アマ小説家の作品

◆パペット◆第23回 by日向 霄 page 2/3
「やぁ、マクレガー少尉。おっと、中尉殿だったな。“正義の盾”の居心地はどうかね」
 食堂に寄ってパンをかじっていると、以前の上司レマン大佐が近づいてきた。盆一杯の食事を持って隣に腰を下ろす。
「いい若いもんがパンだけですましちゃいかんぞ。力が出ん」
 いい年寄りがそんなに食ってどうするんだ、と言いたくなるのをこらえて、マクレガーは素っ気なく言った。
「悪くないですよ」
 レマンはもう特捜の部長ではない。部下の不祥事(ムトーのことだ)の責任を取って自ら退いた。今は庶務部で事務用品の受発注をするしがない課長だ。一旦は特捜部長を務めた人間が、毎日ハンコを押すだけの仕事に甘んじるとは。いっそ潔く辞職してしまえばいいものを。
「ところで、ムトーの行方はもちろんもう掴めているんだろうな」
 チキンを口にほうばりながら、レマン。
「気になりますか?」
 レマンと目を合わさないようにしながら、マクレガー。
「そりゃあ、あいつのせいで特捜部長の地位を棒に振ったんだからな。まぁ首が繋がってるだけでもめっけもんというところだが、しかしわしの人生設計はあいつのおかげですっかりわやだよ」
 レマンが大仰に手を振り回しながら喋る。つばとともに口の中の物がテーブルの上に飛んだ。
 いかにも汚らしいという風情でそれをよけながら、マクレガーは冷たい声音で答えた。
「安心してください。部長の怨みは僕が晴らして差し上げます」
 一息にコーヒーを飲みほし、マクレガーはさっさと席を立った。本流をはずれてしまった人間に付き合っている暇はない。
 その後ろ姿を、レマンはため息まじりに見送る。まったく人間変われば変わるもんだ。金魚の糞のようにムトーの後をついて歩いていたお坊ちゃんが。
 レマンがムトーに怨みを抱いているというのは嘘だ。ムトーは確かに厄介者だった。わしの命令などいともたやすく無視する。協調性皆無のその行動に、同僚達からも煙たがられていた。そんなに自信があるなら一人でやってのければいいと。
 “狼”の一件がなくても、いずれあいつは特捜を出て行くことになっただろう。そもそも公安に入ったことが間違いだったのだ。公安ほど媚びへつらいの必要なところはない。わしだって入局した頃は理想に燃えて独自の捜査をしたこともあった。だがそんなことをしても益はないと気づかされただけだった。
 そしていつの間にかわしは本当に馬鹿になった。適当に立ち回ることを覚えて、幸運にも特捜部長にまで昇りつめた。特捜部長と言えば世間じゃ大した強面だが、やってることはそこらの中間管理職と違いはない。わしの勝手で部下を動かせるわけではないのだ。
 ムトーがお尋ね者になった時、わしはまさかと思うと同時に『やはり』とも思った。あいつもそれを覚悟で辞表なんぞ残していきおったのだろう。わしが受理する前に、あいつは懲戒免職になってしまった。
 レマンはてっきり自分も拷問にかけられるのではないかと思った。ムトーの直属の上司だ。何も知らぬではすまされない。
 だが予想に反してレマンは簡単な事情聴取を受けただけで、首にもならなかった。『特捜部長にまでなった人がねぇ』と陰口を叩かれながらハンコを押す日々は、首になるより辛いと言えないこともない。女房はとっとと離婚届を残して出て行ったし、あんなに可愛がってやった秘書のアレックスも今では挨拶一つ交わそうとしない。
 すべてはあの愚か者のせいかと思うと腹が立って当然だ。だがわしは――。


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