みーばい亭の
ヤドカリ話
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38.究極のシェルター


タッパーの下に掘った「シェルター」に潜むナキオカヤドカリ

もっとも古い記憶が芸妓はんの着物に焚きこめられた白檀の匂いだったりするから、自慢ではないが街育ちである。
とは言っても、当時の人口が20万にも満たない地方の小都市のこと、虫を捕ったり魚を釣ったりできる「遊び場」はそれなりにあったのだが、就学前の幼児にとっては、自宅を中心にしたわずかな区域、商店街や三弦の音が漏れ聞こえるロージやドブ川や町内の小さな寺・・つまり街中が世界のすべてだった。
にもかかわらず、生き物と触れ合った記憶はやけに多い。
まず、家の中からして生き物だらけだった。
狭い長屋にもかかわらず、床下にはヒキガエルが棲みついていたし、天井裏ではネズミが走り、それを追ってアオダイショウが這いまわっていた。
軒にはツバメが毎年巣をかけ、土間ではコオロギやカマドウマが跳ね、明かり取りにはびっしりとクモが巣をはり、赤砂糖の瓶の中にアリが巣を作り、米櫃をのぞくとコクゾウがいた。
もちろんゴキブリもたくさんいたし、ハエもやたらと多かった。
家の外に出ると、灰色のもろもろが揺れるドブ川にもハイジャコが泳いでいたし、寺の井戸端には不思議な臭いのするヤスデが、土蔵の白壁にはヤモリが、アブラムシのびっしりとついた植え込みにはナナホシテントウが・・・、そしてその根元はマルコムシのスイバだった。

小学校に上がって自転車を乗り回すようになると、お約束通り、友達と連れ立ってセミやボテやゲンジやサワガニやバッタやカエルを「狩る」ことに熱中するのだが、その一方で一人になると空地や公園の隅っこにしゃがみ込んで石を捲っていたことを憶えている。
網や帽子を振り回して走るのが「虫捕り」の表芸なら、石を捲るのは裏芸である。
「アカカブ」や「クマ」や「ウシ」や「ギース」や「タマムシ」などという派手な獲物こそ得られなかったが、禁断の扉を開けるという背徳的な行為は、抗うことのできないドラッグ的な常習性を持っていた。
なにやら得体の知れない生き物が蠢くであろう石を捲る瞬間のスリルとサスペンスは、昭和40年代の小学生が体感することのできる最大最強のエクスタシーだったのだ。

チンポキリ、コオロギ、不思議な色の甲虫たち、さまざまな地蜘蛛、青光りした太蚯蚓、サシガメ、コウガイビル、真珠粒みたいなナメクジの卵・・・、彼らは皆、ノスタルジックな郷愁を呼び覚ましてくれる懐かしい思い出・・・、ではない!
30年以上の歳月が過ぎ去った今現在も、せっせと石を捲り続けている私にとって、彼らとの付き合いは延々継続中なのだ。
もちろん、現在の私は半ズボンの小学生ではなくて、常識的な社会人であるから、その辺りの石を手当たり次第に捲って歩くようなマネは(したいけど)しないが、自宅の裏庭に石やレンガや流木を放置して、時々そっと捲ってはニンマリとしている。
もちろん裏山に散歩に入って、周りに誰もいなければ倒木なんかを捲って遊んでいるし、人目のない日本海の海底に潜った時には、思う存分底石を捲って、カニやギンポやクモヒトデやイソメと触れ合っている。
繰りかえすが、常識的な社会人であるから、その辺りの石を捲って歩くようなことはしない・・・しないが、白状すると何年か前についやってしまったことがある。
場所は沖縄の離島。
海から上がってオリオンビール片手に散歩している時に、ふと道端に放置された古い木製パレットが目についた。
おそらく燃料用のドラム缶の運搬に使用されていたのだろうが、すでに役目を終えて半分朽ちた状態で何年も放置されている様子だった。
石捲り歴30余年の経験からすると、目の前でワンダーランドの扉が半開きになっているようなものである。
旅先のことである、少々酒気も帯びている、掻き捨てである。
で、えいやと捲ってみたら、そこに居たのは・・・・、数匹のオカヤドカリだった。

ゴキブリやハサミムシなど、何かの下に潜り込むのに適した平たい体を持った生き物ならともかく、貝殻という硬くて嵩だかな宿を背負ったオカヤドカリがパレットの下にいたのにはちょっと驚いたが、考えてみれば不思議なことではない。
土の上に放置されたパレットの下は暗くて適度に湿っていて、おまけに安全だ。
沖縄に生息する生き物で、これを動かせるのは「ヒト」と「リュウキュウイノシシ」くらいのものだろう。
穴掘りの得意なオカヤドカリなら、わずかな隙間を強力な鉗脚で掘り広げて体が入る空間を作るなど簡単なこと。
体にぴったりフィットしたシェルターなら、セキュリティーも万全。
そう考えていくと、我々が持つ「オカヤドカリのシェルター」という概念に少し疑問符がつく。
市販の飼育玩具はもとより、植木鉢にしてもアロマポットにしても、我々がオカヤドカリに与えるシェルターは「部屋」という概念で選択されることが多い。
部屋というからには当然空間に余裕がある。
空間に余裕があれば、他個体に押し入られる事もあるだろうし、イタチの前足やカラスの嘴がつっこまれるかもしれない。
風が吹き込めば寒いし、光が入れば落ち着いて寝ていられない。
そう、オカヤドカリはシェルターの中では大抵寝ているのだ。
つまり、オカヤドカリのシェルターとは「部屋」ではなくて「布団」という概念で捉えるべきではないのだろうか?
そう考えると、暗くて湿っていて体にぴったりフィットしたパレット(自然界では石や倒木)の下というのは、まさに布団である。
ここに思い至れば、あとは飼育環境に反映させるのみ!
水槽に敷いた底砂の上に、木製パレット・・は無理だから、石を置いてやればいいのだ。
とは云うものの、中途半端な大きさの石なら、連中下をボコボコに掘り返して埋めてしまうことは、想像に難くない。
自然界の石の下を再現するのなら最低5kgくらいの平たい石が欲しいところだが、それだとやっぱり水槽に入らない(^^;
そこで登場するのが、「レンガ」である。
半マスレンガを水槽の底に立てて台にし、その上にレンガを乗せてやれば、オカヤドカリがいくら掘り返しても崩れないし、狼がフーフーしても壊れない。
しかも直線的に平たいからレイアウトを効率的に組むことができる。
我が家ではレンガだけではなく、脱皮床のタッパーも半マスの上に乗せているので、床面のほぼ半分が「石の下」として機能している。
当のオカヤドカリたちは、思惑通り布団的シェルターを拵えたり、入り口が小さくて中が広い秘密基地的な地下室を掘ったりして、飼い主を楽しませてくれている。

きっとそれぞれ思い通りに作ったシェルターの中で、暖かい島の夢でも見て気持ちよく熟睡していることだろう・・・見えんけど(笑)





背面は貝殻でガードされているのだから、小さな穴を掘って頭を隠せばセキュリティーは万全
でも・・、この水槽にアンタの敵はいないんですけどねぇ、お代官様。





こちらはムラサキ槽
入り口は小さいがライトを照らして覗き込んでみると中は意外に広く掘ってある
製作者は、昨年みーばい亭で生まれたナキオカヤドカリの琴さん



琴が掘ったシェルターに無理やり入る大御所のゴリさん
子供の秘密基地盗ったんなや、おっさん




ホンヤドカリは磯で観察する限りでは、あまり物陰に隠れるという印象はないのだが、
海が荒れ気味の時などすっかり姿を消してしまうことがあるから、どこかに隠れ場所を持っているのだろう。
実際、そんな時に石をめくると、ヒライソガニなどと一緒に隠れていることがある
水槽内でも、小潮など活性が低い時は、こんな隙間に隠れていることが多い





今年(2009年)生まれの「仔ヤドカリ槽」。
このスケールなら自然界における「石の下」を飼育容器内でなんとか再現できる。
でんと据えてあるサンゴは6年ほど前に稚ヤドカリ用に調達したもの。
ちょっと秘密基地っぽくて気に入っている(飼い主が)。
おかげさまで、当の稚ヤドたちも縦横に絡み合った空洞を存分に活用してくれている。
もちろん下に潜り込むこともできる。
飼育下で与えることのできる、もっとも理想的なシェルターだと自画自賛しているのだが、惜しむべくはサイズ的に上陸後半年くらいしか機能しないこと(^^;
もうすでに手狭になってきているもんなぁ・・・。
やれやれ。


※もちろん、野原でも磯でも川でも海底でも、ひっくり返した石を元通りに戻しておくのは、ウォッチャーとして当然のマナー。
まあ、いきなり布団を剥がれた虫さん達からすれば、勝手な言い草に過ぎないとは思うのだが、こればっかりはやめられまへん。



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