Episode ZERO BLACK-FLIRT

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チャプター01 好敵

- 好敵 -



2019年 2月7日
グランフロント大阪で事件が起きた1週間前──

大阪市中央区 中之島某所のマンション

PM 9:54

「それじゃあな。部屋に入ったらすぐに鍵を掛けるんだぞ。」

「うん、大丈夫。フフッ、遊び相手の私でも心配してくれるんだぁ?意外と心配性なんだね。」

「バカ言え……だが、ニュースでもやってるように最近は特に物騒だ。用心するに越したことはないからな。」

「……そうだね。あ、あのさ、ぶっちゃけ今日、泊まって…とか無理だよね?」

「すまない。今日はこのあと仕事があってな。一緒にいてやりたいところだが、そろそろ行かなければ。じゃあな。」

 

これが、婦女連続殺人事件の第5の被害者、紫野 操と俺が交わした最期の会話だった。
彼女は翌日、中之島にある中央公会堂の祭壇に貼り付けられた首無しの変死体に姿を変えていた。

日本に来てからというもの、毎日仕事をこなし、日本の治安維持のために忙しない日々を過ごしていた。
そんな大義を全うしながらも、俺の心は空っぽのままだった。
少しでもその隙間を埋めたくて、多くの女性と関係を持った。
それでも決して満たされることのない心──俺は渇いていた。

運命の悪戯なのか、はたまた何者かの陰謀だったのか、今となっては判らずじまいだが、NYで記憶が失くしていた俺にとって命の恩人であり、最愛の人でもあった女性がいた。ある事件がキッカケで、俺はその女性と別れを選ばざるを得なくなった。俺もまた、その事件の影響で不名誉な罪を着せられ、指名手配を受けた。
追い詰められた俺はある筋からの計らいで、違法な証人保護プログラムを受け、この世に存在しない架空のIDを持った人間として米国を脱し、日本へと亡命した。

記憶を失くし、最愛の女性と歩み始めた第二の人生はいとも簡単に崩れ去り、第三の人生を日本で始めることとなったが、それが俺の“渇き”の原因なのかもしれない。
不特定多数の女性との遊びを味わってしまうと、渇きがますます酷くなり、終いにはその遊び癖が抜けなくなってしまった。
日本でのそんな日々も早く2年が過ぎた。

亡くなった操とは別に付き合っていた訳ではない…悪く言えば、“ただの遊び”相手の内の一人だった。だが、彼女の誘いを断り、仕事を優先したが故に、何らかの事件に巻き込まれ一人の女が命を落とす結果となってしまった……予測できない結果だったとはいえ、俺はその操の死に少なからず自責の念と憤りを感じた…。

 

そして現在──

2019年2月15日
バンタン デザイン研究所で起きた事件の翌日──

AM 5:21

「フッ……フッ……フッ……」

地球温暖化と囁かれ暖冬が続いていた昨今にしては珍しく、今年の冬は長引く寒波の影響で例年より平均気温が6℃も低い日が続いている。その寒さは、こんな都市部の大阪市内でも顕著に表れ、空気中の水蒸気を凍りつかせ、その氷たちといえば、朝日を浴びて輝くダイヤモンド・ダストを演出していた。
そんな外の美しい景色を眺めつつ、澄んだ冷たい空気の部屋で全身から蒸気を立ち登らせながら、いつものように朝のトレーニングに汗を流していると、こんな時間帯であるにも関わらず、携帯が喧しく鳴り出した。

「もしもし…京極だが?……ああ、お前か。どうしたんだよ、こんな非常識な時間に。何か緊急の出来事でも起きたか?」

電話の相手は、同じ組織の “嵐” という男からだった。
普段は明るくて元気な奴なのだが、時折、すごく哀しそうな目をする。
組織創設の時から在籍している、いわば古株のメンバーだが、組織の人間は犯罪に対しての様々な経歴を持つエキスパートばかりが集められたが故に、年齢層はバラバラだった。嵐とは年が3つ離れており、年上の俺が必然的に先輩のような、それでいて兄貴のような、妙に親しい関係が生まれた。
しかし本来、JACKALの暗殺者は個人プレーとなる単独行動が主で、任務に失敗した際の情報漏洩を防ぐため、暗殺者同士の関わりは禁止されており、氏名や連絡先など、それぞれの個人情報の開示も一切、禁止とされている。
俺と嵐はJACKALで唯一、チームを組んで行動している。いわば、特例だ。テロリストおよびテロリストになりうる危険分子を消すのがJACKALの暗殺者の役目だが、俺達はJACKALの中でも特殊部隊と言えば分かりやすいかもしれない。テロリスト単体ではなく、もっと大きなターゲット…つまり、テロ組織の壊滅やテログループを皆殺しにするのが、俺達の役目だ。
話がだいぶ逸れてしまったな…まぁ、詳しい話はまたの機会にするとして…。

「何?ターゲットに逃げられた?悪いが、俺は今、別件で忙しいんだ。その件はお前に任せるって言っただろ。埋め合わせはする…上手くやっておいてくれ。じゃあな。」

プツッ──

 

 

大阪府警 捜査一課
AM 10:40

「昨日のバンタンでの事件だが、辺りに飛び散っていた血痕とホトケさんの血液、DNAが一致しなかったそうだ。捜査を撹乱するための演出といったところか…手が込んでいやがる。」

太秦は鴉のデスク前にやって来るなり、愚痴をこぼした。
おそらく科警研から戻ってきた足でそのまま来たのだろう。
しかし、鴉はそんなことよりも、現場にいた長髪の男のことの方が気にかかっていた。

「太秦さん、現場にいた男、やはり犯人なのでしょうか…私が発砲して太秦さんたちが来ることを察知するなり、すぐに逃げて行ったってことは、何か“やましい”ことがあるってことですよね?」

「長身長髪の男か…たしかに行動は怪しいな。何の手掛かりもない藁にもすがりたい状況だ…ダメ元で一度調べてみる価値はあるかもしれんな。」

太秦の回答を聞くなり鴉は立ち上がり、目を爛々と輝かせていた。

「私、聞き込みに行ってきます!その男を見たのは私だけですし。太秦さんは別方向からの捜査をお願いできますか?」

「ん?あ、ああ…だが、お前一人で大丈夫か?昨日だって、してやられたんだろ?」

鴉の顔が一瞬曇る…気が強く負けず嫌いな鴉のことだ。さすがに取り逃がしてしまった失態を気にしているのだろう。気が強いとはいえ、太秦にしてみれば、まだ24〜5歳の小娘で日の浅い新米…叱責されてもおかしくはない失態なのだから。しかし、鴉が顔を曇らせたのはほんの一瞬だった。

「ええ、大丈夫です。昨日は完全に油断してましたから。今度は死ぬ気で確実に捕らえてきます。」

どうやら鴉は失敗で落ち込むタイプではなく、失敗を覆すのに燃えるタイプのようだ。落ち込むどころか、眼光は鋭く、ギラついている…まるで獲物を見つけた時の女豹のように。

「ほう…そりゃ頼もしいことだな。だが、無茶だけはするなよ?何かあったら、応援を呼んで、連絡してこい。余計なプライドで命を落とすことはないんだからな。」

「はい!いってきます!!」

 

 

大阪市中央区西心斎橋アメ村界隈
AM 11:10

車を御堂筋沿いのコインパーキングに停め、アメ村界隈を散策する鴉。
アメ村の始まりはスローペースだ。夜は独特の雰囲気を醸し出し、多くの若者やサラリーマンで賑わうこの界隈も、朝はゆったりとした時間が流れている。アパレル店が多く建ち並んでいるが、やれやれといった感じで開店準備を始めている店舗がほとんどだ。通常の路面店ならば10時には開店準備を済ませて万全の状態だが、ここでは店主のペースで全てが決まる。街を歩いているのは修学旅行生か、もしくはアメ村で働いている店員しかいない。

開店準備をダラダラとしている、レゲエが好きそうでヒッピーのような身なりをしている若者に声をかけてみる。

「大阪府警よ。ちょっと時間、いいかしら?」

「な、なんだよ…俺は何もやってねぇよ。」

「いや、アナタに用はないから。先日バンタンで起きた殺人事件、知ってるでしょ?そのことで話を聞かせてほしいの。」

「あ?ああ…俺は何も知らねーよ。ここらで回ってきたウワサで知ったぐらいだし。他を当たってくれよ。」

「ちょっと!私の話ぐらい聞きなさいよ!昨日の14時…午後2時くらいに長髪でサングラス、身長は180〜1855センチくらいで細身の男をこの辺りで見てない?」

「ロン毛にサングラスで身長180?ん〜そんな感じの奴、ここら界隈ではたくさんいるからなぁ。」

それからも鴉は5〜6件のショップを当たったが、どこも同じような反応で収穫は得られなかった。

バンタンの方へと足を向け、近隣のショップや通行人にも声をかけてみる。ショップへの納品でこの界隈を何件も回るであろう佐川急便のドライバーにも配達中に声をかけたが、結局、誰からも目撃情報は得られなかった。

PM 1:56

最後のショップを出る頃には、すっかり昼下がりとなっていた。

このままでは埒があかないと判断した鴉はもう一度バンタンへと向かうことにした。
犯人はたびたび事件現場に現れるというジンクスを聞いたことがある。そのジンクスに一縷の望みをかけて鴉は足を早めた。

バンタンデザイン研究所の入口前で仁王像のように立ちはだかる二人の警官にバッジを見せて、中へとかけ上がっていく鴉。
ここ、バンタン大阪校の入口は階段になっており、実質2階からが玄関となっている。

建物内は予想通り、人気がなく閑散としている。無惨な爪痕だけは綺麗に清掃され、遺体のあった箇所にはビニールテープで人型が型どられているだけだった。

深く溜め息をつきながら出口に向かう。自動扉を抜けて階段を下りると、ビルの東に走る通りを南に向かって歩く長身と長髪が印象的な後ろ姿の男が視界に飛び込んできた。

鴉は慌てて階段を駆け下り、気配を消しながら電柱から電柱へ、その後ろ姿を尾行する。今のところ、前を行く男が背後の不審者に気付いている気配はなかった。
道頓堀に差し掛かる手前で御堂筋に出て、御堂筋から道頓堀の河川敷に階段を下りていく男。
この時間の河川敷ならほとんど人通りは皆無…そう判断した鴉は階段を一気に駆け下り、一直線上に男の姿を捉えると、拳銃を構え腹の底から声を出して叫んだ。
距離にすると50mほど離れてはいたが、鴉の叫びは男の耳に届いたらしく、足を止め歩くのを止めた。

「お嬢さん、おっかけは嬉しいんだけどさ…俺、アイドルじゃないから、そういうのはちょっと…迷惑かな。」

背後を取ったが、男は特に焦る様子もなく、両手を挙げて背を向けたまま言葉を返してきた…余裕すら感じ取れる自信に満ちた声で。

鴉には、この男が何故そんなに余裕なのか理解できなかったが、状況的に有利なのは、間違いなく自分だと確信し、男の言葉など気に留めることもなく銃を構えたままズリズリと間合いを詰めて行った。

「貴方、一体何者…?昨日、現場で何をしていたの?」

男が踵を返し、振り返ろうとする……

「動かないで!動いたら本当に撃つわよ。昨日の私への扱い、けっこう頭に来てるんだから。」

「オイオイ…俺が何者かも判らないのに殺しちまっていいのか?俺が無実の一般人なら、誤認捜査でアンタ、書類送検だぜ?」

鴉の言葉が詰まる。どうやら痛いところを突かれたらしい。

「貴方、本当に何者なのよ!私のことを煽って楽しんでいるだけでしょ?!」

男は一度は従ったものの、この期に及んではもはや鴉の必死の警告など気にも留めない様子で振り返った。

──この負けん気の強い瞳、眼差しだけで虜にしてしまいそうなほどの狂おしい目力。そこらへんの娘とは違って、やはり飛び抜けて美人だ…。

「煽ってる訳じゃない。だが、君のその綺麗な顔が苦悶の色を浮かべるのが見たいというのも、少しあるかな。」

「……アンタって、本当に悪趣味なヤツ…!!」

自分の感情が手玉に取られていることに対して悔しさを滲ませている。そして、絞り出したような微かな声ながらも、憎悪を宿した言葉で吐き捨てた。

「ちなみに、何か大きな勘違いしてるようだから、忠告してやろう。俺は連続殺人事件の犯人じゃない。むしろその逆だ。」

「はぁっ?!なによ、逆って!」

「俺は女性を殺す趣味はないんでね。アンタ、俺の何を知ってるんだ?現場にいたからってだけで怪しんでるんだろ?…ったく、近頃の警察の捜査ときたら手抜き感が否めないな。」

「ア、アンタに警察の何が解るっていうのよ!こっちだって国民に嫌われながらも、必死にやってるのよ!貴方みたいな輩にとやかく言われたくはないわね…。」

「自分で選んだ道だろう。必死にやって当然だ。…まぁいい。こんなところで長話するのも釈然としない。近くにカフェがある…そこでお茶でもどうだ?」

「アンタねぇ…この状況でナンパするって、どういう神経してるのよ。トールサイズぐらいはご馳走してもらえるんでしょうね?」

──いやいや、来るのかよ。

お前も大概、おかしな神経してるぜ……喉元まで出そうになったこの言葉を、俺は堪えて飲み込んだ。

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