みーばい亭の
ヤドカリ話
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19.紅のヤド!

紅のヤド!べニホンヤドカリ


2007年8月11日午前10時30分越前海岸沖水深11m水温24℃
岩礁域の薄暗い海底で1匹のマダコが獲物を狙っていた。


タコが好きだ。
冷凍の輸入物を茹でたパック詰めは論外だが、獲れたてのマダコを直火で焼いて熱々にかぶりつくあの興奮!
ふくふくとした脚を前歯でぷっつりと噛み切るあの快感!
そして口一杯にじんわり広がるあの磯の滋味!
まさに母なる海の聖なる贈り物である。

涼しい海底でタコと遊ぶのも楽しい。
魚と違ってあまり人見知りしないから触ることもできる。
あのぶにぶにとした胴ビンの触り心地や、プチプチと吸い付く吸盤の感触も実に面白い。
だから海底でタコを見かけるとついかまってしまう。
その日も岩陰から大きなマダコの脚が出ているのを見つけてそっと近付いたわけだ(ここだけの話だが晩酌のアテへの期待もなくはなかった)。
それはともかくとして・・・(^^;
本体は大きな岩の隙間に隠れているのだが、一本の脚がその前に転がっている転石の下に差し込まれている。
この石を跳ね退けざまに脚をつかめば、引っ張り出すことができそうである。
気付かれないように息を詰めて両手で転石をひっくり返した刹那、その下から一匹のヤドカリが走り出た。
反射的に左手でヤドカリを捕らえ右手でタコをつかもうとしたが一瞬の差でこちらには逃げられてしまった。
残ったのは左手の中のヤドカリだけ・・。
当のヤドカリは人の気も知らず、鋏脚をバチバチと元気に鳴らしている。
水深があるので体色はよく分からないが、どうやらヤマトホンヤドカリのようだ。
ヤドカリはタコの大好物である。
状況から察するに石の下に隠れていたヤドカリをタコが狙っていたのではないかと思われる。
はからずもタコの毒牙(本当に毒がある)から、ヤドカリを助けてしまったようだ。

数え上げてみると今までに飼ったヤドカリは10種類。
ムラサキオカヤドカリからはじまって、ナキオカヤドカリ、ホンヤドカリ、ケアシホンヤドカリ、ユビナガホンヤドカリ、ヤマトホンヤドカリ、イソヨコバサミ、ブチヒメヨコバサミ、ケブカヒメヨコバサミ、トゲトゲツノヤドカリ。
その中で一番好きなヤドカリをあげるなら、迷うことなく「ヤマトホンヤドカリ」を選ぶだろう。
堂々とした体躯、重厚な動き、そして何よりもあのエメラルドのような不思議な色合いを湛えた複眼。
その名に「ヤマト」と冠するにふさわしい、存在感溢れるヤドカリである。
しかしながら飼育は難しい。
ベテランの飼育家が全霊を傾けて取り組んでも半年生かすのがやっと、という話も聞いたことがある。
私自身もかつて挑戦したことがあるが3ヶ月がせいぜいだった。
とても私ごときの手におえるヤドカリではない・・と、飼いたい気持ちを押さえ込んで手を出しかねていた。
そのヤマトが、私の手の中にいる。
しかも前甲長10oに満たないお手軽サイズ。
臆病なヤマトには珍しく、体を激しく出し入れしている元気な個体だ。
さらに悪いことに水圧が掛かると人間の思考能力は著しく低下するのだ。
で、今我が家の水槽に、このヤドカリがいる(^^;
ところが・・、これからいつでもあのエメラルドの瞳を眺めることができる・・という期待は見事に裏切られた。
夜行性が強くて、照明が点灯している間はずっと貝組みの下に隠れてまったく姿を見せてくれないのだ。
夜中真っ暗になると活動をはじめるのだが、灯りをつけると途端に物陰に走り込んでしまう。
なんとか隙を突いてその姿をデジカメにおさめたのだが、撮った画像を見るとどことなく違和感がある。
ヤマトホンヤドカリにしては体色が赤すぎるし、所々に紫色の部分も見える。
これはベニホンヤドカリの特徴ではないか!
思えば採集したときから様子がおかしかった。
臆病なヤマトなら捕らえられれば貝殻の奥深く引っ込んでなかなか出てこないのだが、この個体は物怖じすることなく体を出し入れし、おまけにバチバチと大きな音まで出して威嚇していた。
あの時に気付くべきだったのだ・・。
ベニホンヤドカリの生息水深はヤマトより深く、その分高水温には弱いと思われる。
反面、性格はけっこう荒っぽいらしい。
しかしその体色の鮮やかさはヤマトの比ではない。
複眼の緑もさらに華やかな印象を受ける。
めったに姿を見せないとはいえ、この綺麗なヤドカリが水槽の中にいると思うだけでなんとなく幸せな気分になる。
なんともややこしい縁で付き合うことになったヤマトならぬベニホンヤドカリ。
私のスキルでどこまで生かせるかは分からないが、とにかく精一杯飼育を楽しんでみようと思う。



朝飯(ヤドカリ)を横取りされて怒るマダコ。
悠長にこんな写真を撮っているから逃げられる(^^;
結局深追いして右手の甲を3ヶ所ほど切ってしまった。
ま、向うは命がけですから(笑)



元々はナガニシに入っていたのだが、手持ちの貝殻を入れてやるとさっそくミクリガイに引っ越した。
ちなみにこのミクリガイは京都のスーパーで「ツブ貝」として売られていたもの。
中身はもちろん飼い主が美味しくいただきました(笑)

まったく関係ないが、ジブリ作品の中では「紅の豚」が一番好きである。





ベニホンヤドカリに先がけて磯水槽の住人となったケブカヒメヨコバサミ。
本当なら今回の主役になるはずだった(笑)
縦じまの眼柄がチャームポイントの、なかなか味わいのあるヤドカリなのだが、
ベニホンヤドカリに比べると華やかさに欠けるというか・・・なんとも地味。
ユビナガホンヤドカリに占拠されつつあった磯水槽だったが、少しは日本海の磯らしくなってきたかな?




8月の磯
陸上は夏真っ盛りだが、日本海の磯は若夏の趣き。
沖縄のサンゴ礁も大好きだが、やはり体に馴染んだこの海に抱かれると心安らかになる。
人は皆、心に自分だけの海を持っているのだ。
2007.8.16

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