*このページは、ウィンドウを最大化すると読みやすくなります。



 この言葉を聞いたときの私の顔を写真に撮っておけば、《世界呆気にとられた顔大賞》でグランプリを受賞できたかも知れない。五秒ぐらいその状態をキープした後、一気に私の中の笑い袋が爆発した。息ができなくなるほど笑い続けた。涙まで出てきた。酸欠になるかと思った。
「……し、し、繁クン、なんの冗談なの? あー、苦しい……」
『信じてないな? ま、これを聞いたらそんなことも言えなくなるぞ』
「何? なんなの?」
 熱にうなされてからかってるだけかと思ったら、彼の声は案外真剣だった。
『今日、あまりの高熱で動けなくなった俺は、すぐに彼に連絡を取った。方法は極秘だから教えられないけどな。多忙な仕事の合間を縫って、彼は俺の部屋まで来てくれた。用件はただ一つ、有希のところに、俺が今日渡すはずだったプレゼントを届けてもらうためだ。無償にも関わらず、彼は快く引き受けてくれたよ。持つべきものは友達だ』
 今度は別の意味で呆気にとられた。
「ね、ねえ、繁クン、ホントに熱、下がったの?」
『俺は正気だっつーの。……でだな、そのプレゼントの中に入ってたカードを書き換えて、有希のマンションに届けてもらったんだ。さっき彼から連絡があって、ちゃんと届けましたよ、って言ってたから……』
 そんな馬鹿な、と思いつつ、私は部屋中を見渡して、何か増えているものはないかと探してみた。
『言っとくけど、部屋の中にはないよ』
 まるで見えてるみたいだ。
『彼にそこまで手間をかけさせるわけにはいかなかったから、外に置いてもらったんだよ。窓の外に出てみな』
 半信半疑のまま、コードレスの受話器を片手に露で一杯の窓を開けた。嵐のような北風はなりを潜め、辺りにはただ静寂と夜の闇が広がるばかりである。深々と張り詰めたような冷たさが支配する空間に、私は足を踏み入れた。幅五十センチの、狭いベランダに。
『あったか?』
 それは、窓越しに部屋の照明を浴びて光り、まるで暗闇の中にぽうっと浮かび上がる白い炎のように見えた。
 ベランダの隅っこに、私に見つかるまでは誰の目にも触れないように、静かにちょこんと座っていた。純白の小さな箱に、十字に掛けられた淡いピンクのリボン。寒さに震えてる子猫のように、それがとても儚いものに思えた。
「……………う、嘘……」
 受話器を床に立てて、両手でそっと箱を持ち上げる。ちょっと力を込めたら壊れてしまいそうな錯覚に陥って、ふわりと包み込むように胸に抱き締めた。
 冷たさも、寒さも感じなかった。
 むしろ、暖かささえ伝わってくるようだった。

 部屋に戻った私は、震える指でリボンを解こうとしたけど、結び目が固くてほどけない。仕方なく鋏で二箇所ほど切って、包装紙をゆっくり丁寧に開けた。
「………?!」
 プラスティックのケースの中で、とびきり素敵なショーが開幕のベルを待っていた。
 大きな切り株の舞台上で、真っ赤な衣装のサンタクロースと真っ赤な鼻のトナカイが、手を取り合って楽しそうに飛び跳ねている。舞台の周りは雪原で、可愛らしい雪だるま達が切り株を取り囲むように輪になってダンスを踊る。そのどれもが心から楽しそうな笑顔で、今にも歓声や笑い声が聞こえてきそうだ。
 それは、片手に乗るほどの小さなオルゴールだった。
「……ちょっと、聞いてみてもいい?」
 返事はなかった。見えないけど、頷いてるんだろう。
 ケースからそっとオルゴールを取り出して、底に付いてる円盤状のねじを巻く。それを軽く押さえながら、ゆっくりと床に置いた。
 中央で、柔らかな微笑みを浮かべながらトナカイと踊るサンタクロース。
 彼らの周りを反対方向に回りながらラインダンスを踊る、たくさんの小さな雪だるま達。
 さらにオルゴールそのものがゆっくりと回転しながら、パーティは始まった。
 そっと流れてくる、胸をきゅっと締め付けるような切なく甘い旋律は、鼻の高い人形が人間になりたいと祈りを捧げた唄、『星に願いを』……。
 思わず見とれ、聞きほれていた私の目に、一枚のカードが映った。表紙には、白地に金箔で《Merry Christmas!》とだけ書かれている。二つ折りになったカードを開けてみる。そこには、見慣れた文字でこう記されていた。

《親愛なる有希へ 来年の聖夜は一緒に過ごそうな 繁》
 急に涙が溢れてきた。……ずるい、ずるいよ、こんなの。
 本当にどこかから見てるんじゃないかとさえ思えるほど素晴らしいタイミングで、泣き出しそうなのを堪えるために力一杯握り締めてた受話器から、彼のとどめのこの言葉。
『メリークリスマス、有希』
「……………バカぁ……」
 声が詰まって、それだけ言うのが精一杯だった。
 窓の外では、白く小さな妖精が、この時を待っていたかのように静かに舞い降り始めていた。

Next Page  Previous Page

To Home