みーばい亭の
ヤドカリ話
バックナンバー   HOME

31.時をかける水槽  


ヒライソガニ
3月に採集したときには、1cmほどの仔ガニだったのが、この2ヶ月で2倍以上、甲幅2.5cmにまで成長した。
一時イソガニではないかと疑ったのだが、やはりヒライソガニだったようだ。
今までのカニちゃんと違って非常に活発で、機嫌の良い夜などは水槽中を走りまわっている。
餌食いは良いが、石などの下に引っ張り込むので、食べる様子はあまり見られない。
食べ残した餌は外に放り出して、後は知らん顔。けっこう贅沢なヤツである。



太古の海に思いをはせてみる。
自然生成した有機物から偶然発生したのか、他の天体からやってきたのかは知らないが、とにかく地球上に「生物」が現れたのが38億年前。
しかしながら、その後生物はシンプルな単細胞の形態のまま30億年もの時を過ごすことになる。
それが突然多様化するのが5億4千万年前。
言うところの「カンブリア・ビッグ・バン」である。
ガイアが多細胞という粘土をこねまわして思いつくままに創造した、斬新でユニークな生き物たちが群れ暮らす浅海は、地球を「生命に満ち溢れた星」化するという、大プロジェクトを推進するための実験施設の様相を呈していた・・・らしい。

魚類が登場する以前、海の主役は甲殻類に代表される外骨格を持った節足動物だった。
実際には、棘皮動物、環形動物、腔腸動物、それに軟体動物など、現代の分類にそのまま当てはめることはできないまでも、それに近しい生物が多数生息していたであろう「痕跡」は少なからず発見されているが、その記録が圧倒的に多いのは固い外骨格が化石として残りやすい甲殻類だろう。
精緻な復元図を眺めながら、アノマロカリスが踊り、三葉虫が走り、レアンコイリアが群れ遊ぶ太古の海の空想に耽っていると、実際に潜って眺めて捕まえてみたい衝動に駆られて、居ても立ってもいられなくなる。(三葉虫は三葉虫類という別のグループに属する生物だが、イメージキャラクターとして甲殻類に括る(笑))
有名なバージェス頁岩の発掘作業や発見された化石の復元、分類研究を追ったグールド博士の名著「ワンダフル・ライフ」(早川書房刊)を耽読していた時などは、愛用のSCUBAでカンブリア紀の海に潜っている原色の夢を何度も見た。
つくづくNISSANのディーラーでタイムマシンを売っている時代に生まれなかったことが悔やまれる・・。

一方、未来の地球でも、甲殻類は優勢種として海中生物の頂点に君臨することになる・・・らしい。
各分野の専門家や研究者が集まって、未来の地球環境を予想しコンピューター・グラフィックスで描きだした「フューチャー・イズ・ワイルド」(ダイヤモンド社刊)によると、硬骨魚類が絶滅した2億年後の地球では海洋におけるネクトンのニッチを甲殻類が占めるという。
現代の甲殻類は、様々な環境に適応、分化しているが、その幼生は一様にゾエア形態で海中を漂うプランクトン生活を送る。
つまり幼生の段階で様々な環境に適合する柔軟性を秘めているわけだ。
魚類が占めていた膨大なニッチが空になった時に、未成熟のまま繁殖機能をもつ甲殻類のネオテニーが、一気にネクトンとして進化した・・という説には充分な説得力がある。
ヘルメットをかぶったエビのような姿をした科学的空想未来生物「シルバースイマー」がキラキラと群れをなして泳ぐCG画像は、溜息が出るほど魅力的だった。
つくづくHONDAのディーラーでタイムマシンを売っている時代に生まれなかったことが悔やまれる・・。

さて、TOYOTAのおんぼろワゴンで何とかたどりつくことのできる現代の海はというと、歴史上最高の繁栄を謳歌している魚類に圧倒され、我らが甲殻類は脇役に甘んじているのが現状。
プランクトンやマイクロネクトンの分野では、カイアシ類(コペポーダ)やアミ類が健闘しているものの、如何せんマイナーな存在であることは否めない。
現生の甲殻類のメイン・フィールドである海底においても、棘皮動物、環形動物、腔腸動物、それに軟体動物など、並み居るライバル群の中に埋没してしまっている感がある。

アクアリウムの世界でも主役はやはり魚類であり、エビ・カニ・ヤドカリは良くて脇役。
掃除屋扱いはまだマシな方で、悪ければ魚の餌にされ、場合によっては高価な購入魚に危害を加える悪役として、問答無用で抹殺されることさえある。

そんな不遇な時代に生きている甲殻類たちが、唯一主役を張っているのが磯、それも水深30cmまでのごく浅い岩場だ。
夏の磯で遊んでいる子供たちのバケツを覗き込めば、一目瞭然だろう。
そこに必ず入っているのが、エビ(イソスジエビ、スジエビモドキ)、カニ(イソガニ、ヒライソガニ)、ヤドカリ(ホンヤドカリ)の御三家である。(私のバケツも同じようなものだが(^^;)
アゴハゼかヘビギンポくらいしか入ってこられない、浅い岩場の主役は、まぎれもなく甲殻類である。
もしも今この時、海沿いの崖が崩れて磯が土砂で埋まったとする(一昨年大雨で私の観察フィールドのひとつが本当に崩れた)。
何億年か後、もし地球に知的生命体が存在していて、この地層を発掘調査したならば、きっと、スジエビモドキが踊り、ヒライソガニが走り、ホンヤドカリたちが群れ遊ぶ光景を生き生きと思い描くことだろう。
スジエビモドキが踊り、ヒライソガニが走り、ホンヤドカリたちが群れ遊ぶ・・・って、我が家の磯水槽ではないか!
そんなことを考えながら、グラス片手に水槽を眺めていると、いつしか意識が魅惑的な過去の海へ、ロマン溢れる未来の海へとトリップする。

磯水槽は遥かなる時をかけるのだ!





磯の御三家、長男のスジエビモドキ。
厳密にいうとエビは形態や繁殖方法の違いからクルマエビの仲間とその他のエビに分けられているが、一般的にはまとめて長尾類と呼ばれている。
その名のとおりゾエア期の形態を残した長い尾(腹部)が特徴。
筋肉の良く発達した尾は瞬発的な移動を可能にし、腹肢で水をかいて水中を泳ぎ、歩脚で海底を歩く・・という、オールマイティな行動性能を持つ。
残念ながら完全に陸上生活に適応した仲間はいないようだが、逆にいえばそれだけ水中生活者として完成された形態を持っているということだろう。
我が家のスジエビモドキたちも、かつてカミナリベラが支配していた、水槽上部のニッチに飄々と収まっている。
水中では御三家の中でもっとも多様な進化の可能性を秘めているのではないだろうか。




どこの磯でもお馴染みのホンヤドカリ。
我が家の水槽では一時期ユビナガホンヤドカリに押されていたが、「磯水槽にはやっぱりホンヤドやろ」という、管理人の後押しで、堂々たる主役に返り咲いた(笑)。
エビ(長尾類)やカニ(短尾類)とは、異なった尾(腹部)を持つ異尾類に属している。
貝殻に入るヤドカリの仲間は、ねじれた軟らかい尾を持っているのが特徴。
エビ型やカニ型の形態を持った仲間も多いが、生息環境に合わせた収斂進化の結果だと思われる。
つまり環境に合わせてエビにもカニにもなれるという、柔軟性を持っているということだ。
その他にも、カンザシゴカイなどがサンゴや岩にあけた穴に腹部を入れて定住生活をするカンザシヤドカリは、遠い未来、フジツボのような固着生活者になるかもしれないし、ヤシガニやオカヤドカリは、さらに陸上生活者としての適応を進めるにちがいない。
将来が楽しみなグループである。
つくづくMAZDAのディーラーで・・・(笑)



ヒメアカイソガニ
採集してきたときは甲羅が苔に覆われていて、ちょっと薄汚れた感じだったが、いつの間にか苔が取れて名前のとおり、赤くて小さな磯のカニになった。
ヒライソガニに比べると性格は穏やかで、動きもゆっくり。
のんびりとした性格は、どことなくブチヒメを思わせる。
普段は岩陰に隠れてめったに姿を見せないが、マイペースで暮らしているようだ。
カニちゃんが属するのは耽美・・ではなくて、短尾類。
尾(腹部)はほとんど退化して、おなか(ホントは胸)にぺたんと張り付いて、いわゆる「カニのふんどし」と化している。
尾を捨てたために泳ぐことはできなくなったが、代わりに歩脚が隆々と発達し、身軽になった体を高く持ち上げて素早く走ることができる。
歩行性の甲殻類として究極の形態を手に入れたと言ってもいいだろう。
中には泳ぎを捨てきれずに、歩脚をひれ状に二次進化させた仲間もいるが、まあ、どこにでも変わり者はいるものだ(笑)
究極の歩行能力を得たカニちゃんがめざすのは間違いなく陸上。
すでにアカテガニやベンケイガニなど、多くの仲間が陸上に進出しているが、将来的にこの傾向は加速するはずだ。
もっとも陸上で非常識なほど繁栄している同じ節足動物、昆虫類のニッチに食い込むのは困難だろうが、ネズミやトカゲ、カエルなど、小型の脊椎動物の後釜を担うことは充分可能だと思う。
陸生の外骨格動物は、体構造上、現生のヤシガニ以上に大きくなることは不可能だといわれているが、カニちゃんたちには、是非この定説を打ち破って、どんどん巨大化してもらいたい。
将来ウシやブタやニワトリが絶滅して、すき焼きやトンカツや焼き鳥が食べられなくなっても、大きくなったカニちゃんがそばに居てくれれば、私は充分満足である(笑)。

2008.5.21


前ヘ 次へ