天国か地獄か…〈Page.2〉




 アリオスは、服を着たまま、シャワーのコックを目一杯捻った。
 滝のように打ちつける冷たい水の下で、引き返せないほど昂ぶった自身をきつく扱き上げ解放を促す。
 先程の緋色の髪の男の媚態を思い出しながらの自慰は、腰から背中にかけての痺れるような快感をアリオスに齎した。

「んっ……ぁ…んんっ…うっっーー!!」


 荒い息を吐き出しながら、シャワーの水に流れる己の白濁した体液を、アリオスは半ば呆然とした状態で見つめていた。

 ――自分が何をしたいのかが分からない。

 アンジェリークに魅かれていく自分に歯止めをかけるため、オスカーを利用しようとしているのか、それとも純粋にあの男の身体が欲しいのか…

 オスカーの喘ぎに煽られ、否応なしに昂ぶっていった自分の身体を思い出す。
『抱きたい』それは紛れもない事実。

 では、その目的は?

『彼奴を快楽に狂わせることが出来れば、己の有利にコトが運ぶ…から?』

 ――それでいい。

 アリオスはようやく自らが納得する答えを見つけ、なぜか安心したようにバスルームのドアを開けた。


 部屋へ戻ると、すでに明かりは落とされ、オスカーはアリオスに背を向けるようにベッドに横になっていた。
 寝た振りをしていることは気配から分かる。
 オスカーの方も、バレていることは承知しているのだろう。試しにアリオスが近づくと、背中にあからさまなほどの緊張を走らせる。
 警戒心を張り巡らすその様子に、アリオスは苦笑する。
『初めて男にイかされたんじゃ…まあ仕方ねぇな』
 そう心の中で呟きながら、アリオスの視線は、執拗にオスカーの全身を這い回る。
 シーツから見え隠れする白いうなじに視線が止まると、アリオスは再び己の中心に灯がともるのを感じた。

 ――この男に、なぜ自分はこれほどまでに反応するか?

 アリオスは軽くかぶりを振る。
 旅の目的は、あくまでもアンジェリークが持っている蒼いエリシア、そして来たるべき決戦のために戦力を少しでも削いでおくこと。それ以外にはない。
 オスカーのことも、そのための策略の一つに過ぎない。

 そう自分に言い聞かすと、アリオスはオスカーから視線を外し、身体をベッドへ横たえた。


 不気味なほどの静寂の中、低い天井を見つめながら、今夜、強引にオスカーを抱かなかったことを、アリオスは後悔し始めていた。
 それが熱をもって疼く身体のせいなのか、それとも本来の“目的”のためなのか、自分でもはっきりと判断がつかぬまま『緋色の髪に触れたい』と願う己の誘惑と戦い続けた。



 次の日、オスカーはオリヴィエに今夜の同室を打診した。
 勘の良いオリヴィエは、アリオスと自分との間に何かを感じたようだったが、「じゃ、今夜は夜通し酒盛りだね〜☆」と冗談めかして、承諾の意をオスカーに伝えた。
 オスカーは内心ホッとした。理由を聞かれたところで、正直に答えられるはずはない…


 二日目は、一人部屋が与えられた。
 繰り返されるノックの音を、オスカーは頑なに無視し続けた。


 三日目は、部屋割り担当だったゼフェルに、久しぶりにクジ引きで決めたらどうかと提案した。
「めんどくせぇ」と言いつつ、ゼフェルは趣向を凝らしたクジを作り、その場を大いに盛り上げた。
 結果、オスカーとティムカが同室に決まり、ジュリアスが“ゼフェル”のクジを引き当ててしまったため、オスカーは暫くゼフェルに恨まれる羽目になった。


 四日目は、前日が大盛況だったので、再びクジ引きになった。担当はマルセル。
 結果は、オスカーとヴィクトールとチャーリーが三人部屋となり、オリヴィエの「大男三人がむさ苦しいわね〜」の一言が大いに笑いを誘った。
 皆の笑い声が響く中、アリオスの同室がリュミエールだと言うことに、オスカーは一人表情を曇らせていた。
 不意にアリオスと目が合った。自分を射ぬくような碧色の瞳…
 今夜、アリオスがリュミエールを抱く光景を、一瞬でも想像してしまった自分を見透かすかのような視線に、オスカーはたまらず顔を背けた。
 その動揺は、明らかにアリオスにも伝わった。


 表面上は何事もなく過ぎていったが、アリオスとオスカーの間に張られた緊張の糸は、すでにギリギリの状態に来ていた。どちらかが少しでも動けば、呆気なく切れてしまうだろう。

 それでもオスカーは、自ら何らかのリアクションをアリオスに向って起こすことをためらっていた。
 自分自身の気持ちを計りかねていたからだ。
 男性同士の恋愛に偏見を持っているわけではない。今まで自分には必要のない感情だっただけで、本当に好きになれば性別などたいした問題ではないだろう。
 しかし、そんな場合でも、やはり自分は抱く側に身を置くことしか想像出来ない。それは男としての当然の本能だ。
 その本能に逆らってでも、抱かれる側に立つのなら“好き”以上の感情が必要になる。


『その感情を俺は彼奴に抱いているのか…?』そのことが分からない限り、オスカーはアリオスを避け続けるしかなかった。