7.リッツカールトンホテルの美談 追記あり
●逸話
リッツカールトンホテルの「CS(顧客満足)経営」は有名である。そして、次の逸話は比較的知られているところである。
●美談か、暴走か?
- あるお客様が、大阪のリッツカールトンホテルに宿泊し、翌日東京に帰っていった。
- ところがメガネをホテルに忘れたことに気づき、仕事で極めて不自由になったのであわててホテルに電話をした。 そして
「メガネがないので極めて不自由している。早く届けて欲しい」旨の申し入れをした。- 電話を聞いたホテルのスタッフは、お客様がかなり難儀をしている様子を察知したので、なんとすぐに新幹線で大阪から東京まで届けに行ったというのである。 お客様がもちろん喜んだのは言うまでもない。
- そしてこのスタッフが東京から帰社後、直ちに上司に報告したところ、上司は「それはよいことをしたね」とねぎらったというのである。
さてこの話、皆さんはどう受け止めるであろうか?
まず第1に、この会社は「お客様にとって気持ちのいいことは社員も含めて皆が気持ちいい」という思想に満ちていることである。
- 「このホテルはお客様第1がここまで徹底している。 すごい美談だ」
- 「それはわかるが、往復25000円、それにその間の人件費を考えれば、過剰サービスではないか?」
- 「届けたスタッフは、自分だけの判断で東京へ行ったのだろうか? 費用対効果も考えずに?」
- 「このスタッフを誉めた上司はどういう価値判断でその行為を誉めたのだろう?」
- 「この会社のマネジメントはこれでいいのだろうか?」
これは人間の自然な本性に極めてかなっている。 それは従業員にとってもうれしいことでもあり、それがまた従業員が生き生きと働くエネルギー源になるという企業信念が読み取れる。
しかしそれだけではみんなの行動にバラツキが出て収拾がつかなくなる恐れもある。
●マネジメント観の相違
ここのホテルはそこでこのようなルールを作っている。
つまり、「3万円以下の出費で、自分がお客様のためになると判断できることは上司の事前承認を得ることなく実行してもよい」というルールだそうだ。
この範囲内であれば、会社は従業員(掃除のスタッフまで含めて)の自主判断を尊重しようという。 普通の企業であれば、お金の出費は上司の事前許可を得てなされる。 そして今回のような事例は費用対効果を考え、せいぜい宅急便でメガネを出来るだけ早くお届けするくらいで済まされるであろう。
だがこのホテルは、社員の自主判断と行動を重んじ、マニュアルやルールに縛り付けずにそれぞれが「お客様第1はどういう行動をすることなのかの学習、実践経験を積ませる」ことに大きな価値を見出そう」というのである。 これには失敗する自由、失敗から何かを学ばせようという考え方も含まれる。 これはマネジメント観の相違である。
●価値判断の優先順位の違い
またこのスタッフの上司が、「それはいい事をしたね」といって誉めたという判断は正しかったのか? 私は少なくとも「間違ってはいない」とだけはいえるのではないかと思う。 理由は、
顧客に販売して終わりでなく、同じ顧客を「維持」していくためのマネジメントを判断の優先順位においている。従来の小売業には顧客「維持」という時間軸概念があまりなかったといえる。
- スタッフの自主性とモチベーションを尊重したことによって職場の活力を維持できたであろうこと。
- メガネを届けてもらったお客様は、少なくともわざわざ大阪から新幹線で届けてくれるとは思わなかったであろうから、感動したことであろう。 そしてこの顧客を維持できるだけでなく、口コミなどで新たな顧客を顧客が作ってくれるかもしれないこと。
- 長い目で見れば、25000円もかけてメガネをお届けしたことは経済的に見てもけして費用過多ではなく、上司は十分回収可能なお金と見ている(と私は想像する)。
(追記)この逸話はCRM(Customer Relationship Management)の実践イメージに近い。権限委譲、モチベーション、このような組織マネジメントが背景にある。個々の顧客との良好な継続的関係維持という観点がある。
量販店のほとんどにはまだこのような時間軸マネジメント観はない。
(2004.11.3)
ポイント: このような美談を生むマネジメントが学ぶ点であること。