みーばい亭の
ヤドカリ話
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9.魔貝
魔貝
死んだクボガイに吸い付く魔貝
魂を吸い取っているようだ・・


もうずいぶん昔のことだが、潜水中にナビゲーションを誤って定置網の下に迷い込んでしまったことがある。
今から思えば定置網ではなく捕った魚を一時畜養するための生簀だったのかもしれないが、とにかく海中に吊り下げられた巨大な袋状の網の中に無数の魚がひしめいていたのを憶えている。
網の下は所々にスナイソギンチャクが生えているだけののっぺりとした砂地。
薄暗い海底には網の目からこぼれ落ちたアジの死骸が一面に散らばり、おびただしい数のレイシガイたちが死骸に群がって饗宴を繰り広げていた。
澱んだ死臭が体に沁みこんでくるような陰々滅々とした海・・・それはまさしく魔海だった。

レイシガイはイボニシと共に磯ではおなじみの肉食貝だが、似たような種類が多くて素人(私)が正確に同定するのはまず無理だろう。
なにしろオリジナルのレイシガイ以外に○○レイシなどという類似種が何種類もいるのは言うに及ばず、レイシガイに似て非なるレイシガイダマシ、さらにレイシガイダマシに似て非なるレイシガイダマシモドキまでいるのだからもう笑うしかない。
我が家のレイシガイもただのレイシガイではないと思われるが、事情が事情なので(笑)ここではただのレイシガイとさせてもらうことにする。

採集したのは越前海岸沖の海底、水深10mほどの薄暗い岩礁域。
立ち上げ直後に投入したフジツボの殻について来たので海水水槽では一番の古株になる
とはいうものの、この3年間でその姿を確認したのは数えるほど。
普段はフジツボの穴や牡蠣殻の隙間にじっと隠れていて、2〜3ヶ月姿を見せないことも珍しくない。
肉食貝といっても積極的に他の生き物を襲うことはなくて、時折魚やヤドカリが食べ残したアサリやイカの残骸などに吸い付いているのを見かけるだけなのだが、魚たちが大きくなったせいでこのところ食べ残しはほとんどでない。
なのに・・少しずつ貝殻が大きくなっている。
いったい何を食べているのやら・・。
さらに不気味なことに水槽内で成長した部分が骨のように真っ白なのだ。
おそらく何らかの栄養素が足りないのだろうが、とても生きているとは思えない骨剥き出しの姿でゆら〜と現れるとはっきり言って恐い。

命尽きたる者を地獄へと誘う半白の魔貝。
あの日、我々が迷い込んだ薄暗い海底の先には、地獄への入り口がぽっかりと口を開けていたのかもしれない。


                                                



魔海に生えるスナイソギンチャク
手塚治虫の「火の鳥 宇宙編」に登場する
流刑星の過酷な生活に耐え切れず植物に転生した人間の姿を思わせる





スナイソギンチャクの触手
どことなく人間だった頃を偲ばせる質感がある

やはり魔海に沈んだ人間のなれの果てなのかもしれない




魚の死骸をむさぼるヒトデたち
彼らもまた魔海の住人





ハナギンチャクの仲間
魔海に咲く一輪の花・・・
だが、その可憐な触手にもまた毒がある





魔海の底から滲みでるミシマオコゼの顔
砂に隠れて獲物を狙う彼もまた小さな生き物にとっては恐ろしい魔物だ


2007.3.3

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