気はありませんでしたが,今は裏道も明るく,若者向けの飲み屋などでにぎわっています。
 駅の向かい側には,新しい複合ビルが建ち,大変な賑わいです。また,そこから西へ少し行きますと,大型家電量販店もあります。

 四条大宮の銀行は,今やATMだけを設置しているところがほとんどとなってしまいました。西院は店舗のある銀行が四条大宮より多いように思われます。
 私もちょっと食事がてら飲みにでも・・・という時には,西院へでることが多いです。
 私の通う眼科も西院にあります。
 CDショップも西院にはありますが,四条大宮にはありません。
 などなど,等々・・・

 四条大宮,困ったものです・・・

 しかし,現在も,多くの団体などが四条大宮の現状をなんとか打開したいと頑張っておられます。
 先月に書きました「大宮グッドフェスティバル」もその一つです。

 私は,実は「あること」がこの停滞の大きな原因になっていると考えているのですが,その辺のことはまた改めて書きたいと思います。
6月末の畑の様子



エダマメ



 

(なし)



キュウリ




ゴーヤ

シシトウ


ナス

トマト

ツルムラサキ

チシャ

セロリ

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