伝わった・・・?





 

第七話







結局な〜んにもなかったなぁ・・・・・・







薄暗闇の中、大志は眠れずに今日の出来事を反芻していた。
どっちの方向に寝返りを打っても、賢悟の姿はない。
賢悟はあれからすぐにロフトに引き上げてしまったのだ。
大志を引き止める際に見せた涙が嘘かのように、その後の賢悟はいつも通りそっけない態度だった。
本当はこれで大満足しなければならないのだ。
ほんの少し会えれば御の字だったのに、抱きしめることができたし、おまけに賢悟の涙まで見ることができた。
できることなら自分の前で涙なんて見せて欲しくはないけれど、やっぱりラッキーだったと思うのだ。
いつも冷静な賢悟が初めて大志の前で感情を露わにしてくれたのだから。







やっぱり・・・愛されてるって自信持っちゃってもいいのかな・・・・・・?







絶対的な自信はないけれど、そう思うことを許されるくらいは、賢悟も大志を好きでいてくれているはず。
もっと賢悟のことを知りたい。
今は離れているけれど、絶対に同じ大学に合格して、賢悟にもっと近づきたい。
大志はごろりと寝返りを打った。
同じ空間にいるはずなのに賢悟の姿が見えないのは淋しい。
ロフトっておしゃれで憧れていたけれど、今はその機能が恨めく思える。
同じベッドで眠りたいとは言わないまでも、背中でもいいからその姿を見ながら眠りたい。
こんなのじゃ寝顔すら見ることができないではないか。
ちょうどいい感じに冷房の効いた部屋は眠るには最適のはずなのに、全然眠気に襲われることもなく、大志は右に左にと寝返りを繰り返した。







どのくらい経ったのだろうか。
ようやくうとうとしかけた時、近くに何かの気配を感じ、大志は薄目を開けた。







ぼんやりと目に映るのは、ひとがた・・・・・・?
誰だろう・・・こんなところに突っ立って・・・・・・
「う、うわっ〜〜〜っ!」







驚いて上半身を起こすと、後ろ手をついて布団の上をお尻で後ずさる。
「おまえ、夜中にウルサイぞ!」
小さな声だけれどはっきりした口調は・・・・・・幽霊でも他の誰でもなく、賢悟だった。
「けっ、賢悟・・・さん・・・・・・?」
確かめるように問いかければ「他に誰がいるんだ」とぴしゃりと返される。
「ど、どうしたんですか・・・?」
問わずにはいられなかった。
レトロ感溢れる壁時計は3時を指し示すところで、布団に入ってから1時間ほどしか経っていない。
ロフトからは何の物音もしなかったから、賢悟はすっかり眠っているのだと思っていたのに。
大志の問いかけに賢悟は答えず、ただその場に突っ立ったままだ。
カチカチという時計の秒針がやけに大きく聞こえ、空気の流れも止まったかのような静寂さの中、ふたりの動きも止まったままだ。
ようやく目も慣れてきて、大志は下から賢悟の表情をそっと覗き見た。
「賢悟さん?」
立ち尽す賢悟との距離を嫌い、大志は膝立ちで賢悟に近づいた。
「う、うわっ!」
突然降りかかった重みに大志は尻餅をついたが、その重みをガッシリと受け止める。
首筋に絡み付く細く長い腕。
鼻孔をくすぐるのは同じシャンプーの香り。
突然のことに頭の中はパニクってはいるけれど、腕の中にあるのは・・・まぎれもない賢悟の身体だった。
な、なんで・・・・・・?
「賢悟さん・・・・・・?」
呼びかけると、さらに強く大志の肩口に顔を埋めてくる。
しっかり受けとめた手を、そっと滑らせ背中を撫でてみれば、賢悟はピクリと身体を震わせたが抵抗しなかった。
頭の中が少しずつ冷静になってくると、今度は心臓がバクバクと音を立て始めた。
同時に重なった身体は賢悟の鼓動も大志に伝えてくれた。
あ、賢悟さんもドキドキしてる・・・・・・
嬉しくなって抱き締める力をギュッと強めた。







「おれをひとりで寝させるつもりなのか?」







突然の、それはあまりに小さな囁きだった。
「えっ?」
「おまえはおれと同じ部屋で寝ていても平気なのか?」
この人・・・何言ってんだ・・・?
やっと冷静になれたというのに、大志の頭に賢悟の台詞がグルグル回る。
平気なわけ・・・・・・
「平気なわけない!」
大志はしがみつく賢悟の身体を自分から離すと向かい合った。
電気もつけないままの薄暗い部屋の中、目が慣れたといってもぼんやりとしかお互いの顔が見えず、表情までも汲み取ることができないのがもどかしい。
「平気なわけないだろ?おれ、賢悟さんのこと欲しいって思ってる。ココロも・・・カラダも・・・・・・欲しいって思ってるよ。おれ、賢悟さんのことすっごく好きなんだから」
言ったそばから照れてしまってこそばゆくなったが、表情がわからないのをコレ幸いと、大志は続けた。
「だけどっ、おれ、そういう駆け引きとかそういうの、全然わかんないし。あの時だってつい勢いでっ―――」
ケリ食らわされたし、と大志は小さく呟いた。
「あれはっ」
賢悟が慌てて否定する。
「あれはっ、ちょっと驚いただけだ・・・」
お互い気まずいのか、どんどん声が小さくなってゆく。
しばらく二人とも黙り込んだ。
本当に静かな部屋だ。物音ひとつ聞こえない。
どうしようと大志は悩んでいた。
スゴイことを言い放ったものの、行動に出てよいものなのかわからないし、アクションを起こすにしても、何をどうやってきっかけを掴めばいいのかもわからなかった。
賢悟は驚いただけだと言ったけれども、もし下手に手を出したりして再びケリを入れられたりしたらもう立ち直れない。
大志は慎重になっていた。
「駆け引きなんておまえに似合わない」
先に口を開いたのは賢悟だった。
「おれはおまえに恋愛の駆け引きだとか、そういうことを求めてなんかない」
「えっ?」
大志は顔を上げると、目を凝らして賢悟の表情をうかがった。
「おれ、さっきも言ったよな。『おまえは猪突猛進型だ』って。あれは・・・褒め言葉だからな」
「け、賢悟さんっ、それって―――」
賢悟の言葉ひとつひとつに大志は鼓動を跳ね上げる。
賢悟は駆け引きなんて求めてなくって、猪突猛進ってのは褒め言葉で、だから・・・だからおれは勢いにまかせて行動していいってこと・・・なんだよな?
この瞬間だって。大志は賢悟に少しでも近づきたいと思っている。
だって、考えてみれば数ヶ月ぶりの再会なのに、キスだってしていない。
ちゃんと抱き合って、キスをして、そして・・・そして・・・・・・
グルグルとひとり考えている大志に、賢悟は極めつけの言葉を浴びせた。
「わかったなら・・・さっさと勢いつけろ」










****     ****     ****










噛み付くように賢悟のくちびるを奪うと、大志はそのまま賢悟を押し倒した。
枕の上にパフンと賢悟の後頭部が落ち、長めの髪がサラリと広がる。
啄むようなキスをすると、賢悟がゆっくりと瞼を開いた。
暗くて表情がはっきりと見えないのがもどかしいけれど、おそらくスゴイことになっているはずの自分の顔を賢悟に悟られないのなら、これも仕方ないことだと大志は思った。
「賢悟さん・・・・・・」
髪の生え際から額、頬と指を滑らせた。触れているのが賢悟であると確認するかのように。
勢いつけろと言われてこの態勢にまで持ち込んだけれど、やっぱり勢いで済ませたくはなかった。
好きだから、大好きだから、ちゃんと抱き合いたいと思った。
「こうやって賢悟さんに触れるの、ずっと夢見てた。だけど、おれ、雰囲気とか読めないし、よくわかんないから。キモチにまかせて何回か賢悟さんにヤな思いさせちゃったし。今日も勝手に会いにきちゃって、賢悟さん怒ってるみたいだし、もうダメかな〜って思ったりもしたんだ」
賢悟は黙って大志の言葉を聞いていた。
「まだ高校生だし、年下で頼りないかも知れない。賢悟さんが何でおれみたいなのに付き合ってくれてるのか、全然わかんないけど、だけどおれ、自分でもびっくりするくらい、賢悟さんのこと好きです」
今までに何度か口にした『好き』という言葉も、今日だけは特別大切にしたい。
だから大志はありったけのキモチを込めて言葉を紡いだ。
突然、頭をギュッと引き寄せられ、大志は前につんのめった。
首に巻きつく温もりで、賢悟に引き寄せられたんだと大志は気付く。
頬がくっつくくらいの至近距離で、賢悟の指先が大志の後頭部を優しく撫でる。
そして賢悟がボソリと呟いた。







「おれがあの時ヤラせなかったから・・・・・・興味なくなったのかと思った」







「そ、そんなことっ―――」
最後まで言わせてもらえず、ギュッと抱きしめられ、次の言葉に賢悟は息を飲んだ。
「おれも・・・おまえのこと、ちゃんと好きだから」
それは大志が初めて聞いた、賢悟からの告白だった。















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