102.「顧客中心主義」理論が育ってこなかった3つの理由(3)
●「意識の壁」
第3の壁は社員の「意識・行動の壁」である。
これは第2の「組織の壁」と連動している。小売業に特に強い「軍隊的組織」は社員の意識に強い影響をもたらしている。
●本社と店舗の力関係
量販店の多くは、圧倒的に多くの権限、人材、情報が本社に集積し、本社側は全体の最適化を目指していろいろの仕組み、ルールなどを決めていく。店舗側は、顧客との最前線でありながら、少ない情報、権限の中で本社との交渉の葛藤にもおおきなエネルギーを費やす。いつしか、本社と店舗の力関係が本社優位の上に、ややもすると店舗側の意識や行動力が削がれかねない状況が生まれる。
本社の中核を担う、役員や部長クラスの人間は企業の成長盛りを体験してきている人が圧倒的に多い。こういう人たちから見れば、「なぜこれが出来ないのだ。もっと本気でやれ」とか、「能力が低いのだろう、人を変えよう」という発想にすぐ結び付けてしまい勝ちである。
店舗側からすると、「本社は現場で起きている本当の実情を理解していない」と思う不満が常に残っている。
こういう問題があることはどこのトップも理解しているが、組織論的に有効な手立てを立てている企業と、そうでない企業があることも事実だ。
●本社組織、縄張りと排除の論理
本社組織の中でも、伝統的な商品部門、店舗部門、管理サービス部門といったスタイルで運営されている企業ではそれぞれの組織間で縄張りと排除の論理が働くことも多い。これはある程度どこの企業でもあることであり、このような組織が必ずしも悪いわけではない。しかし問題はその時々の問題や課題に向け、組織が柔軟に対応できるだけの順応性を持っているか、つまり、最初に組織ありきではなく、問題解決ありきという意識を組織構成員がどれだけ保持しているかである。
例えば「顧客」問題を体系的に対象とする部門を持ち合わせている企業はそう多くはない。「顧客相談室」などといった顧客の意見や苦情を承る組織はどこでもあるが、それは意見・苦情という極めて限定的で受動的対応組織でしかない。こうした問題に対して流通業本社組織では、それぞれの部署が限定的に顧客問題を取り扱うことはあっても、最終的に自部署の問題ではないと排除しにかかることが多い。
なぜこうなるのだろうか?
●「聞く」文化と「反骨」エートスの醸成を!
- 積極的な失敗を、口ではともかく、結果的に許さない雰囲気があること。
- 「改革」とは名ばかりで、実態はせいぜい「改善」でしかないことばかりをスタッフに求めていること。
- 短期的に効果の出ることを優先し、いびつな「成果主義」が根付いてしまっていること。
- 組織をまたがる問題について、問題解決のイニシアテイブを管理職が取らなかったり、あるいは組織的サポートをトップが十分しなかったりであったこと。
総じて日本の企業には言えることかもしれないが、特に流通業では下位職位の人に「聞く」、「話させる」という文化土壌は極めて希薄であることが背景にある。
近年、モチベーション管理とかコーチングとかいった言葉をよく耳にする。社員が高いモチベーションを持つことが業績向上に欠かせないという前提で、その考え方や手法を論じたものだ。しかしこれらを単なる手法と理解してはならない。これらは軍隊的組織観とは相容れないものだ。過激なノルマと歪んだ成果主義、慢性的サービス残業など、こうした実態にメスを入れないでモチベーション管理はありえない。
しかし、これらはいずれもマネジメントする側へのコンサルテイング指導である。
やはり働く側にも何がしかのアクテイブなマインドがなければ会社は変わらない。それはつまるところよい意味での社員の「反骨」精神ではないかと思う。柴田昌治氏の「何とか会社を変えてやろう」という本はその一例であろう。
経営者はその場合、社員の反骨精神を会社の前向きエネルギーに変える寛容さと指導力を持っていなければならない。それだけでなく、こういうものをエートスにまで高めるだけの度量がほしい。それが良き企業風土になって、やがてその企業の「資産」になる。
おりしも日経新聞では、いま「会社とは何か」というシリーズが連載され、2006年2月16日には「社風は見えざる資産」というタイトルで書かれていた。問題式は共通している。変わらなければならないのは社員も同じだが、特に経営者や上級管理職である。
ポイント: 経営者には「聞く」文化を、社員には「反骨」精神を! 両方があいまって新しい企業風土という「資産」を作る。