53.円滑な事故報告体制作りに必要なもの

少なすぎる事故報告
かって子会社の監査時にこんなことがあった。
その会社は、トップの事業拡大意欲と共に成長し、従業員も数百人規模でかなり利益の出る体質になっていた。トップは努力家で、よく勉強もされており、管理面が追いついていないこともよく承知しておられた。

監査のときに、社内の事故報告とそのサポート体制を問う項目を用意していたので、それについても種々の質問と資料の提出をお願いした。そこで前年度の事故報告とその後処理をどうしたかの資料提出を求めたところ、確かたった8件しか報告がなかったのである。
そこで私は、「このような事業をやっていて1年間で事故がたった8件しかないとは考えられないですよね」といったところ、担当責任者は「その通りです」といって頭をかいておられた。そしてこの制度を発足させて年数も経過しておらず、まだ現場に趣旨が徹底していないようなことを言っておられたように思う。私は少し違う意見であった

本気で事故報告を求めるには?
私は監査のまとめ時に、子会社トップと面談しながら、次のようにお話させていただいた。
  • 自分、自部署の事故報告は汚点になり、自分の評価にマイナスになると考え、報告を渋りがちなもの。
  • 例え事故を起こした本人が報告しても、直属上司が本人を咎めたりするとその職場からは事故報告はあがっては来ない。
  • 事故報告体制は、仕事の質を上げるために、その事故から何が原因でどうすれば再発を防げるかを会社全体の共有知識にしようと言うもの。
  • したがって、事故を起こした本人を攻めてしまったのではレベルアップの機会を失うことになる。
  • 中間管理職も事故を自分の責任追及や評価につながると恐れている人が多く、トップの本心を計りかねている面がある。
  • 会社が本気で事故報告体制を正常に運用したいと考えているのであれば、事故報告の多かった職場を表彰するくらいでないと誰も報告してくれない。
  • 逆に事故報告しなかった職場には厳しい処分を行うぐらいがいい。
  • このあたりの制度の意図を特に中間管理職に徹底しないとこの制度は機能しなくなるし、事故から学ぶ向上機会を失うことになる。
トップの“本気”が必要
この話を子会社には納得していただいたが、この問題の背後には企業の「軍隊的組織観」がある。
失敗を大きな減点対象とする「減点主義」、下位職位は上位組織の手足という考え方が強すぎる組織のなかでは上記の私の進言内容は実現しにくいもの。こちらの改革にはまずトップの意識改革から始めなくてはならない。そして特にこの会社のようにトップの能力の高い企業ではそれが末端にまで徹底するのに時間がかかる。
トップの“本気”を社内にしっかり伝えてこそ事故報告制度が正常に機能する。


ポイント: 失敗に平気であっても困るが、失敗に学ぶ組織風土は軍隊的組織では育ちにくい。これも意識改革が課題だ。事故報告制度もこれが伴っていないと実を結びにくい。