みーばい亭の
ヤドカリ話
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18.生と死を見つめて

チビ銀の最期
幸せな一生だったと信じたい


子供の頃から老衰で死ぬと決めている。
しかし、その目標が達成できる確率はそう高くないだろう。
残念なことだが、人生の折り返しを過ぎて、「その時」が近付いてくるとだんだんと現実が見えてくる。
何のぬくもりも感じない鉄製のベッドの上で、体中に変なチューブを差し込まれて他人の目に晒され弄くられながら死んで行くであろう自分の姿を想像すると、心底イヤ〜な気分になる。
仏教徒でもないのに、葬式という名目の形式的な宗教儀式を依頼して商売坊主に高い料金を払うのも馬鹿馬鹿しい。
自分の体を燃やされるのも嫌だ。
できることなら、(幸せな)ネコのように、誰の目にもつかない場所で静かに生を終え、そのまま小さな生き物や草花の糧となってゆっくりと朽ちて行く、そんな結末にあこがれるのだが・・・。
生きるのは簡単だが死ぬのは結構難しい。

生き物を飼うということは生き物の死を見届けるいうことだ。
虫一匹、魚一匹とはいえ、手塩に掛けて育てた生き物の死を看取るのは結構つらいものだが、それが飼い主としての最後の責任であるのだから仕方がない。
中には、責任を放棄して飼っている生き物を途中で捨てる(逃がす)飼い主も少なからず存在するようだが、そんな無責任で自分勝手な馬鹿者に飼われた生き物は本当にかわいそうだと思う。
そういう私も今までずいぶん多くの生き物を飼ってきたが、納得のできる死に方をさせたことはほとんどない。
「もっと長生きさせることができたのに」と悔やむことは日常茶飯事だし、ちょっとした不注意で殺してしまった生き物もたくさんいる。
その度に後悔と自責の念に苛まれるのだが、相変わらずヤドカリや魚を飼っているのだから現金なもの。
もともと深刻に思い悩むタイプではないのだ。

「飼育」とは、生き物を死なせること。
そして「飼育の上手い人」とは、生き物を上手に死なせてやれる人のことだと思う。


カミナリベラのチビ銀が死んだ。
怪我も病気の兆候もなく少しずつ運動機能が衰えてやがて静かに停止。寿命を全うしての老衰死だと思われる。
採集地の越前海岸では、冬を越せずに死んでしまう死滅回遊魚だから、水槽の中で2年半の間を「余分」に生きたことになる。
もちろん、魚が幸せや不幸せといった概念を持っているわけもないし、気持ち悪く擬人化された「ファインディング(糞)ニモ」のように感情を持っているなどと考えるほどオメデタクはないが、「余分」な期間、飼い主を楽しませてくれたのだから、その一生のほとんどが飼育下にあったとしても彼の生にはそれなりの意味があったのではないかと思う。
少なくとも不幸ではなかったと信じたい。



3年間も飼っていた割に、チビ銀の画像は大変少ない。
動きが素早く、一時もじっとしていないので、デジカメでは追いきれないのだ。
画像は、老衰が進行して動きが緩慢になりはじめた頃に撮影したもの。

食欲はあり餌食いも良いのだが、内臓機能が衰えたのだろう。
食べても食べてもどんどん痩せていき、末期には干物のように薄っぺらな体になってしまった。
そのうちに体を立てることも困難になって、横倒しのまま水流に揉まれていたりするのだが、餌を入れると食べに来るのだから、その執念は鬼気迫るものがある。
生きるための執念なのか、食べ物に対する執念なのかは定かではないが・・・。


最後の1週間ほどは砂に潜ることもできず、水底に横たわって眠ることが多くなった。
自然下では、この時点で終わりだろう。
寝たきりの魚・・考えようによっては、少々ブラックな気がする。

7月28日、採集地である越前海岸の海水を水槽に投入。
2007年7月29日朝、カミナリベラのチビ銀永眠。享年3歳。




チビ銀に先立つこと2週間、ヨロイイソギンチャクも生を終えた。
体を覆っていた小石や砂の「ヨロイ」が剥げ落ちてから半年、よく持ったほうだと思う。
春ごろから触手が縮んで、餌をつかむことができなくなってきたので、直接口に押し込んで凌いできたのだが、だんだんと本体が萎びてきてだらしなく垂れ下がるようになった。
活着している牡蠣殻から剥がれ落ちそうになってきた時点で、バケツに隔離するために牡蠣殻ごと水槽から取り出したのだが、水から出したとたんにポロリと剥がれ、そのまま回復することはなかった。

今年の春に採集地の浜に行ってみたのだが、秋にはびっしりと付いていた岩にヨロイイソギンチャクの姿はほとんど見られなかった。
回りは砂地だから移動したとは考えにくい。
おそらく冬の荒波にさらわれたか、雪に埋もれて体液のイオンバランスが崩れたか、あるいは凍死したのか・・・。
気休めだが、このヨロイイソギンチャクも採集されて水槽に入れられたことによって、少しだけ長生きすることができたのだと思いたい。




2007.7.29

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