88.掟破りのマネジメント
●他社の社員不正相談から
昔、同業他社の方から会合の後の飲み会でこんな相談を受けた。
自分の部下が帳簿操作で金銭的な不正をした。その部下の方は仕事の能力も高いし、結果も出してきたし、人間も円満でその人間をもっとも信頼してきたという。当然次の昇進も早いと誰もが思って見てきた。そんな部下が家族にお金が必要なことがあったようで、数ヶ月にわたって帳簿操作を行い、何十万円かの詐取があり、それを見つけてしまったというのであった。
その方が本人を追及すると本人は事実を認め、数日後その社員と奥さんがそのお金を持って自宅を訪れ、涙ながらに改めて詳しい事情説明とお詫びとともに退職届を持ってきたというのである。
その翌日の会合時に私がたまたま相談を受けたというのがそのときの状況であった。私の述べた意見は次のようなものであった。
後日この方から電話があり、「ほぼ前川さんのいうとおりにした」との報告があった。さらに2年後ぐらいだったか、この方のお話では「当人はさるところに再就職し、まじめにやっているようだ。年2回くらいは近況報告に来てくれている。非常に信頼していた人間だったのでショックであったが、今のところこれでよかったのではないかと思う」ということを聞いた。きわどい相談で、掟破りを薦めただけにほっとしたものだ。
- ことを社内で公にし、社内規則に乗っ取って社内処分するというのが“普通の”やり方だ。これは100%正しい。
- しかしあなたがその方のこれまでの仕事の結果や能力が出色で、極めて惜しい人間であり、その方は今後二度とこういうことをしないであろうと信ずるに足るものがあるのなら、別の道がある。
- まずその人が救うに足る人物で、その気持ちが相手に通ずるかどうか、しっかり判断すること。そのうえで、
- 今回の不正にそれ以上のものがなかったかどうか、十分精査する。
- また、退職後どこへ行っても二度とこのようなことをしないという誓約書のようなものをあなた個人に書かせて依願退職を認める。
- これは極めて大きな賭けであり、あなたはそれが発覚して会社から処分の憂き目に会うかもしれないし、また当の本人がまたどこかで同じようなことをして裏切るかもしれない。
- あなたの「人を見る眼」と、いざというときもその人のために会社に対して自分も責任を取る覚悟があるかどうかということだ。
●掟破りのマネジメント原則
少し例は異なるが、私も何か決断を迫られることで社内調整に大きく手間取ると判断された場合、何度か独断でことを進めたことがある。そしてその結果はすべて会社にとってよい方向での結果を出してきた。普通なら根回し、稟議などの手続きが必要、または望ましいと思えるケースばかりであった。確かに後で多少の批判は受けた。
こういった「掟破り」のマネジメントはあくまでも「例外」である。そうそうしょっちゅうあってはならないことだ。しかし掟破りにも原則がある。
ルール、上司や関係部署との連携は大事であり、掟破りを奨励するつもりはない。しかし、大きな組織では思うようにことが進まないことも多い。こういうときにルール大事とばかり考えているような人は、いつも上司の指示待ちで、リスクを犯してでも目的を達成しようという意欲がいつの間にか削がれ、ただのサラリーマンというタイプの人が多い。こういう人には本当の顧客中心主義の行動が出来るとは思えない。
- 掟破りの最悪の結果が、会社に大きな損害をもたらすようなものではないこと(自分で責任が取れる範囲であること)。
- 掟破りの予想結果が会社にとってプラスになるという確信があること。
- 掟破りをせざるを得ないことが後で説明がつくこと(例えば時間がない、間違いなく反対するに人がいるなど)。
- 最悪、自分が責任を取る腹が出来ており、それが最悪結果と十分見合うものであること(最悪結果が会社に極めて大きな損害を与えるようなことであれば自分の首ぐらいではバランスが合わない)。
ポイント: 企業人としてルールは大事だが、それでもここ一番、自分の立場をかけて「掟破り」してでも動くべきことがある。それをしない人はただのサラリーマンだ。