Just Lovers 4




 「ふうーっ、できたー!!」
 運動会のことなどをあれこれ話しながら、作業を続けること2時間弱。ようやく人数分仕上がったお花のヘアバンドの山を前に、篤矢は満足げな笑顔を見せる。
「いいのが出来ましたね。絶対みんな喜びますよ。あー明日が楽しみだ」
 そういってうれしそうに笑う、その瞳は、きらきらと輝いている。こんな時、自分もきっとこの人と同じ瞳をしているに違いないと、唯は思わずにいられない。
 最強のパートナー、でも、あまりにも自分に似過ぎている。「いいなあ、あんないい男とずっといっしょにいられるなんて、うらやましいですぅー」なんて、彼と接点のない赤ちゃんクラスで働く後輩たちには言われるけれど、そういった意味で、楽しいと感じたことは一度もない。逆に、去年彼と一緒に仕事をしていた先輩からは「正直言って、ときどきあの人ウザくない? ちょっと熱心過ぎるっていうか…」なんて、こっそり聞かれたこともあったけれど、ウザいと思ったことも一度もない。
 なんていうか、本当に、似過ぎているのだ。仕事に対する気持だとか、思いだとか、姿勢だとか。考えてみれば、唯自身、篤矢と同じような経緯でこの職場にやって来たようなものだった。

 唯のキャラクターを知らない大抵の知り合いは、彼女が彼氏を追っかけてこちらに来たと思っているようなのだけれど、実は、というか、当然ながら、そうではない。職場が恭平の住むところに近かったのは、単なる偶然に過ぎない。
 昔から恋愛以外のあらゆることに熱くなりやすい彼女は、「手に職をつける」つもりで、軽い気持で入った短大での保育の勉強にも、案の定、すぐに夢中になってしまった。実際に教育実習で子供たちと接してみて、「絶対にこの仕事がやりたい」という思いはますます強くなった。
 心を傾ければ傾けるほど、その成果が子供達の反応や成長となってダイレクトに帰ってくる、これほど面白い仕事は他にない、と…。だけど、折りしも世間は就職難の時代。「保母さん」らしくないシャープな外見や、はっきりとものを言い過ぎるキャラがわざわいしてか、地元ではなかなか仕事を見つけることができず、焦っていたところ、担当の教授が紹介してくれたのが、今の保育園だったというわけだ。

「場所は遠いけれど、きっとあなたにぴったりの保育園だと思うから」
 その時教授はそう言ったのだけれど、まさにその通りだった。面接に行って会った園長とは、あっと言う間に意気投合してしまった。相手がうんうんと聞いてくれるのを良いことに、今にして思えば青いことをあれこれと語ってしまった生意気な短大生を、あの時彼女がどう思ったかは未だにわからない。だけどその「やる気」をこそ買われたに違いないということは、ここで働き始めてすぐにわかった。
 新人であっても受身の姿勢は許されない、子供たちの笑顔を第一に、常に自分自身の頭で何かを考え、行動していなくてはならない。その代わり、少々冒険と思えることでも、それが子供たちのためになることと判断されたならば、どんどんやらせてもらえる。
 そう、仕事以上の何かを、保育士という仕事に求めていた彼女にとって、この職場はまさに、この仕事を天職だと感じさせてくれる場所だった。逆に言えば、仕事以外に大事なものがある者、仕事は仕事だと割り切って働きたい者にとっては、これほど大変な職場もないわけで、辞めていくものも少なからずいた。

 そんなこんなで3年半、気が付けば、入れ替わりの多いこの職場で、ベテランと言ってもよい存在となった自分がいる。
 そんな彼女だから、同じような志を抱いてここへ来た篤矢の気持はいつも、わかり過ぎるほどわかってしまうのだった。年少組を受け持っていた昨年度から、意気投合してあれやこれやとアイデアを出し合っては、時間を忘れたものだった。今年になって彼と組まされたのも、そのあたりを考慮されてのことに違いなかった。
 もちろん、その絆は恋とは違う。時には恋以上に熱くなるものであったとしても、それはあくまで仕事の延長線上でしかないもので、恋ではありえない。
 男としての彼は、むしろ唯にとっては苦手なタイプだった。恭平の持つ、のほほんとしたマイペースな空気に慣れた彼女には、誰もが憧れる篤矢の颯爽とした好青年ぶりはどうにも馴染めない。ついつい子供たちのことを熱く語って「ウザい」と思われたりするところや、意外に真っ直ぐで不器用なところなどには、むしろ好もしいものを感じるのだけれど。
 そんなさばさばとした気持で彼と接することができるからこそ、ふたりは誰もが認める「最強のコンビ」でいられるのかも知れなかった。


「今日もこれから、彼氏のところですか?」
 ようやくすべての作業が終わり、片づけをしながら、篤矢は笑って聞いた。もともとそのつもりでいたのだけれど、そう改まって聞かれるとなんだか恥かしい気がして、唯は赤くなって口ごもる。
「え…えーと、どうしようかなあ」
 どうもこの男には、弱みを握られてしまったような気がする。篤矢は涼しい顔をして、重ねてたずねた。
「どんな人なんですか? 唯先生の彼氏って…」
「どんな人…って」
 唯は焦って言葉を探す。後で思うに、歳はいくつだとか、どんな仕事をしているとか、そういうことを聞いていたに違いないのだけれど。
「一言で言えば…『癒し系』だと、思いますけど…」
 そう答えてしまって、しまった!!と思う間もなく、彼の笑いが爆発する。

「唯先生。それって若い女の子と付き合ってるオヤジの言い草ですよ。合ってるだけに面白れー!!」

 「合ってる」って、どういうことよ…と思わず憮然としたのだけれど、この人がこんなに笑うところを見たことがない、というぐらいの爆笑ぶりに、言葉をなくした。そんなに変なことを言ったつもりもないのだけれど…。
 唯にとって恭平は、どう考えても「癒し系」の彼氏だった。そばにいるだけで、なんていうか、ほっとする。ことさらに仕事のことを愚痴ったりしなくても、何気ないことをあれこれしゃべっているだけで、ささくれだった気持が自然と凪いでゆく。離れていても平気。だから「空気」ではない。だけど居てくれなくては困る。落ち込んだときに心を浮き立たせてくれる音楽のような、寒い夜にも暖かく彼女を包んで眠らせてくれる毛布のような、きつい仕事を終えて風呂上りに飲むビールのような…って、これはちょっと違うか…。ともかく恭平は、そんな存在だったわけで…。

 だけどそんなことを言えば言うほど、「オヤジ」な自分を露呈してしまいそうで、結局唯は何も言えず困った。なんだか悔しくなってしまって、
「真辺先生は、いないんですか? そういう人」
 と、一矢報いるつもりで訊ねてみた。篤矢はまだ、笑いが止まらないといった風で、さして動揺することなく答える。
「いません。3ヶ月前まではいたんですけど、ふられました」
 3ヶ月前…唯は思わず指を折って、その頃のことを思い出してみた。年長組の担当として、ふたりで仕事を始めて間もない頃。確か、そんな様子は微塵も見せず、嬉々として仕事に打ち込んでなかったっけ。
 彼がふられた理由が、なんとなくわかるような気がした。そしてますます、やっぱり他人とは思えないと、唯はなんだか複雑な感慨を抱いてしまう。

「『癒し系』…ですか。なんだか羨ましいです」
 ふと、真顔に戻って、独り言のように、篤矢はつぶやく。
 「癒し系」の彼氏を持つ唯が? 「癒し系」と呼ばれる彼氏が? 羨ましいって、どっちなんだろう。
 なんとなく気にはなったが、訊ねることは出来なかった。
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