Just Lovers 2




 初めてその顔を見たときから、「あ、こいつは恭平に惚れてるな」と、ぴんときた。唯が舞実に出会ったのは、短大を卒業し、就職のために上京してきてから間もない頃…。
 仕事帰りにふと思いついて寄った恭平の部屋で、ふたりはいきなり鉢合わせしてしまったんだった。

 といっても、修羅場…ってわけじゃない。人の良いキャラで通っている恭平の部屋は、常に大学の仲間たちがわらわらと集っている状態で、舞実はその中のひとりに過ぎなかったのだから。
 だけど、しっかりと彼の隣にくっついていたあの女の子の、かわいそうなぐらいショックで強張ったあの表情、唯は今でも覚えている。

 これほど自分の気持を隠そうとしない女の子も、珍しいものだわ。
 驚きよりも、不快さよりも、あの時唯の胸に生まれたのは、感心に近いそんな感情。
 恭平は…といえば、「あー、俺の彼女」なんて、いつものようににこにこ笑いながら、嬉しそうに唯のことをみんなに紹介したりして……。すぐ隣にある気まずい空気に気付きもせず、ましてや彼自身がその女の子に対して恋愛感情など微塵も持っていないことが、誰から見てもわかるだけに、唯はよけいに安心と同情の混じった複雑な気持を持て余すことになったのだった。
 思えばあの時の感情が、舞実に対してもうひとつ強くなれない、今の自分の立場を決定してしまったのかもしれない。

「ひょっとして、私のこと、みんなに隠してたの?」
 あの日、ふたりきりになってから、さすがに唯は恭平に尋ねずにはいられなかった。彼女の出現で、あの場はちょっとしたパニックになったから、自分の存在はどうやら彼の大学仲間には知られていなかったらしい。知っていたら、あの女の子もあんな顔をすることはなかっただろうし、自分も故なく悪者になったような気分を味わわずにすんだのだと思うと、少しばかり苛立たしくもあったから。
「いんや、隠してたわけじゃないけど……」
 恭平は動揺することもなく呑気に答え、唯も何となく、それ以上追及する気にはなれなかったのだけれど。

 その後、彼の仲間たちが異口同音に「いやー、そういえば恭平のやつ、彼女いるって言ってたけど、誰も信じてなかったんですよね」なんてことを言うのを聞いて、疑惑は晴れた。
 恋人がいることを、信じてもらえない男って…と思うと、少し情けない気もしたけれど、恭平を見ていると、わからないでもない。いつも淡々として、のほほんとしていて、要するに、遠距離恋愛なんて悲愴な状況とは、正反対のキャラなのだ。あまり詳細に恋人のことを語ることもなかったし、カノジョと言ってもそれほど深い付き合いではなかったか、いたとしても、離れているうちに自然消滅になったのだろうと、なんとなく思われていたらしい。
 かく言う唯自身も、故郷にいた頃は、「彼氏? いますよ」と正直に言っても、なぜだか信じてもらえないことの方が多かったから、人のことは言えない。要するに、似たものカップルなのだった。だから、恭平の置かれた立場や状況なども、なんとなく理解できてしまうのだけれど…。
 あの女の子は絶対に、恭平がカノジョの存在をわざと隠していたと思っているんだろうな。
 そう思うと、自分の責任でもないのに、なぜだか落ち着かない気持になってしまう、唯なんだった。



 その後の彼らとの付き合いの中で、だんだんわかってきたのは、恭平が決して舞実のことを単なる女友達のひとりとして扱っているわけではなく、それなりにスペシャルな、言わば親友格の存在だと考えているらしいことだった。
 唯がそばにいるようになってからも、彼は無頓着になんだかんだと舞実をかまっていて、カノジョとしてはそのことに不安を感じるべきだったのだろうけれど、そんな気になれなかったのは、やはり、幸か不幸か彼の気持の在りようが唯にはなんとなく理解できてしまったからだと思う。何も考えていないように見えても、恭平の中にはきちんと、恋愛と友情の区別が厳然としてあって、だからこそ、唯に対して遠慮したり、後ろめたさを感じたりしてないんだってことが……。
 どんなに仲良く見えても、彼が舞実のことを女の子として好きになることはありえないし、なるんだったら、離れている間にとっくになっているはずだった。だから、恭平の気持をあれこれ案じる必要なんてないことは、彼を見ていてすぐにわかったのだけれど。

 問題は舞実の気持だった。彼女はきっと、わかっていない。恭平のような男の子にとっては、時として友情は恋より大切なものになるんだってこと。同じ大学、同じ学科、ともすれば恋人よりも長い時間を一緒に過ごす舞実は、恭平にしてみれば「同じ言葉で話せる仲間」だった。好きな男のことを一生懸命理解しようとする一途な気持が、よけいに彼女を「友達として」特別な存在にしていたことは、皮肉としか言いようのないことだったかもしれないけれど……。
 だけど舞実は、わかってない。彼が自分を特別扱いしてくれるのは、多少なりとも恋愛感情があるからだと思っている。いや、そう信じたがってる。
 唯にはよくわからない感情なのだけれど、恋ってそういうものなのかもしれないと思った。本気で誰かを好きになると、見えるはずのものまで見えなくなってしまうものなのかもしれない。

 おかしなことなのだけれど、そこまで人を好きになれるあの女の子を、唯は敵ながらあっぱれと思わずにいられなかった。
 その反面、恭平の気持が決して変わらないことへの余裕と同情の気持もあった。
 そして、どうせ遠ざけることのできない相手なら、仲間になってしまおうという計算も、少しは働かなかったといえば嘘になる。

 ともかく様々な複雑な思いから、唯は結局どうしても、この恋敵の存在を、疎んじたりないがしろにしたりすることができなかったのだ。
 どちらにしても、大学や恭平の部屋に遊びに行くたび、彼女と顔を合わせることになるものだから、それなりに仲良くしないわけにはいかなかった。そうして話をする間柄になってみると、この女の子の素直さや人懐っこさ、自分にはない女の子らしさや、他人に対する屈託の無さなどが、不思議にしっくり来るように思えるんだった。
 舞実にしてみれば、これほどうっとーしい相手もいなかったに違いないが、抵抗を覚えつつも、つい流れに飲み込まれてしまう人の好さがまた、この女の子の弱点で……。
 そんなふうにして、この奇妙な三角関係は始まったのだった。

 その頃から今にいたるまで、この関係にプレッシャーを感じたことは一度もなかった、なんて言っても、彼女の場合、嘘にはならない。故郷の友人達が遊びに来たとき、ぽろっと舞実のことを話してしまい、「信じられない。私だったら絶対イヤだわ。そういうの」「それは絶対に、引き離すべきよ」なんて、口々に言われて、閉口したものだけれど…。
 だけど、本当にそうなのだ。おかしな話なのだけれど、舞実のことをなんとかしよう。恭平から引き離そうだなんて、一度も思ったことがない。彼女はそういう人間だった。正直言ってこちらへ来てからの3年間、それどころじゃない日々の方が多かったような気がするし…。

 恋なんて、唯にとって、それほどのものじゃない。何よりも大切にしたいもの、自分の生活のすべてをかけても惜しくないと思えるものが、彼女には他にあったのだから。
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