アマ小説家の作品

◆パペット◆第23回 by日向 霄 page 1/3
「なぜですか?」
 マクレガーは不服顔で答えた。
「なぜジャン=ジャック=ムトーを捕捉しなくてもいいんですか? 勲章は無効になった。あの男はまだ犯罪者のはずです」
「もちろんだ。だが我々“正義の盾”にはもっと重要な任務がある」
 公安の戦闘専門部隊“正義の盾”。本来は反政府組織による暴動を鎮圧するための軍隊が、今や大統領を殺害し、政府要人を軟禁、ポリスを制圧している。自分たちが政権を握れば、もはやそれは反政府主義でも暴動でもないのか。
 もともと公安の中でも強い権限を持っていた“正義の盾”だが、戒厳令下となれば嫌でもその地位は高まる。他の部署の人間はみな“正義の盾”の使い走りだ。
 アン=ワトリーとムトーの逮捕のために二度までも“正義の盾”を率いたマクレガーは、この騒動を機に特捜を離れ、“正義の盾”の一員となった。辞令を受けてすぐ、なんとしてもムトーを捕まえてみせると胸を張った彼に、新しい上司ゲーブル中将は言った。その必要はないと。
「我々が今捕捉しなければならないのは一介の賞金首などではない。チェンバレンだ」
 チェンバレンを初め、あの官邸ビル崩壊を免れた何人かの政治家は、依然姿をくらましている。どことも知れぬ隠れ家に潜んで、大統領代理を名乗りテレビに挑戦的なメッセージを流してきた。そのやり口はまさに取り締まるべき秘密結社そのものだ。
「ですから、そのためにもムトーの逮捕は必要です。私があの男を捕まえ損なったのはチェンバレンの妨害によるものです。チェンバレンは公安の意向を無視してあの男を匿い、あまつさえ勲三等を贈るなどと発表した。賞金首が一転して勲章! 最初から二人は通じていたと考えるのが自然です。ムトーの行方を追えば、チェンバレンの居所も明らかになるでしょう」
「もし君の言うことが正しいとするなら」
 ゲーブル中将は冷ややかに部下の顔を見つめた。
「その逆も真だ。チェンバレンを追いたまえ。そうすればムトーを追うことにもなる」
 マクレガーは頷かざるを得なかった。これ以上の反論は自分の身を危うくする。下手に賞金首の生死にこだわって、自分も奴と何か関わりがあると思われてはたまらない。
 しかし納得したわけではなかった。マクレガーの裡に、ムトーに対する憎悪はまだ火を噴いている。かつて自分があの男を先輩として慕っていたことを思い出すと恥辱で体が震える。あの男は俺をだまし、公安を裏切り、ポリス全体を危機に陥れているのだ。あの男さえいなければ、すべてはつつがなく運んだものを……。
 マクレガーには、自分がなぜそんなふうに考えるのかわからない。ムトーが憎むべき敵であるという考えは、指を切れば血が出るというほどに自明の真理だ。マクレガーは疑わない。それはひょっとして自分のものではない、誰かに植えつけられた認識であるかもしれないなどとは。
 ゲーブル中将の言うとおり、チェンバレンを捕まえることはムトーを追いつめることにもなるだろう。そしてムトーのそばには必ずやあの男、ジュリアン=バレルの偽者がいるはずだ。見ていろ、必ずや俺を愚弄したことを後悔させてやる。
 ジュリアンに対する復讐の念、こればかりは紛れもなくマクレガー自身のものであった。
 チェンバレンがどのように見解を出そうと、公安の内部でジュリアン=バレルが既に捕まっていることは間違いがない。ムトーと一緒にチェンバレンに保護され、特赦を約束されたあの手配書そっくりの若者はチェンバレンのでっち上げた偽者だ。顔などその気になればいくらでも作り替えることができる。本物は取り調べの途中で発狂し、今は厳重に隔離されているのだ。公安の人間ならみんな知っている。もちろんどこに監禁されているのかは極秘だけれども。


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