みーばい亭の
ヤドカリ話
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20.ヤドカリ水槽

ヤドカリ水槽全景。
60p規格水槽に底面フィルターを敷き、
エアリフトで海水を回しているだけのシンプルなセットだが
この3年間特に問題も無く安定している。
両端に立てた2本のパイプと、フジツボ殻や貝殻を積み上げた「貝殻マンション」がみーばい亭流。


ダイバーにとってヤドカリはなかなか手強い存在だ。
まず見つけ難い。
普通は中層を泳ぎながら海底の生き物を探すわけだが、上から見ていたのではそれが貝なのかヤドカリなのか分からない。
特に大き目の貝殻からほんのちょっとだけ脚を出しているケブカヒメヨコバサミなどは、手にとって覗き込まないと絶対に識別不能。
また夜行性が強いヤマトホンヤドカリやベニホンヤドカリは、昼間は岩の隙間や転石の下に隠れていることが多いし、たまたま見かけても人影が近付くと意外な素早さで岩陰に走り込んでしまう。
こうなるともう観察どころではない。
捕まえて観察しやすい所に置いたとしても臆病な個体なら10分や20分は平気で貝殻の中に引っ込んだまま。
これはキツイ。
陸上ならその気になれば何時間でも粘ることができるが、限られた潜水時間の中で「待つ」という行為を取るには勇気ある決断が必要になる。
タンクに詰めた圧縮空気はけっこう高価なのだ。
それ以前にヤドカリとの根競べの果てにエア切れで溺死・・では、洒落にならない。
魚や貝の死骸でも落ちていれば、昼間でもヤドカリが群がっている光景を観察することができるが、そんな機会はめったにあるものではない。
記憶にある限りそんな場面に遭遇したのはたったの2回きり。
ちなみにアオリイカが魚を捕らえる瞬間は3回目撃したことがあるから、ヤドカリの採餌シーンに遭遇するのがいかに稀なことかが分かると思う。
ダイバーの目はカエルと同じで派手な動きには敏感に反応するが、動きの少ないものは見えないのだ。(私だけかもしれないが(^^;)

波打ち際に棲むホンヤドカリやケアシホンヤドカリの観察も、一筋縄ではいかない。
彼らは昼間でも盛んに活動するから、岸辺にしゃがんで海中を覗き込んでいれば採餌シーンはわりとよく見られるし、真冬に根性で磯に出れば繁殖行動が見られるかもしれない。
しかし水中の生き物を水上から眺めるのは、手袋をはめて宝物を撫でまわすようなもので、今ひとつ頼りなくて物足りない。
やっぱり、好きなものは素手で触りたいし水中の生き物は水中で眺めたい。
ところが数十センチの水深しかない所に潜るのは至難の業、スノーケルをくわえて磯に寝そべっていれば波に揉まれて全身血塗れになることは必至だ。
岸辺の波をなめてはいけない。
自慢ではないが、以前水深50センチほどのところで、脱ぎかけのウエットスーツが両足に絡まったまま波に呑まれて溺れかけたことがある(^^;

とにかく自然の中でヤドカリを観察するのは大変なのだ。
捕まえるのは簡単だが(笑)

というわけで、リビングにヤドカリ水槽があるというのは非常に意義が深い。
ホンヤドカリは横から見ることができるし、ベニホンヤドカリやケブカヒメヨコバサミの動きや細部のディテールをじっくりと観察することもできる。
しかも生乾きのウエットスーツを着なくてもいいし、14kgもあるスチールタンクを背負うこともない。
酒だって飲める。
「ヒト」は水中生活に適応して二足歩行を獲得し体毛を失ったと力説する研究者もいるそうだが、それは嘘だと思う。
どう転んでも、我々「ヒト」は陸上生物なのだ。

もともと我が家の水槽は、ヤドカリなど身近な無脊椎動物が主役の「磯インバテタンク」というコンセプトでスタートするつもりだった。
ところが初心者の哀しさ、派手に泳ぎ回るネクトンが居ない水槽では何となく物足りなくて、立ちあげ早々から魚を投入してしまった。
当然、機動性で勝る魚がベントスのヤドカリたちを押さえて主役の座につく結果になった。
あれから3年・・。
我が物顔で暴れまわったハゼドンやチビ銀はすでに鬼籍。
代わって主役の座についたのが存在感充分のベニホンヤドカリ。
長い回り道だったが、ようやく我が家の水槽もヤドカリの海になった。
魚たちに邪魔されることなくのんびりと餌をつまむヤドカリたち、そんな姿をのんびりと眺めている時間がちょっと嬉しい今日この頃。


サザエに群がるヤドカリ・・ではなくこれはレイシガイ。
集団で生きたサザエを襲ったのか、死んだサザエを見つけたのかは知る由も無いが、凄惨な光景だった。
  撮影地 越前海岸沖水深10m



ヤドカリ水槽の主役ベニホンヤドカリ、通称ベニーさん。
だいぶ水槽に馴染んできたようだが、相変わらず昼間はあまり出てこない。
それでも圧倒的な存在感を醸し出しているのはさすが。
その陰性の性質はオカヤドカリにも通じるものがあるが、大きく違うのはその食欲。
とにかくよく食べる。
小粒のアサリなどは一匹で完食してしまうほどだ。
好物は白身魚やアサリ、それにクリル。
赤身魚やイカはあまり好きではないようだ。
ほぼ肉食性のようで、海藻を食べている姿は見たことがない。

海中でヤマトホンヤドカリを手にとって見ると鉗脚(鋏脚)の掌部が細長い個体とずんぐり丸い個体がいる。
今までこれは性差ではないかと思っていたのだが、鉗脚の細長い個体はベニホンヤドカリだったのかもしれない。
彼らを良く見かける水深域では、赤色があまり発色しないので2種を見分けるのは非常に困難だが、一度確認してみる必要がありそうだ。




魚肉に群がるケブカヒメ軍団。
同族意識が強いのか3匹一緒に居ることが多い。
体の割りに大きな貝殻を利用するので、動きは鈍くのんびりとした印象を受けるが、性格は陽性で物陰に隠れることはないし、脱皮も砂上で平然と行う。
自然下でも、岩肌を石灰藻が覆っている様な開けた海底に多く見られ、ダイバーが近付いても岩にしがみついたまま貝殻に身を隠すだけで、ヤマトホンヤドカリの様に物陰に逃げ込むことはない。
宿貝として良く利用する、コシダカガンガラやレイシガイになりきっているのかもしれない。
その擬態に何の意味があるのかは良く分からないが(笑)



仲良くクリルを食べるケブカヒメヨコバサミとユビナガホンヤドカリ。
磯のヤドカリと干潟のヤドカリ、水槽ならではの2ショットだ。



元主役(?)のホンヤドカリも老衰で死んだりハゼどんと刺し違えたりで淋しくなったので、小ぶりの個体を2匹補充した。
古株連中に比べるとかなり色黒。
水生生物(に限らないが)の表皮の色素胞は、光(主に紫外線)を体内に通さないためのものであるから、まともに太陽光を受ける潮干帯に生息し日中に活動するホンヤドカリが色黒になるのは必然。
古株の体色が淡いのは蛍光灯の弱い光にさらされ続けた結果、いわゆる水槽ボケだろう。
色落ちして青くなったホンヤドカリも、それなりに風情があるものだが・・

ゆんたく部屋(BBS)でも話題にした、謎の稚ヤドカリ。
一時は魚の餌に投入したナキオカヤドカリのゾエアの生き残りではないかと期待したのだが、円筒形の眼柄、櫛状の第2触角、関節部分の斑点などの特徴からして、どうやらケブカヒメヨコバサミかブチヒメヨコバサミの亜成体だと思われる。
それにしてもどこから入ったのだろう?
考えられるのは、末期ゾエアか貝殻を背負う前のグラウコトエの状態でアオサについてきたという可能性。
それとも、水槽内で放幼されたゾエアが育ったのだろうか?
そうだとしたら、ちょっと嬉しい。

「おいおい、ボクはまだいるよ!」

魚が相手なら果敢に向っていく猛魚ソラスズメダイだが、ヤドカリに対しては不思議なほど無関心。
基本的に底に沈んだ餌は食べないので、ヤドカリの食事を邪魔することもない。
ヤドカリにとっては無難なタンクメイトだろう。
底砂を堀まくるのは困りものだが・・
2007.9.8

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