蹲(うずくま)る
「先生、うちの子が手を痛がってしょうがないんです」
見た目には怪我もしてなさそうなんですが、とお母さんは告げた。その横には、両手を何か包むような形に胸で揃えた男の子が、うつむきがちに立っている。九歳になるその少年を見た瞬間、私が痛々しい表情を浮かべたのをお母さんは見逃さなかったようだ。
「あの、どうかされましたか?」
何かあるなら早く教えてよ、と言わんばかりのきつい口調。男の子はその声を聞いて肩をすくめる。何かに怯えているような仕草。小さな掌に、ぎゅっと力が入る。
私は男の子の前でしゃがみ込み、両手の甲を優しくさすってやった。少しは痛みが治まったのか、わずかに顔を上げる。それでも、今にも泣き出しそうな表情は緩まない。
これを、と差し出した眼鏡型の特殊なレンズを、自分がかけている眼鏡と取り替える母親。途端に、小さな悲鳴が上がる。
「見えますか? お子さんの手に突き立っている、無数の棘が」
「は、はい……でもどうして……?」
男の子の頭をそっと撫でてやると、大粒の涙がぼろぼろと零れた。
「お母さん、この棘を取り除くことができるのは他でもない、お母さんだけなのです。
よく考えてあげてください。この子に対して、冷たい視線を投げかけませんでしたか? 厳しい言葉を連ねませんでしたか? 今回は手の甲で済んだようですが、時としてそれは心に突き刺さり、子どもをどうしようもない場所まで追い込んでしまうことがあるんですよ」
まずはお家へ帰って、子どもさんとよく話し合ってください、と諭して診察は終わった。当の母親はまったく心当たりがないらしく、首をかしげながら困った顔で帰っていった。
実は私の目には、男の子の掌で震える、雨に濡れ雑踏に汚れた小猫の姿も映っていたのだけれど、言わずにおいた。これはあの母親が自身で気づかなければいけない、そう自らに言い聞かせた。
それにしても最近、同じ症状を訴える子どものなんと多いことだろう。去り際に男の子が見せた寂しそうな瞳が、私の心を締め付ける。あの小さな手に抱かれた小さな命と同じように、行き場を無くし部屋の片隅で膝を抱える子ども達の姿が、脳裏に浮かんだ。辺りに漂う陰りを振り払うように、努めて明るい声で呼びかける。
「どうぞお大事に。――はい、次の方どうぞお入りください」
―了―
次の方
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