82.会社と株主の関係
●会社は誰のもの?
今年は「ホリエモン騒動」のせいもあって「会社は誰のもの?」という議論が一時盛んであった。私にはこの点につきまだ確たる持論はないが、金さへあれば会社は買えるという発想は貧しき時代の遺物という感じがする。つまり私はこう理解している。
こうした考えからすれば、会社は誰のものか?。「株主のもの」という答えにはにわかには賛成しがたい。
- 昔の貧しい時代は、会社で働いている人たちは自分の仕事をこなすことに一生懸命で、会社のあり方や経営方針というものに関心は総じて薄かった。経営は経営者の領域・責任という見方が強かった。購入顧客も選択の余地が少なく、余程のことがない限りその企業を否定することはできなかった。
- しかし今の時代は、従業員のモチベーションやスキルが企業にとって相対的に大きな地位を占めるようになり、企業にとっての「資産」的側面が高まってきた。従業員も会社の経営に大きな関心を寄せ、発言もするようになった。
- 加えて企業の顧客(個人、企業顧客を問わず)がその会社の製品やサービス購入に際して企業姿勢や経営方針を参考にする度合いも高まってきた。顧客も資産的価値が認められるようになってきた。
- 「企業価値」といわれるものの要素に従業員資産や顧客資産が含まれて理解されるようになったが、この資産は不動産と違い人的資産である。企業買収や提携などは、従業員や顧客を納得させるだけの説得力が必要な時代になってきた。そうしなければ企業価値が下がるからである。
- したがって金さへ積めば会社が買えるという時代ではなくなりつつある。
●株主に期待する役割
私はこれまで「広義の「顧客」概念に購入客、従業員、取引先を含めて理解し、またこういう考え方は広く支持を得つつある。しかし株主はステークホルダー(利害関係者)であっても広義の「顧客」にも当たらないと考えている。
株主は企業に対する出資者であり、経営者に会社経営をうまくやってもって利益配当を受けるという以外に、最近は「良き企業市民となるべき監視役兼サポーター」という役割を求められていると思う。
マスコミ報道によれば、今年の株主総会では多くの企業で株主が会社の経営姿勢を批判したり、事故責任を追及したり、しいては議案を否決したりした事例が多く、「もの言う株主総会」が目立ったそうだ。流れはいい傾向だと思う。それだけ今まで情報公開度が低く、甘かったということでもある。
- いまや企業は社会の一員として良き「企業市民」たることを求められている。
- 良き企業市民たるためには、社員や顧客による健全な批判も必要だが、当該企業の株主によるチェックや叱咤激励、サポートも必要だ。
- 株主による最大の権限行使の場は株主総会だ。ここで株主は企業価値増加につながらない経営政策や企業姿勢をチェックするべき立場にある(もちろん株主総会がすべてではないが)。
●量販店業界はどうか?
私は今年久しぶりに社員株主としてではなく、一般株主としてはじめて元いた会社の株主総会に出席した。印象はよくなかった。
会社は何がしかの努力はしているが、それでも情報公開度は低いし、株主も責任を果たしてはいない。もっと議論が起きなくてはいけない。
- 相変わらず社員株主が動員?され、拍手、拍手である。まるで総会屋対策時代の株主総会だ(総会屋は株主もこぞって締め出さなくてはならないが)。他社も似たようなものと聞く。
- 役員退職金など会社「一任」案件がある。会社の情報公開度は高くはない。一任とはとんでもない。役員報酬も役員の仕事評価も公開しろといいたい。
- 質問者はたった2名。早く終わって安堵の空気が流れる。
- 唯一変わった動きとして株主配当金に反対意見が出たことくらいだ。但しこれも議長(社長)の説明に多くの人の拍手だけで否決。
量販店企業の多くはいまだ資本と経営の分離が進んでいない。オーナー一族が多くの株を支配しており、牽制機能が働きにくい。企業トップのよほどの開明的精神と使命感が必要な業界だ。
ポイント: 株主は企業の監視役兼サポーターだ。流通業界は資本と経営の分離が進んでおらず、トップの自覚と使命感が必要。「後輩諸君、株主総会用の動員要員にはなるな」、と言いたい。