コラム

社員の化学日記 −第74話 「理想と現実」−

最近の我が家の話題といえば,中3の子供の高校受験の話。 最近は少子化,入試制度自体の目まぐるしい変化(大阪府はここ数年,学区撤廃などの制度改革が毎年のように行われている)等によって 受験する側は必死であるのはもちろんのこと,高校側も公立,私立を問わず生き残りをかけてあの手この手で生徒を集めようとする。

思い返せば30年ほど前。岡山県で自分が高校受験したときは,公立高校は総合選抜制で受験機会は1回限り。 私立高校は各校独自に試験日程を組んで,複数校受験することができた。

ところが,現在の大阪府の入試制度では公立高校の受験機会は前期,後期の2回あり,私立高校は同一日程に実施されるので1回限り。 しかも私立専願か,公立高校との併願かで合格基準となる偏差値も変わってくるらしい。 自分の時とは全く違う制度でなかなか理解できない。

でもそれが現状の制度なので,子供はそれに併せて進路を決めるしかない。

子供は数学は比較的得意らしいが,親に似ず理科,社会科は苦手らしい。 学校や学習塾の宿題でわからないところがあると聞いてくることが多くなった。

水の電気分解,電池の仕組み,力学的エネルギー,仕事,有性生殖と無性生殖等々。 ここぞとばかりに,父親の威厳を見せつけようと参考書など何も使わずに説明する。

「電池は,化学エネルギーを電気エネルギーに変換しているわけで,両極金属のイオン化傾向の差によって両極に電位差が発生するわけで・・・」

中学理科では電池の基本原理として,最も基本的なボルタ電池(この名称自身は教科書には出てこない),水の電気分解と燃料電池の概念だけを習うらしい。 通常ならば「酸化還元電位」まで引っ張り出して説明したいところだが,先述のような説明に抑えたつもりだったが,子供の反応は

「イオン化傾向?電位差?」

「イオン化傾向は,K>Ca>Na>Mg>Al>Zn>Fe>Ni>Sn>Pb>(H)>Cu>Hg>Ag>Pt>Au」

中学理科で習うことはまだまだ限られている。 大学で化学を専攻してきた自分にとっては常識であった内容も子供にとっては未知の世界。 よく考えれば,これらの言葉も高校の化学や物理で初めて出てきた用語であった。

慌てて別の言葉を使って説明し直そうとするが,「イオン化傾向」⇒「イオンになりやすさの順に並べたもの」と言い換えても 「イオンのなりやすさはなぜこの順番なのか?」という質問が飛んでくる。

金属のイオン化傾向を決めるのは,基本的には水溶液中の金属単体表面での金属イオンの電子の授受反応, さらに専門的な言い方をすれば金属単体表面と水和金属イオン間の標準酸化還元電位の大きさによって・・・。

これ以上説明しても泥沼状態で前に進まないので,教科書を読み直させ,「高校の化学ではもう少し詳しく勉強するが, 今は”電極金属のイオンのなりやすさの違いによって電流が流れる”とだけ覚えておきなさい。」と説明する。

ただし,標準酸化還元電位がイオン化傾向を決めるのはあくまでも他の要因が影響しない溶液(化学の世界では"理想溶液"という)の理論上の話であって, 現実のイオン化傾向は溶液("理想"に対して"実在溶液"という)の濃度や種々の要因によって微妙に入れ替わる場合が多い。 よって,最近の高校化学の教科書によっては

(Li, K, Ca, Na)>Mg>(Al, Zn, Fe)>(Ni, Sn, Pb)>(H2, Cu)>(Hg, Ag)>(Pt, Au)

などと細かな順序付けを避けるように記述しているものもあるとか。高校までの化学でそこまで厳密にする必要があるのか。 あくまでも理論上の基本原理として覚えておけばそれでいいのではないか。

イオン化傾向といえば「貸そうかな,まあ,あてにするな,ひどすぎる借金。」という定番語呂合わせがあるくらいに基本中の基本であったのに, 時代が変われば教え方も変わってくるようだ。

【道修町博士(ペンネーム)】

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