「あなたはあの事故のあと、目覚めることなくすぐにここにやってきたのです」 う・・そだろ?俺が?俺が死んだ・・・!? 彫像のように、身じろぎもせずそこに立つ。 ――あなたはもう死んでいるのです――。 おっさんの言葉が頭の中でこだまする。 死んでいるだって――!? 信じられなかった・・・いや、信じられるはずもなかった。 「死」という言葉。 今まで過ごしてきた場所に、自分が存在していないという恐怖。 「あなたにはお気の毒なことですが、これは事実なのです」 淡々とした口調を変えず、ただ用件だけを述べているといったようなおっさんか ら嘘偽りは感じられなかった。 でもそんな現実を認めることなんてできない――だって、俺には感覚がある。 「俺はちゃんとここにいる――!」 生きている時と何ら全く変わっちゃいない。 足だってあるし、手を動かす事だってできる・・・こうして、話だってできるじ ゃねーか! 確かに妙な所にいるけど、死んだ感触なんてどこにも――!! 「あなたは死んだのです――」 目を閉じてペタンと床に座りこむ。 ・・・そう、これは現実だ。 俺が死んだのは真実。 でも。それでも、叫びたかった・・・無性に叫び出したかった。 こんなことは嘘だ、夢なら早く覚めてくれ。 誰でもういい・・・笑いながら悪い夢でも見たんだよ、冗談だよとそう言ってく れ・・・親父、おふくろ、青子・・・新一!! 口を開いたところで、言葉になんてならない、ただの悲鳴しか出せなかったとし ても。 だけど、俺は気づいてしまった。 ・・・心臓が鼓動を止めていることに。
「・・・しかし、あなたの勇気ある行動によって、掠り傷を負うはずの子供は無 傷、本来ここへ来るはずの猫の命も助かったのです。身代わりとなってしまった あなたには辛い結果となりましたが・・・」 耳に入ってきたおっさんの声に、俺はぱっちり目を開けた。 「時々いらっしゃるのですよ。あなたのように、定められた運命時間よりも早く 、ここへと来てしまう人が・・・」 「――なんだって――?」 おい、おっさん、今なんて言った? き捨てならないセリフに思わず立ち上がる。 「でも、安心してください。天の国は、それはそれは素晴らしい所。あなたもき っと・・・」 「ちょ、ちょっと!」 「なんですか?」 「今、なんて言った?」 間髪いれずにそう言って、俺はおっさんの両肩を逃げられないようにガシッと掴 んだ。 「ですから、天の国の素晴らしさを――」 「違う!その前に言っただろ、身代わりとかなんとかって!!」 もし回りに人がいたらさぞかし近所迷惑だろうなぁ、と自分でも思うくらい大き な声を出して、おっさんに迫る。 おっさんは俺の剣幕なんてどこ吹く風で、語り出した。 「人にはあらかじめ定められた運命というものがあり、生まれた時にはもうすで にいつ死ぬのか・・・つまり、いつここに来るのかが決められています。その生 まれてからここに来るまでの時間を、運命時間と私たちは呼んでいます」 「運命時間・・・」 「あなたの場合は、決められていた時間よりも早く、ここに来てしまった・・・ あなたの運命時間は、まだ随分残っていたのです。けれども、あの事故によって あなたは死んでしまった」 「あの事故は本当は起こるはずじゃなかったってことか?」 俺の質問に違う、と首を振る。 あの事故は――正確に言えば五日前の事故ですが、と前置きを述べたあと、 「定められた運命ですと、あなたはあのまま横断歩道を渡って何事もなく目的地 につき、猫を負って道路に飛び出した子供は擦り傷を負って、猫はトラックに撥 ねられて死ぬはずだったのです」 「――え――?」 「あの事故で死ぬのはあなたではなく、猫のはずだったのです」 「――っ!!」 俺は本当ならまだ生きているはずだったのか? 「俺は猫の代わりにトラックに――?」 「いいえ、違います。あなたはうまく車を避けて子供と猫を助けましたが、子供 が雪に足を取られて道路に飛び出した時の勢いを殺しきれずに、電柱にぶつかり そうになったのを身を挺して守ったのです」 ――そうだ、あのままだと子供が頭を強打するのは間違いないと思って、勢いを 利用して、とっさに子供と体を入れ替えた・・・。 死ぬかもしれないとか恐怖とか、そういうことは一切思考の中になくて、ただ、 胸に抱えた猫と子供が怪我をしないようにということだけ考えて。 「これもあなたの運命・・・あなた自らが変えてしまったあなたの運命といえる かもしれませんね」 おっさんの言葉が身に染みる。 俺が変えてしまった自分の運命は誰のせいでもない――もしいるとしたら責めら れるべきは自分自身。 「じゃ、行きましょうか」 おっさんが声をかける。 そっか・・・行くのか、とうとう天国に・・・。 悪いことをしたら地獄行きだっていうし、怪盗なんてやってる俺は死んだら絶対 地獄だと思ってたけどな。 「あなたの行きたいところはありますか?」 「え?」 「下の国です。最期にもう一度見ておきましょう」 「え?おい、ちょっと!」 おっさんは急に回れ右をして、すたすたと歩き出した。 「おい、おっさん、待てよ!」 右も左もわからない白く煙る霧の中、うっすら消えかかるおっさんの後姿を俺は 追いかけた。 〈1〉〈2〉 高藤さまから3話目を頂きました。ありがとう〜〜! 自分の死がアクシデントだったと知った快ちゃん!
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