タイトル未定新作長編
第3話『風のしるべ』 冒頭部嬉しがり公開
 byひゅうが霄


光の塔の光の爆発の際、王女セリュータとともに
そのきっかけを作ったとされる人物について、
ラムール=リィは詳しく書き残してはいない。
他の部分の明瞭さに比べて、
その個所だけが曖昧にぼかされているのは、
その人物が他ならぬ彼の妻カストだったからであろうと、
現在では考えられている。

戦役当時、ラムール=リィは十七歳。
カストは彼より一つ年上だったとされる。
彼女が戦役に参加していたことは、
二人の養女であったフィリスの書簡からも明らかであり、
また、フィリスは彼女を「不思議な力を持った人」と
形容している。

フィリスによれば、ラムールとカストは……。

『ドリール全史』所収
 カルヴァンによる「ラムール・リィ回想録」注記より

【Act1:ドリール〜それぞれの道〜】

 ジルは馬を走らせていた。
 ジルの前には、アルティウスの馬がある。規則正しく揺れるアルティウスの背。その背の陰には、アイルの小さな体が隠れている。
 後ろをぴたりとついてくる、ジャッカの馬。監視するような彼の視線を感じる。ジャッカは――アルティウスの従者であるジャッカは、ジルを連れて行くことに否定的だった。旅をともにしてやっと四日、まだまだジルがいることに慣れていないようだ。
 そりゃそうよね。あたしだって慣れてない。あたし自身、信じられない時がある。自分がこうして、この貴族と一緒に旅をしていることが。
 ほんの十日前には、あたしはドリールの闘技場のことで頭がいっぱいだった。同盟記念祭最大の呼び物、闘技試合の前座として初めてあの由緒ある闘技場の舞台を踏む。その緊張と興奮で夜もゆっくり眠れないくらいだった。
 そう、あの同盟記念日。
 あの日、すべてが変わってしまった。



 西部海岸最大の都市、ドリール。古来より大陸の外との貿易で栄え、しばしば中央に反旗を翻した歴史を持つ港町。かつて一帯が独立国家として立っていた時には首都として機能し、また、現在は皇帝の支配に抗して結ばれた風同盟の盟主としてその名を馳せている。
 そのドリールで、同盟記念日を祝う祭典が盛大に開かれていた。まだ十四歳という若さながら、軽業一座の花形の一人として、ジルはタウとともに闘技試合の前座を務めた。ドリールの若き市長エルナン=ドリィが是非にと彼らを招聘したからだが、ジルもタウも市長の期待に応え、集まった観衆を大いに湧かせたのである。
 しかしその夜、運命は思いがけない方向へ舵を切った。
 市長の副官が何者かに殺され、エルナン自身は行方不明。前夜の晩餐会で副官と問題を起こしていたジルの母親が疑われ、ジルとタウも囚われの身となる。
 エルナンは、“光の魂”、“魔法の石”などと呼ばれるティラオルの持ち主だった。そのティラオルを狙う謎の女にエルナンはさらわれていたのだ。しかもエルナンの持つティラオルは、ただのティラオルではなかった。預言に示された“鍵”、大いなる光を復活させる代物だと思われていたのである。
 事の真偽は、ジルにはわからない。
 ただ、エルナンの屋敷で謎の女に襲われた時、驚くほどの光がほとばしった。エルナンの体内にあったティラオルがまばゆい光で女を圧倒し、そしてなぜか、エルナンの体には戻らず、タウの中に吸い込まれた。
 “光の鍵”を宿す者となったタウは、姿を消した。
 ジルを一人残して。
「本気で言ってるのか? タウを捜すことに異論はないが、しかし何も無関係な都の貴族などと一緒に……」
 ジルの父、グエンは娘の決心を聞いて顔色を変えた。
 父と母がエルナンの屋敷に到着した時、娘は心ここにあらずといった風情だった。無理もない。幼い頃から兄弟同然に過ごしてきたタウが、彼女に何も告げずに行方をくらましてしまったのだ。衝撃を受けたのはグエンも同じこと。ジルがまだ赤ん坊だったタウを見つけてからこれまで、実の息子とも思って育ててきたのだ。
「無関係なわけではないのでしょ? その、なんとかいう男爵も、タウを捜す気でいらっしゃる。しかも、男爵のお連れになっている占者(せんじゃ)は、エルナン様の居場所を見事突き止めた方だというし。私達が闇雲に捜すより、早くタウのことを見つけられるのじゃないかしら」
 ジルの母親、レナーテは娘を弁護するように言った。
「しかし……。そもそもおかしいじゃないか。なぜ貴族がタウのことを捜そうとするんだ? 一体タウはどんな厄介事に巻き込まれてしまったんだ? それもわからないのに、この上ジルを一人で行かせるなんて」
 タウが巻き込まれた厄介事。それを、ジルは両親に話せなかった。ただ、エルナンの誘拐事件と関係のある事。エルナンが抱えていた問題が、タウにも降りかかってしまったのだとしか。
 少なくとも、あの黒い、謎の女がタウの持つティラオルを狙っている。あれが本当に預言に示された“光の鍵”なら、皇帝自らが求めてもおかしくはない。そう、きっとそれだから、あの男爵もタウを――鍵を追っているのだ。
 知ることは、関わること。
 タウが一座のみんなに迷惑をかけることを怖れて出ていったのなら、自分もそれは尊重しなければならないと思う。父や母までも危険にさらすようなことは、あってはならないのだ。
「父さん、お願い。あたしを信じて。あたしはタウを捜したい。タウのそばにいたいの。男爵が味方かどうかはよくわからないけど、でもあの占者の女の子は、絶対に敵じゃない。あの子は、あの子はタウの跡をたどって、あたしを見つけたのよ。目が見えないのに、あたし達のこと全然知らないのに、あたしを見つけた。あの子がいれば、きっとすぐにタウに会えると思う。あの子も言ってくれた。あたしがいれば、タウを追いかけやすくなるって。あたしとタウは繋がってるからって!」
 あたしとタウは繋がっている。
 その言葉が、どれほど心強く、嬉しかったことか。
 さっき、窓からあの子の姿を見つけた。あの子もあたしのことを見つけていた。すぐに男爵の姿が見えて、あたしは何か、いてもたってもいられないような気持ちになって、下に降りていったんだ。
 あの子が助けてくれる。なぜか、そんな気がした。
 ジルが降りてくるのを、アイルとアルティウスは待っていた。
「君は、軽業一座の者だな。あの小僧とは双子か?」
 アルティウスが訊く。ジルとタウは、よく似ていた。髪の色も背格好も、面差しまで。ともに育ち、喜びも悲しみも分け合って生きてくれば、血の繋がりなどなくても似てくるものなのだろうか。
 ジルは首を横に振った。
「いいえ、あたしとタウは兄弟じゃないわ。ずっと一緒に育ってはきたけど」
「この人は、繋がってる」
 アイルが言った。
「この人は、あの“光”と繋がってる。この人といれば、きっと“光”にたどり着く」
「“光”?」
 それはあの、“鍵”のこと? “鍵”を持った、タウのこと?
 戸惑うジルに、アルティウスが説明した。
「アイルは優れた占者だ。“光”の痕跡をたどって、君のことを見つけた。君の相棒は」
 アルティウスは振り返って数歩進み、塀の上を指差した。
「あそこから出て行った。そうだろう?」
「あそこから――?」
 もちろんジルは知らなかった。タウがどこから出て行ったかなんて。
 だが窓から出て行ったとすれば、ちょうどその塀のあたりになることは確かだろう。そばに手頃な高さの木もあるし、タウなら跳びこえるのはわけもない。たぶん、キャラもそれほど苦労はしなかったろう。
「知らないわ。あたしが眠っている間に、タウはいなくなってたから」
 グエンとレナーテの二人が娘の後を追ってやって来た。
 ジルが二人に困惑した顔を向けるのを見て、アルティウスは機先を制した。
「このお嬢さんと少し話したいのですが、お借りしてよろしいですか? 私はラムゼイ=アルティウス男爵。記念祭のために都から派遣されてきた貴族です。たいした時間は取らせません、是非ともお嬢さんだけとお話がしたいのですよ」
 そう言われては、引き下がるしかない。いくら風同盟が何かと皇帝にたてついていると言っても、未だ帝国の領土であることには違いがない。同盟諸都市の市長や裕福な商人達ならともかく、一般庶民にとって“都の貴族”というのは十分に権威ある存在だった。
 男爵――やっぱりこの人が、夕べエルナンのところに来た人なんだ。あんな夜中に、わざわざ“光”について尋ねに来た人。
 ジルは昨夜、エルナンが語ったことを思いだそうとした。エルナンは男爵についてなんと言っていただろう? エルナンの先祖の霊、ラムールは?
 “魔”ではない。でも、あの謎の女と接触がある、と言っていたのではなかったか?
 アルティウスはジルを連れて部屋へ戻った。エルナンはまだドリールの参議の一人、マサダの相手をしているのだろう。アルティウスにあてがわれた部屋は夕べの応接室ではなく、趣味はいいが広くはない「控えの間」といった感じの部屋だった。



第1話『光の鍵』の冒頭部はこちら
第2話『水の精霊』の冒頭部はこちら

 
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