「ゼロブレイクーー!」
アリオスが技を放つ。
その傍らで、オスカーがアリオスの攻撃から漏れた敵を、“緋色の衝撃”で片づける。
はたから見ても、見事なコンビネーションである。
まったくと言っていい程共通点のない二人だったが、何故か初対面の時から気が合った。
片や誰に対しても仏頂面、もう一人は歯の浮くようなセリフが板についている根っからのフェミニストなのに、である。
敢えて共通点を見つけるならば、剣の腕、酒好き……ぐらいなものか。
しかし、剣の腕ではヴィクトールも負けてはおらず、酒の強さも、あるいは両者を上回るかもしれない。
それでもアリオスは、より年齢の近いヴィクトールではなく、6歳も年下の(守護聖には実年齢はあってないようなものだが)オスカーと、まるで何十年来の親友のように打ち解け合った。
皆は一様に不思議に思ったが、二人が並んで歩くのを見るにつれ、“ある意味”納得するに至った。
サマになるのだ、二人で居ると。女性達の黄色い声が、今にも聞こえてきそうなくらいに……。
十七人もの大所帯での移動なので、一人一部屋で宿をとるのは難しい。大きな街ならばそれも可能だったが、大抵は小さな町で休むことが多いので、必然的に誰かと“相部屋”と言うことになる。
紅一点であるアンジェリーク以外の男性陣は、二人部屋、三人部屋へと割り振られる。クジで決める時もあるが、話し合いで決まることの方が多い。
そうなると何となく周りの者たちは、この二人、アリオスとオスカーに対して遠慮が働き、結局いつも二人は“同室”だった。
「ほら、風呂が空いたぜ。さっさと入れよアリオス」
バスタオルを腰に巻き付け、濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、オスカーはベッドに寝転がるアリオスに声を掛ける。
枕に顔を埋め、何の反応も示さないアリオスを不信に思いながら、オスカーはもう一度声を掛ける。
「アリオス、風呂だ」
「………」
やはり反応はない。
昼間、海辺で休息を取った時には、アンジェリークをからかいながら楽しそうに笑っていたはずだ。
いつもの皮肉めいた笑みではなく“幸せを噛みしめてる”とでも言うような、滅多に見られない柔らかな笑顔だった。
そんな二人の楽しげな様子を、オスカーは遠くから複雑な面持ちで眺めていたのだ。
そして、ある一つの結論に達した。
『あの二人は魅かれ合っている』
あの時アリオスは上機嫌だたはずだ。それなのにこの変わりようは何なんだ?
顔が見えないため、表情からは伺い知ることは出来ないが、明らかに気分は暗く沈んでいる。いや、苛立っている……?
「アリオス、どうしたんだ?」
オスカーはアリオスの寝ているベッドサイドに腰を掛け、肩に手を置き、軽く揺すった。
「アリオス!?」
アリオスは突然身体を起こし、オスカーを押し倒して組み敷いた。呆然とするオスカーにアリオスは唇を重ねる。
「…んっん…っ」
何とか唇を外そうと動くオスカーの顔を、アリオスは両手でがっちりと挟み込み、体重をあずけて身体の動きを封じる。
舌を絡み取り痛いほど吸われ、その息苦しさに、オスカーの目尻に生理的な涙が浮かび始める。
「ぁ…ん」
ようやく唇を解放され、荒く乱れた息の中、アリオスに対して上げた抗議の声は、痺れるような愛撫によって、甘い吐息に取って代わった。
アリオスは舌で胸の先端を転がし、軽く甘噛みする。掌はオスカーの身体を隈無く這い回りながら下へ下へと移動し、バスタオルの合わせ目に割って入った。
「んっーー!!」
敏感になった身体の中心を握られ、オスカーは背中をしならせる。
「やっ…め……」
「やめていいのか?こんな中途半端な状態で…」
アリオスの挑発的な声に、オスカーは腕を伸ばして抵抗するが、与えられる快感の強さに思うように力が入らない。
オスカーは唇を噛みしめる。男に触られて、否応なしに昂ぶられていく自分の身体が信じられない。こんな自分は自分ではない……。
しかし、同性がゆえの的を射たアリオスの愛撫は、次第にオスカーの思考を溶かし始める。
体液の粘り着く淫猥な音だけが静かな部屋へと響き渡り、二人の聴力を支配していた。その音が、アリオスが齎す強い刺激と共に、オスカーを絶頂へと急速に追いつめていく。
アリオスに扱かれているオスカー自身が、解放を求めより大きく膨れ上がった。ついにオスカーは自身の限界を感じる。
「もっ…イ…あっああ!!」
甘い声で嬌声を発し、とうとうオスカーはアリオスの手に白濁した己の精を解き放った。
重い身体を引きずり起こし、息を整えながらオスカーはアリオスを睨みつける。
「……何故、こんなことをした」
オスカーの動きに攣られて身を起こしたアリオスは、己の手に絡みついたオスカーの精を、これ見よがしに舌で搦め捕った。
オスカーの全身が羞恥に赤く染まる。
「抱きてぇ……」
思いもしないアリオスの言葉に、オスカーの目は驚きに見開かれる。
しかし、目の前にいる男の真剣な眼差しは、今の言葉が冗談ではないことを悟るには十分だった。
オスカーは、らしくもなく人前で動揺を露にする。
「俺は……、男だ」
「知ってる」
そんなことはどうでもいいかのように、アリオスは答える。
「冗談はよせ」
「冗談で言ってんじゃねぇぐらい、お前にだって分かるだろう?」
「俺はゲイじゃない。アリオス、お前だってそうだう?」
オスカーは、昼間見た海辺での光景を思い浮かべながら、確信をもってアリオスに訊ねる。
「ああ、そうだな。俺もゲイじゃない。でも男が初めてってわけでもねぇ」
予想外のアリオスの告白に、オスカーはさらに動揺を深めた。
「今まで抱いた男は、線の細い女みたいな奴ばかりだ。あのリュミエールやセイランみたな、あんな感じだ。ここまで男々した奴は、さすがに抱いたことはねぇな」
舐めるような視線に堪えきれず、オスカーはアリオスから顔を逸らした。
「だったら、何故俺なんだ」
「抱くのに理由なんかいるのかよ」
拒絶すればいい。ただそれだけのことなのに、オスカーはそれが出来ずにいた。
『さっきイかされたのは、無理やりだった』
自分のプライドを守るための言い訳なら幾らでもある。それでも、拒絶の言葉が口から出てこない。
アリオスの愛撫に嬌声を上げた身体以上に、今の自分の心がオスカーには理解出来なかった。
「……少し時間を…くれ」
オスカーの言葉に、今度はアリオスの方が驚きの表情を見せる。当然、拒絶されるであろうと予想していたのだ。でも予想は裏切られた。
そうなると、今夜、無理矢理コトに及ぶのは躊躇われる。
「わかった。だが、あんまり待ってはやれねぇ。早々に覚悟を決めてくれ」
言って、アリオスはバスルームへと向かった。
一人ベッドに取り残されたオスカーは、答えの出せない胸苦しさを抱え、眠れぬ夜を幾日も過ごすことになる。