タイトル未定新作長編
第1話『光の鍵』(仮) 冒頭部嬉しがり公開
 byひゅうが霄



その時、光の塔は
真実まばゆい光の柱と化した
そしてその光の中には
懐かしい友の顔が浮かんでいた

『ドリール全史』所収
 「ラムール・リィ回想録」より


【Introduction;広場】

 ドリールの街は賑わっていた。今日が特別な日だということを知らせる花火が早朝から鳴り響き、人々は朝食もそこそこに通りへ繰り出していた。
 祭りだ。
 有名な、ドリールの記念祭。街の人間だけでなく、周囲の村の人間たちが大勢集まってきている。遠方から三日も四日もかけて祭り見物にやってくる者も多く、そういった客目当てに各地の商売人や楽団がこぞってドリールに入ってきていた。
 一週間にわたって繰り広げられる記念祭の、今日は中日。風同盟の同盟記念日だ。ここドリールだけでなく、あちこちの主立った都市で花火や祝砲が上がっているはずだった。
「ホントにすごい人ね。迷子になっちゃいそう」
 美々しく飾りつけられた屋台が所狭しと並ぶ大通りを、きょろきょろしながら歩いている少女がいた。
「だから大人しく宿で休んでた方がいい、って言ったのに」
 一緒に歩いている少年が、ため息混じりに答える。
「タウってば、何つまんないこと言ってんの? せっかくドリールの祭りに来てるっていうのに昨日も今日も練習ばっかり。何にもお祭りらしいことしてないのよ。もったいないと思わないの?」
「思わない」
 きっぱりと言いきった少年に、少女はぷっと頬をふくらませて。
「もういい。一人で行くわ。あんたは帰んなさい」
 くるりと少年に背を向けると、すたすたと歩いていく。
 はぁ。
 少年はもう一度大きくため息をつくと、少女のあとを追った。ちらと振り向いてそれを認めた少女が、くすっと勝ち誇った笑みを浮かべる。
 二人の後ろ姿は、とてもよく似ていた。背格好はほぼ同じ。少女は少年と同じように髪を短くしていたし、スカートではなくズボン姿だったから、男の子が二人歩いているようにも見える。
 双子なのだろうか。面差しも似ていた。鳶色の髪は少女の方がやや明るく、肌の色も少女の方が白かったけれど、くりっとした大きな目と、少し低めの鼻。二人とも、可愛さと凛々しさがうまく溶け合った、魅力的な顔立ちだった。
 色とりどりの菓子や珍しいおもちゃ、いい匂いを立てる焼きたてのペラなどをつまみながらしばらく行くと、広場に出た。
 人のかたまりに出た、と言った方が正確かもしれない。広場は人、人、人で埋めつくされていた。通りにもあれだけの人が繰り出していたのに、どうしてまだこれだけの人がいるのだろう、と不思議になるほどの人数だ。
 人垣の向こう、かなり離れたところに、数段高くしつらえられた舞台がわずかにその上部をのぞかせている。広場の上にはロープが張り巡らされ、赤いドリールの旗と、風の女神サーラナをあしらった同盟旗、それに菱形の紋章の描かれた旗とがいくつも垂れ下がっていた。
「そっか、式典があるんだ。同盟記念日だから」
 少女が言った。
「母さんが言ってた。ドリールとフェルエンドと、えっとそれからラージバルだっけ、三つの都市の代表が同盟宣言を読み上げるんだって」
 そんなもん聞いたってしょうがないだろ、という言葉をタウはぐっと飲みこんだ。少女の――ジルの瞳が好奇心できらきらと光っている。言ったって無駄だ。
 ラッパが鳴り響き、わっと人々がざわめいた。広場の反対側の端、二人のいる位置からはまったく見えないところから、代表者たちがお出ましになったらしい。
「あん、ダメだ、全然見えない。肩貸して、タウ」
 タウが返事をするより早く、ジルはさっと驚くべき身軽さでタウの肩に登った。周りの人間がぎょっとして彼女を見上げる。肩車されている子どもはいくらもいるが、彼女はタウの肩に立っているのだ。とっさにタウが彼女の足首を支えたとはいえ、ふらつきもせず、自分の背丈の倍の高さを怖がるふうもない。ただ踏み台に乗っただけ、という自然さで彼方に目をやっている。
「あ、出てきた出てきた。舞台に上がったよ!」
 タウはタウで、自分とさして変わらない体重のジルを上に乗せて、平気な顔で立っていた。ジルが「もうちょっと右!」と言えば右に動くし、よろめくことはおろか、まったくバランスを崩さない。
「へぇ、ドリールの市長って、ホントに子どもなんだ」
 顔はよく見えない。だがでっぷりと太ったフェルエンドの市長、顎髭をたくわえ、精悍な印象のラージバルの市長に比べるとずっと華奢で、若いと言うよりも幼く、いかにも頼りなく見える。
「十五だったっけ? 俺たちと変わらないって言ってたよな」
「すごいね。あたしたちと変わらないのに、市長だなんて。それもドリールの」
 七つの都市と、五十もの町村を抱える風同盟。ドリールはその盟主だ。
 少年市長が何事か喋り始めた。だがその声はか細く、ジルやタウの耳にはほとんど届かない。
「いつまで乗ってるんだ、ジル? もういいだろ」
「いいじゃない、もう少し――あ!」
「どうした?」
「すごい綺麗な人がいる」
 タウは思わずジルを放り投げたくなった。人を踏み台にして何見てんだ、このじゃじゃ馬は。
「男の人だよ、たぶん。男なのに……」
 なんて綺麗な、金色の髪。
 舞台の脇、式典の関係者や警備兵らしき一団が陣取っている場所に、その男はいた。陽の光を反す見事な金の髪。その髪に、ジルはまず目を惹かれたのだ。全身が見えているわけでもないし、顔だって市長たちと同じくはっきりとはわからない。
 でも違う。あの人、他の人と全然違う。
 もっとよく見よう、とジルが目を凝らした瞬間。
 え?
 俯き加減だった男の顔がつと上を向き、ジルを見た。
 まるで、ジルが見ていることを知っているかのようにはっきりと。
 その視線に気圧されて、ジルはバランスを崩した。足が滑る。気づいたタウがさっと体をひねりながら彼女を抱え降ろした。
「何やってんだよ、ジル」
「ごめん。だってあの人、睨むんだもん」
「は?」
 そうだ、あれはただこっちを見たんじゃない。明らかにあたしを睨んでた。なんだかいっぺんに、距離が縮まったみたいだった。見えるわけないのに、あの人の顔が、あの人の眼が――。あれ?
「なんか、変わってた、あの人の眼」
「ああそうですか。そりゃ良かったね」
「何よ、その返事」
 付き合ってられない、というふうにタウは今日何度目かのため息を漏らす。
「帰ろう、そろそろ時間だろ」
 さっさと歩いていくタウを、今度はジルが追いかける。
「もう、あたしの言うこと信じないの?」
「しょうがないだろ、俺には何も見えなかったんだから。なんせおまえにずっと踏みつけられてたんだからな」
「それは、悪かったと思うけど」
 タウはずんずん前を歩いていく。ジルは小走りになっていた。
 もう、タウってばなんであんなに歩くの速いわけ? 足の長さはあたしと変わんないはずなのに。こら、待て、タウ!
 ぴたっ。
 ジルの心の声が届いたのか、タウがふいに立ち止まった。慌てて足を止めたジルの目の前に、くるりと振り向いたタウの顔が突き出される。鼻と鼻がぶつかりそうなほどの距離。ジルの耳がかっと熱くなった。
「おまえ、太ったんじゃない?」
「へ?」
「重かったぞ」
 それだけ言うと、タウはまたくるっと向きを変えて歩きだしてしまった。
 な、なんなのよっ、その逆襲は!
 ジルが立ちすくんでいる間に、タウの背中はあっという間に人波に紛れていく。
「ちょっとタウ! あたし太ってなんかないわよっ! ぜーったい、太ってない!!」
 叫びながら走っていくジルの姿もまた、すぐに群衆の中に吸いこまれ、見えなくなった。


第2話『水の精霊』の冒頭部はこちら
第3話『風のしるべ』の冒頭部はこちら

 
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