コラム

社員の化学日記 −第158話 「比較」−

前回【152話[2021.3.2]】では大学入試問題を題材にしましたが、同様に入試問題からの考察記事が8月19日付朝日新聞に掲載されていました。

これは中高生対象塾の講師が、東京大学の化学入試問題を取りあげて「比較の意義を考える」という題材で解説されていた記事で、試薬の名前に目を惹かれました。

試験問題は酸化剤の一種である過マンガン酸カリウムKMnO4の反応量から答えを出させるものですが、この化合物名称を見ただけで50年前化学を勉強していた学生時代のことを思い出しました。 授業で不均化反応の例として説明を受けましたがややこしくて理解するのに苦労したことを覚えています。

まず二酸化マンガンと炭酸カリウム、硝酸カリウムを加えて加熱すればマンガン酸カリウムが得られます。 概略を化学式で書くと ⇒ MnO2 + K2CO3 + O → K2MnO4 + CO2 これは緑色ですが多量の水を加える(又は酸性にする)と過マンガン酸カリウムKMnO4になります、 この反応が不均化反応(この場合、酸化されるマンガン酸カリウムK2MnO4と還元されるれるマンガン酸カリウムがあるということ)です。

3K2MnO4 + 2H2O → MnO2 + 2KMnO4 + 4KOH

アメリカの野球、大リーグで活躍されている大谷選手と同じで二刀流、大谷選手は投手と打者、マンガン酸カリウムは酸化と還元です。 大谷選手のプレーは大リーグのルールを変えさせるほどの信じがたい働きですが、マンガン酸カリウムの酸化と還元が一度に起こる反応は当時の僕には衝撃ものでした。

また生成された化合物、過マンガン酸カリウムは溶液の酸性度によって色が変わり酸化力も変化しますがこれも一度では理解できなかった。 過マンガン酸カリウム中のMn7+が、酸性の場合はMn2+(酸化力は5当量)、アルカリ性の場合はMnO42-(Mn6+)(同1当量)、 それ以外(pH=2-12程度)ではMnO2(Mn4+)(同3当量)になります。

(化学に馴染みのない方は分かりにくいと思いますが、要するに溶液のpHによって酸化力が変わるということです)

授業では化学式で説明を受けるので半分空想の世界、実際に過マンガン酸カリウムという物質を目にするときは実験の時です。

当時の大学の実験室にはたいてい大きな蒸留装置(水を蒸発させて回収するだけのもの、単にお湯を沸かしているだけのイメージ)があって蒸留水が常時使える状態にありました。 (現代、蒸留水はほとんど目にしなく一般には精製水、蒸留水そのものの存在を若い人は知りません。 蒸発した湯気からできた水が蒸留水だからそれを銭湯に買いに行っていた時代を知っている人は化石?)

蒸留水はきれいな水というイメージがあったのですが、専門の研究室に入った時に、普通の蒸留水はきれいではない、有機物がうじゃうじゃ混入しているので取り除く必要があるといわれたものです。 そこで蒸留水に過マンガン酸カリウムを加えて煮沸し有機物を取り除いたきれいな水を作って実験に使ったことを思い出しました。 研究室の最初の仕事(実験作業)が水づくりでした。

閑話休題

試験問題を要約しますと

『水質汚染の一つに有機化合物がある。この有機化合物量を求めるのに過マンガン酸カリウムで有機化合物を酸化させ、消費された過マンガン酸カリウム量から汚染度を求める。 実験操作として

操作1〜3省略

操作4:……池から採取した水を滴定したところ、過マンガン酸カリウム水溶液3.86mlを要した。

操作5: 純粋な水で同様の実験をしたところ過マンガン酸カリウム水溶液0.51mlを要した。

上記結果より採取した水の汚れ具合を求めよ。』

という感じです。

受験生は計算して数値を出せば目的達成ですが、今回言いたいことは操作5がどういう意味であるのか?ということです。

操作4で必要な過マンガン酸カリウムすべてが水質汚染の度合いではなく、汚染されていない普通の水でも過マンガン酸カリウム(操作5の0.51ml)は必要だということでこの量を考慮しないといけません。 (今回の題材:比較)言い換えればキレイと考えられている水でもごくわずかに汚染されているということ。

記事では比較について以下のように解説されています。

 『「この薬を使った患者さんの90%は症状が改善します。重大な副作用も確認されていません」といわれて多くの人は良い薬だと思うが、薬を使わなかった患者さんも同様に改善するのであれば薬の効果はなかったということになる。』

新型コロナウイルスに振り回されている昨今、ワクチン接種が取りざたされていますが有効性について考えるに、ワクチンを接種したときの結果だけでは効果はわかりません、摂取しないときの結果も比較して考えないといけない。

反対にワクチン接種した後に悪い反応が出た時、副反応云々についても必ずしもワクチンの影響だとはいえなく比較試験が必須です。

比較実験の大切さを周知してほしいものですが、人間には個人の意思や感情、想像力、期待感、など心身の影響から薬の効果とは違った結果が出る場合が多々あるということです、 プラセボ(偽薬)効果と呼ばれるものですが、他の影響も含めて、慎重な比較実験が必要なのは間違いありませんが人間実験となるので道徳的にとても難しい問題です。 報道をうのみにしないで、一つの情報だけで判断するのではなく本質をじっくり吟味して自分なりの答えを出すことが必要だと思っています。

令和3年8月

【今田 美貴男】

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