65.鈴木敏文氏の「NET&COM2005」講演内容について

講演内容
2005年2月2日にイトーヨーカドーグループの鈴木敏文代表兼CEOは、日経BPが開催したITソリューション展「NET&COM 2005」の基調講演を行った。これを聴いていたある方がその要旨をネット上のあるフォーラムにに公開されていた。ご本人の了解を得てここに引用させていただいた。鈴木CEOの比較的新しい講演内容として少し関心があった。

---------(公開されていた内容)----------------------------
 NET&COM 2005の、IY・鈴木CEOのお話を聴いてきました。
 心理学を学ばれたことはご存じの通りで、以前も書きましたが、消費者(人
間)の心理の重みをますます強調された内容のお話でした。
 タイトルが“「消費の飽和」時代を勝ち抜くITに期待できること、できないこと”でしたが、「ITはいま使いづらい時代になってきている」との出だしで始まりました。
 以下は私見が混じっているかも知れませんが、メモ書きを転載します。

消費の飽和によるお金の価値観の変化と消費の変化
  • デパート、スーパー、コンビニの中で、今一番苦しいのはスーパー。10年前の坪当たり売り上げを100とすると、今は50〜60に減っていてこれは(地盤沈下が唱えられる)デパートよりも悪いのだそうです。消費飽和の時代になり、客が欲しいものが並んでいないのが原因。
  • 1970年代で、安くすれば売れる時代は終わり、'80年代から物余りが始まった。
    バブル崩壊では、収入が減ったから売れなくなったのではなく、ものを大切にしようと言う人の意識が変わったのが原因。
  • '97年が可処分所得が最高となった年だが、価値観が変わり消費先が変わった。
データの使い方(読み方)の変化の必要性
  • 過去の実績で売れる物を揃えれば良かった時代は終わった。
    500円弁当がコンビニで売れる主流というが、高い弁当はおいていないのでPOS実績値が無い。これをもって売れないというのはおかしい。
  • Yes,Noのアンケート調査結果は実態を現せない。(お仕着せの質問で)消費者の心理を反映していない。
  • まず仮説をたてる。仮説の正誤の検証にはPOSデータを使える。過去の統計では人の心理(を予測すること)には役立てられない。
  • 日米の比較でも日本は特異
    所得が200万円以下の層が、米国では20%だが、日本では2%未満(この為)米国の消費者はわがままが少なく、商品ライフサイクルが長く、品揃えも少なくて良い(米国=6千以下、日本=1万以上)。
    同じ人が同じものを買うのでPOSデータが使いやすいし、2世代前のシステムで事が足りている。
    日本の現行システムを導入すればもっと売り上げが上がると言われるが、レベルの低い物しか使いこなせないし、必要もない。
  • システム担当者は高度なものを造りたがるが、使う人が使いこなせなければ意味がない。日本のセブンイレブンは今6次システムだが、7次システムを入れる勢い。実態は日本でも未だ4次システムも十分に使いこなしていない。
  • 環境が変わるから人が変わるのか、人が変わるから環境が変わるのかは 卵と鶏の関係だが、人の欲望が世の中を変えることはまちがいない。
  • ナショナルブランドでは質が同じなので価格勝負となる為大規模な設備が必要となる。
    特徴ある品質の良いPBは、小さな店でも利益が出る。
    成長期は東京志向で東京のものが売れたが、今はローカル性が求められている。
  • 日本の消費が世界に類を見ないほどに成熟してきており、他に見本が無い状況で商売がし辛くなってきている。
    顧客の立場で何が望まれているか考え、仮説を立てることが大事。
    データは検証に使う。調査が先行しては駄目。
  • セブンイレブンの商品をIYで売る提案をしたら社内外全員に反対されたが強引に実行したら売れた。
    スーパーは安売りとの古い固定概念を自らが捨てなければならない。
マーケティング
  • 店の周りの顧客に合わせた品揃え
  • 今後はシニア層に対応が必要
    ユニット単価ではなく割高でも少量の品揃え。小が大を兼ねる時代、常識が変わる時代になってきている。
    シニアはかねを持っているが将来への不安から消費しない。先の外税から内税への変更は消費減を招いた。消費者の心理が消費動向を決める。
    人の心理を考えた経済政策(金利アップ)が望まれる。
 以前の講演で聴いた話もありましたが、心理の重みが増したのが大きな違いで印象深かったです。
 新しいIT投資より現行システムの使いこなしが重要とか、スーパーの安売りへの力の入った(以前から唱えておられますが)反論は、海外大手進出企業との対峙(差別化)を深める印象をもち印象深い発言で、今後も注目してみたいことでした。

 なを、ネット上でも以下の頁に専門家(記者)のまとめが載っていましたのでご参照下さい。

 http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/WAT/NEWS/20050202/155627/

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講演報告された方への私のコメント
これに対し、このフォーラムでこの方に向けて私がつけたコメントは以下のとおりである。

-----------(前川の投稿文より)----------------------
鈴木CEOの講演を要領よくまとめていただいて大変参考になりました。○○さんが、
   彼の哲学に賛否両論はありますが、
   私は「賛」の派ですね。
とおっしゃっておられましたが、私はどちらでもありません。
ただ彼は商品の側から顧客をよく見て合わせていこうというスタンスで、伝統的考え方です。彼は顧客をいろんなセグメントで見て言って顧客のニーズや心理はどうかと嗅ぎ取るとしているようです。それはそれでさすがだと思うことがいくつもあります。
しかし、小売業は品揃え産業であり、最後には「売れない商品は商品でない、死に筋カット」ということになります。これはギリギリまだ商品中心主義、商業の工業化側の発想です。

これに対して顧客中心主義マーケット理論は、逆に自分の企業がターゲットとする顧客を明確化し、これらの顧客のニーズは何かをデータや顧客とのコミュニケーションその他で把握し、そのわがままをできるだけ実現しいてビジネスを成り立たせようという考え方です。顧客のニーズは商品だけでなく、提供方法(たとえば宅配など)、ソフト商品(金融、スポーツなどといった)も含まれてきます。この考え方では、顧客が自分の消費支出の一定割合以上を割いてくれる優良顧客がまずその対象になるでしょう。
そしてこれらの顧客のわがままはできるだけ聞くことになる。

この考え方は商業のサービス産業化、ソリューションビジネス化、ソフトビジネス化であり、1990年ごろからアメリカで生まれ育った考え方です。(商業思想として)世界史的には新しい考え方ですのでまだ少数派です。しかしTESCOなどはこれを志向していると思います。
もちろんこの考え方の企業も品揃えという考え方を否定しているわけではありませんし、優良顧客だけで商売するというわけではありません。ただし軸足はしっかりさせようとしています。

この二つはどちらかが勝つということはないと思います。戦略の違いです。どちらも進化しており並存するでしょう。ちなみにWALMARTは前者の代表だと思います。後者の問題は、
  1. 日本の小売業では後者のことをまだあまりよく理解している人が少ないこと。
  2. 後者の戦略企業が今後は増えていくであろうが、後者への転換はパラダイムの転換を求められるため容易ではないこと。
最後に私が言いたかったのは、日本の量販店がIYを目標にしている企業が多く、鈴木CEOの言動が教祖みたいに扱われる風潮が情けなく思っていることです。
もちろん鈴木さんはすごい方です。尊敬もしています。しかし唯一の考え方ではありません。小売業の戦略も進化しているよということです。
私は地方量販店出身ですし、後者の考え方に賭けたいと思っている側です。
------------(以上ここまで)-----------------------------


ポイント: 成功者に学ぶのは良いが、それがすべてではない。小売業の戦略や思想にもいろいろあり、自分の(自社の)スタンスを固めるには幅広く考える必要がある。