――運命――。 人の意思に関わりなく、めぐり来る幸、不幸。 ときとして、この運命ってヤツは、神様がニコッと微笑んだだけで、簡単にかわってしまう、そんなもんなのかもしれない。 そして俺、黒羽快斗の場合は――。 まさしく俺の意思にかかわらず、けれど俺自らの手によって――。 とんでもない方向へと転がっていってしまった。
キーンコーンカーンコーン・・・本日の授業終了を告げるチャイムの音。 クラス委員の号令も無視して、俺は鞄片手に席を離れ、教室うしろのドアへと直行する。 遊びの計画を立てている奴らに話し掛けられると、俺の意思もほとんど聞かずに面子に入れられるのはわかっていたからだ。 素直じゃないお姫様をやっと口説き落とした俺は、遊んでいる暇なんてない。 それでなくても姫は警察からのデートのお誘いに忙しいんだから、少しでも長く傍にいたい俺としては、こういうちょっとした時間を詰めるしかない。 真面目な恋人は、大した理由がなければ学校をサボるのを許してくれないから。 「あら、黒羽君。今日もアレなの?」 ちょうどドアの手前に立っていた、小泉紅子に呼びとめられた。 紅子は赤魔術というやつの正当な後継者で、推理以外で俺のキッドの正体を暴いた人物がだ。 眉唾物なんかではない、正真正銘、本物の魔女。 最初の頃は魔法で俺の心を手に入れる、とかなんとか言ってたが、俺の恋人を見て、諦めたらしい。 今では、公私ともに相談に乗ってくれる良いやつだ。美人だし。 ――で。”アレ”というのはバイトのこと。 キッドの仕事以外で俺がバイトをするのは、これが初めてだった。 「いや、バイトは昨日で終わり」 「じゃぁ・・」 「ああ。やっと資金も貯まったから」 「彼、喜んでくれるといいわね」 「そうだな」 紅子の言う”彼”こと、工藤新一は、なにを隠そう、俺の恋人。 同性で恋人ってのは世間一般的に見れば変かもしれないけど、俺はどうしても新一がよかった。 ――出会ったのは、月の綺麗な夜だった。 日本警察の救世主とまで言われるあいつは、自信作だった暗号入りの予告状を完璧に解き、焦る内心をポーカーフェイスで隠した俺に澄んだ蒼い瞳を向けた。 泥棒に対する侮蔑も憎しみも、一切感じられない、ただ不敵な光を瞳に宿して、それなのに眼差しは呆れるくらい純粋で真っ直ぐ。 心が呪縛された瞬間だった。 恋愛感情に鈍い新一に、正体を晒してまでアタックし続け、泥棒の腕に抱かれることを許してくれた時の歓喜。 「・・・黒羽君。思い出に浸っているところ悪いけれど、早く行かないと白馬君と青子さんに捕まるわよ」 「そうだった!じゃーな、紅子」 「黒羽君!」 慌てて教室から廊下に飛び出すと、引き止めるように紅子が言った。 「なんだよ、紅子?」 「・・・・・気をつけてね」 「?ああ」 なんだか神妙な顔つきの紅子に、キッドのことでも言ってるのかと思いつつ、俺は颯爽と昇降口に向かって駆け出した。
クリスマスソングの流れる街中を、わき目も振らずに目的の店へと走る。 「ありがとうございました」 恋人に贈るからと、綺麗にラッピングしてもらった、手のひらに入るくらいの小箱。 中には、学校帰り、ジュエリーショップのショーケースを何の気なしにひょいと覗いて、一目で気に入った蒼いリングが入っている。 天然石でかなり純度が高く、小指の爪に乗るほどの大きさしかないのに、かなり値の張る石だった。 新一喜んでくれるかなー・・・。 「あれ?白馬じゃん。・・・ん?なんで新一もいるんだよー!!」 また事件のことなのか!?白馬のヤロー、なにかあるとすぐに新一を頼りやがって! 「新一!」 「あ、快斗」 「おや、黒羽君」 思いっきり迷惑そうな顔をしながら白馬が俺を見る。 ・・・なんだよその目は。新一の隣は100000万年前から俺のもんって決まってんだよっ!! 「どうしたんだ、二人とも?」 突然始まった俺と白馬の無言の睨み合いの中に、理由はわからなくても、取り成すように新一が割って入る。 まったく、新一が俺のもんだってことが、イギリス帰りのその優秀な頭にはインプットされねーのかよ! もー、頭にきた。見せ付けてやる!!! 「・え?・・う・・んっ・・」 真昼間の路上でディープキス。 もちろん、商店街は過ぎてとっくに住宅街に入っちゃってるから、野次馬もいない。 共働きの家が多いから、この時間はまだ留守のとこがほとんど。 つまり、目撃者が出ない。観客は一人だけ。 「・・・う・・・ん、はあっ・・・」 俺はようやく唇を離した。 勝ち誇ったように視線を送れば、白馬は茫然自失。 へっ、ざまーみろ!! 「なにすんだよ、こんなところで!!」 いてっ!! 銅像の様に直立不動で固まっている白馬を引きずりながら、無言で去っていく新一を見送る。 新一の平手を受けて真っ赤になった頬に、風によって宙に巻き上げられた粉雪が触れその熱さに溶けて消えた。 本当は追いかけたかった。でも、新一の背中が拒否をしてる。 「あんなに怒らせちゃって。いいのかしら?」 耳もとで声がした。 「紅子!?」 いつのまにか俺のうしろに紅子が立っていた。 「このままじゃせっかくのクリスマスが台無しになってしまうわよ」 まったく、あなたは・・・と、額を押さえる。 「なんか用かよ?」 紅子の、全くしょうがない人ね・・・とでも言いたげな表情と仕草が癪にさわり、平静を装う。 「別に。通りかかっただけよ。それよりも、追いかけなくていいの?」 「いいよ、別に。この分じゃ行っても追い返されちまう。それに、クリスマスまではまだ一週間以上あるんだし、許してもらえるように、日々努力致しますよ」 紅子に・・・というよりも、自分に言い聞かせるように俺は喋る。 紅子は真意を探るような目つきで俺を見ていたが、それを振り切るように、努めて俺は明るく振舞う。 「おっと、もうこんな時間だ。じゃーな、紅子」 腕時計が示している時間に、俺は走って帰る事を決める。 「――黒羽君」 「ん――?」 紅子は、神妙な顔つきで俺を呼びとめた。 「あなた――」 「なんだよ、紅子」 紅子は、いつもの彼女らしくないどこか不安そうな顔で、眉根を寄せ、それでもしっかりと俺を見た。 「――黒羽君――あなた、気をつけなさい――」 「え――?」 思わず聞き返した俺に、 「あ・・・・・いえ――、なんでもないわ」 すぐに首を横にふると、今度は少し笑った。 「――工藤君――、工藤君と早く仲直りしなさいね」 「ああ。わかってるよ。じゃーな」 少しずつ後ずさりながらそう言って、俺は紅子に背を向けた。
コチコチコチ――。 時計の音がやけに気にかかる。 俺はベッドの上に寝転んだまま首だけ動かし、壁に掛かっている時計に目をやった。 ――3時半か・・・・。 なぜか目が冴えて眠れない。 紅子・・・変だったよな。 それに、やっぱり新一のことが気に掛かる。 期末テストも終わり、今日から試験休み。 22日の終業式までは、学校は赤点を取った者、部活がある者だけが行けば良い。 ――新一に会いたい。 会いにいこうかな。 あんな別れ方をしたのも気になるし。 全く、白馬があそこにいなければ!! ・・・・いや、本当は俺が悪いんだけどさ・・・。 新一が白馬のことをなんとも思っていないのはわかってる。 同様に、服部のことも。 距離的に、住んでる場所が服部より白馬の方が近いから、なにか事件が起これば白馬が新一の傍にいるのが多いのもよくわかってる。 大人だらけのなかに一人でいるよりは、相手が誰であろうと年が近い人間の傍にいたほうが、よけいな気をつかわなくてすむということも。 それでも、嫌だった。 これは完全に自分の我侭。 ・・・・・・はぁ。
「やばい!寝過ぎた!!」 ベッドから飛び起きた俺は、大急ぎで着替えをして部屋から飛び出した。 休みの日は、特別な用事がない限り新一の家で過ごすというのが、俺の日課だった。 好きになってもらう為には、少しでも多く俺のことを知ってもらわなければ!!ということから始まったんだけど、恋人になった今でもこれは続いている。 別に約束をしているわけじゃないから、行っても行かなくても俺の自由なんだけど、やっぱり俺としては、昨日の出来事の反省の意味も込めて、新一を喜ばせてあげなくちゃ。 脱兎の如く階段を駆け下り、玄関へと急ぐ。 白いコートを掴んでドアを開け、閉める前に奥にいるはずの母さんに大声を出した。 「新一の家に行ってくるから――」 気をつけてという声を尻目に、俺は雪道を走り出した。 夜通し降った雪は結構な量。 水気を含んだ湿ったものではなく、さらさらと舞う粉雪は地面に落ちても、消えることなく降り積もっていったようだ。 「うー、西の空が真っ暗だぜ」 今にも降ってきそうな空を恨めしそうに睨めると、時々滑って転びそうになりながらも、米花町の通いなれた道を通って新一の元へと急ぐ。 ふわ・・・・ふわ・・・。 綿雪が舞い落ちてくる。 げっ、降ってきやがった! 舌打ちする俺をあざ笑うかのように、舞い散る雪は量を増し、勢いを増す。 心なしか風が出てきたようで、お願いだから、家に着くまでは吹雪にならないでくれよと祈りつつ、進む。 前方の交差点、雪に霞んだ信号は赤。 ここを過ぎてしまえば、あとは直線。 信号待ちしながら、俺はぼんやりと車の波を見ていた。 長いことで有名なここの信号は、きっちり3分待たなきゃいけない。 そろそろかなと意識を前に戻した俺は、あるものに意識を奪われ、赤信号に飛び出した。 その直後――。 キキキキ――!!ガシャ――ン!! ピーポー・ピーポー・・・・・・・。 ――俺の意識はブラックアウトした。
――長い長ーい夢を見ていた。 遠くで笑って手を振る新一。 そこに向かって走って行くのに、ちっとも新一の姿は大きくならない。 どんなに足を動かしても、どんなに速く走っても、新一の元にはたどり着かない。 それどころか、あたりに立ちこめてきたモヤが、段々と新一の姿を隠していく。 「新一――!!」 俺は何度も何度も新一の名を呼んでいた――。
「――ふぁーあ、ん――っ、ん?」 ぐっすり寝ていたようだ。 大きく伸びをすると、あくびをしたあと目を開けて、首をかしげた。 俺、新一の家に行く途中じゃなかったっけ?? なのに新一の家で爆睡中? 「・・・・あれ?」 前後左右、360度見まわしてみても、何もない。 「ここはどこだ・・・?」 こんなところは知らない。 壁がない。テレビも机も本棚も、窓もなければドアもない。 現実を認識できるものがここには一つも存在しない。 「俺、夢でも見てんのか・・・?」 霧がかかったみたいに、なんだか頭がボーッとしている。 「新一・・・・」 自然に口から漏れている愛しい人の名前を、呪文のように繰り返しながら、ここに来るまで何をしていたのか、はっきりしない頭を働かせる。 新一の家に行こうとしてて、雪が降ってきて、そんで、信号待ちして・・・。 「そうだ!俺、まだ新一の家に着いていなか・・・・」 ふと気がついた。 俺は新一がくれた白いコートを着たままだった。 靴もはいたまま。 コートの中には、新一に贈るはずのクリスマスプレゼントが入ったまま・・・・。 「――ない!?] 念のためポケットというポケット全てを探してみたが、やっぱりプレゼントは見つからなかった。 「くっそー、なんで――あ・・・」 俺はようやく全て思い出した。 「俺、事故ったんだ――」
高藤さまから頂きましたvありがとうございま〜す! |