菜園日記2007年11月

4日(日)  春のようなポカポカ陽気の,11月初めの日曜日,お昼前から畑へと走ります。
 タマネギの苗は,ちょっと元気がないように見えて,心配です。
 ブロッコリーの株は,普通のものは,横に葉を広げてきましたし,スティック・セニョールは,縦に葉を伸ばしています。
 コマツナは,ベタがけシートの下に,いっぱい葉を密集させています。
 ニンニクも元気な様子です。
 先週植えたネギの苗も,少しずつ葉を伸ばしていました。
 ダイコンは,全て同じ時に種を蒔きましたが,北側と南側で,かなり生長の速さが違います。北側の半分は,1本立ちさせました。南側も間引きして,2本ずつに揃えます。
 辛味ダイコンも,生長は遅い感じですが,ベタがけシートの下で,元気な様子です。
 ニンジンは,まだまだ密集していますので,大幅に間引きいたしました。
 後は,草抜き,水遣り,ビタミン剤等々・・・



ヒョロヒョロしたタマネギ
(11/11)

11日(日)  寒さの増した日曜日,お昼から畑へ向いました。
 タマネギは,何ヶ所か,根元からすっぽりと無くなってしまっているケ所があります。原因は,よく分りません・・・
 ブロッコリーは,順調な様子です。通常のものには,早くも小さな頂花蕾ができていました。少し土寄せをしておきます。
 コマツナは,だんだん大きくなってきましたので,少し間引きいたします。虫にもあまり食べられておらず,キレイなコマツナです。
 ニンニクとネギも順調な様子です。
 生長の遅かった南側のダイコンも,大きくなってきましたので,全てを1本立ちといたしました。
 辛味ダイコンも順調に成長している様子でしたので,各ケ所から1本ずつを間引きます。
 密集しているニンジンは,またまた大幅に間引きいたします。
 本日は,コマツナ,ダイコン,辛味ダイコン,ニンジン・・・と,大量の間引き菜を収穫できました。新鮮な間引き菜は,鍋に最適です。
 後は,草抜き,液肥等々・・・



密集するコマツナ
(11/11)

18日(日)  木枯らし1号・・・らしきものの吹く日曜日。午後から畑へと向います。畑に着くと同時に,雨が落ちてきました。
 タマネギは,やはり立ち枯れしてしまった苗が多いようです。苗が悪かったのでしょうか・・・
 ブロッコリーは,元気な様子で,どんどんと葉を広げて大きくなっています。
 コマツナは,また大幅に間引き菜を収穫いたします。今年のコマツナは,青々と元気に育っている気がします。
 ニンニクとネギは,相変わらず順調な感じです。
 ダイコンも,元気に育っていました。
 辛味ダイコンは,少しずつ大きくなっていますので,また各ヶ所から,1本ずつ間引きました。
 ニンジンは,今年は,種を蒔くのが少し遅れてしまったので,生長もゆっくりとなっています。またまた大量の間引き菜を収穫いたしました。
 降ったり止んだりの空模様でしたので,早めに退散です・・・



ちょっと生長の遅いニンジン
(11/11)

25日(日)  暖かな11月最後の日曜日,昼から六基グリーンへと向かい,新菊の苗2つを購入いたしました。続いて,畑へと走ります。
 タマネギの苗は,少しずつ元気になっている様子ですが,やはり根元からポロッと無くなってしまっている所が,散見いたします。
 スティック・セニョールにも,小さな頂花蕾を発見できました。
 コマツナは,青々と大きくなっています。コマツナは毎年植えていますが,今年が一番元気に育っているように思います。葉は青々として瑞々しい姿です。また大量に間引きながら収穫いたします。ベタがけシートは外すこととしました。
 ニンニクもネギも順調な様子です。ネギの,枯れたり折れたりしてしまっている葉を撤去します。
 ダイコンも枯れた下葉などを取り去ります。土の上に伸びてきたダイコンが少しずつ大きく太くなっているのが分ります。
 辛味ダイコンは,また各箇所から1本ずつを間引きます。ここもベタがけシートを外すこととしました。
 辛味ダイコンとニンジンの間に少し空いているスペースがありましたので,本日購入した新菊の苗2つを植えます。
 ニンジンもまたまた大量に間引き菜を収穫いたしました。
 後は,全体にビタミン剤,液肥,草抜き等々・・・



毎年のニンニク
(11/11)

 私は,平成の初めに東京勤務をしていたのですが,昭和から平成への改元なんてつい最近のことと思っていたのに,来年は,平成20年であります。早いものであります。平成生まれの若者が,もうすぐ大学を卒業して新入社員になっていくのです。
 さて,突然の東京勤務命令でしたが,私は東京生まれですので,それなりの土地勘や風習の慣れはありました。しかし,当時の東京は,バブル真っ盛りの異常な時ではありました。
 ヘタに喫茶店に入りますと,コーヒー一杯に1,000円を取られました。(まぁその隣の居酒屋では,1,000円札一枚を握り締めて,熱燗2本とツマミを頼むサラリーマンも同時に存在していたのですが・・・)
 雑誌を見ますと,古ーい,ケンメリのスカイラインが300万円で売れた・・・なんて記事が載っています。
 何で中古のケンメリが300万円もするのか不思議で仕方ありませんでした。高い値段をつけたら売れる・・・という不思議な時代でもありました。
 偉い上司を迎えに,某高級ホテルへと参ります。フロントでふと後ろを振り向きますと,若いカップルが何十組と並んでいます。並ぶ場所もないので,フロント前の大階段に,段々畑のように列を作っています。その多くは,そのホテルの雰囲気に合っているとはいえない青年たちで,二人が寄り添って・・・というよりは,小さく固まっている異様な集合体でした。
 当時は,クリスマスなんかには,カップルは,一流ホテルで過ごさなくてはいけないという「法律」もあったのであります。皆が皆,記念すべき日の夕食は,何々レストランで,宿泊は,何々ホテルで,はたまたプレゼントはどこどこの店で・・・と,一年がかりで予約や段取りをしないとデートもできない悲しき「法律」でありました。
 赤坂周辺で飲んでいて,終電が過ぎると大変なこととなります。当時の深夜,流しのタクシーに乗ることは,天文学的確率で不可能でありました。通りには空のタクシーが鈴なりに並んではいますが,それらは全て,そこかしこで宴会をしている人たちの予約しているタクシーです。高級料亭やそこから流れた二次会の店が予約するだけで,タクシーが全て出払ってしまうのです。猫も杓子も,帰りの車付の飲み会であります。
 普通に考えれば,時代の真っ只中にいた人々でも疑問を感じなくてはいけないような異常な時空間が存在していました。
 でも,まぁ,給料はドンドンと上がっていきますし,金を支払う「楽しみ」は,次から次へと考えられて,目の前に立ち現れますから,疑問を感じているよりも,一緒に走ってしまったほうが,面白く楽しくあったのでしょう・・・
 インテリさんが好み,良識的な記事が載るという某○○経済新聞には,連日,マンション投資のお勧めとゴルフ場の会員権募集案内が載っておりました。ゴルフ場の案内なんかは,高速道路の何々インターから何分というようなアピールではなく,何々へリポートから何分なんてコピーで売っていたものもあったのですから,恐ろしい時代でした。
 まぁ一つ一つ挙げていってもキリがないのですが,バブル期の終焉に当たっては,マスコミでも「バブル」や「泡」という語句を使って,さまざまに面白い,皮肉っぽいコピーを考えていました。まぁ,そんな時のネタには困らない,なんでもありの時代であったと言えます。
 そーいえば,当時私も調子に乗って,デパートで見つけたバブル・ソープを使って,家で泡風呂に入って喜んだりしておりました・・・

11月末の畑の様子




ブロッコリー


ニンニク ダイコン ニンジン



新菊

コマツナ





タマネギ





ネギ

辛味ダイコン


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