伝わった・・・?





 

第六話







食事は結局森下の部屋で鍋を囲むこととなり、大志は改めて自分の早とちりを反省した。
森下も賢悟と同じ大学に合格していたとは・・・・・・
そう言えば教師たちが、今年の進学状況に大喜びしていたっけと大志は思い起こす。
このマンションも森下の親戚がオーナーらしく、そこで大志は賢悟と森下が遠縁だということを初めて知った。
どうりでみんなが遠巻きに眺めているだけだった賢悟に遠慮の無い物言いができるわけだと納得する。
美波は賢悟たちより1歳年上で、なんと森下が学食で美波にカレーをぶっ掛けてしまったのがきっかけで仲良くなり、あっという間に恋人同士になったらしい。
姉御肌らしい彼女は、一人暮らしのふたりを心配して、食材を持ってはこのマンションを訪れるらしかった。
自分のことをあまり語らない賢悟だから、大志は森下と美波の会話を真剣に聞き、そこから賢悟のこちらでの暮らしっぷりについての情報を得ようと努力した。
お腹いっぱいになって、うとうとし始めた大志は、賢悟ともども追い出されてしまい、今は賢悟の部屋。
あんなに眠かったのに、この部屋に賢悟とふたりっきり(しかも夜)だと思うと眠気も吹っ飛んだ。
先に風呂を使っている間に敷かれた布団の上で、賢悟は落ち着いてはいられない。
ザーザーとシャワーの音がさらなる煩悩を賢悟に与える。
こんなシチュエーションは初めてだ。
何度か触れたことのある賢悟の滑らかな素肌の感触が甦り、賢悟はブルンブルンと首を振った。
だけど想像してはいけないと思えば思うほどにリアルに甦り、動悸が激しくなる。
最後に触れたのはいつのことだったろう。
確かあれは・・・
無理を言って賢悟の予定をほんの少しの時間だけ空けてもらった今年の初め。
すっかり時期遅れだったけれど、合格祈願のため初詣に行く約束を取り付けた。
だけど突然の大雪に急遽諦めて、大志の家へと非難して。
なんとなくそんな雰囲気になって、キスをしたら積極的に応えてくれたから、いい気になった大志はその先へと進もうとしたのだ。
キスを仕掛けながら遠慮がちにセーターの裾から手を忍び込ませても、賢悟は嫌がらなかった。
想像以上に滑らかですべすべした肌は手のひらに吸い付くようで大志を夢中にさせた。
以前にも一度こういう流れになったことがあったのだが、初めての経験に舞い上がってしまった大志は、キスをして肌に触れただけで、その先へと進むことができなかったのだ。
しかしその時は違った。
大雪で初詣を諦めざるを得なくなったときに自分の家に誘ったのにはちゃんと下心があってのことだ。
予定通りに訪れたチャンスを今度は逃がすつもりはない。
繰り返すキスと賢悟の素肌にすっかり臨戦態勢の大志は、逸る気持ちとは裏腹にゆっくり指先を滑らせた。
しかし、胸の突起に指先が引っかかったときにこぼれた賢悟の甘い吐息をうっとりと聞いた瞬間、ドカンと蹴りを食らわされたのだ。
思いもよらない賢悟の行動に唖然とする大志を尻目に、賢悟は乱れた着衣を整えると、隠微な空気を一掃するかのように窓を開け放ち、冷めたコーヒーをググッと飲み干して何もなかったように帰っていったのだ。
窓から流れ込む冷たい空気に晒されながらもその冷たさを感じることもなく、大志は呆然としたまましばらく動けなかった。
その後、賢悟の受験勉強の合間を縫って何度か会ったけれど、賢悟はいつにもましてクールだったし、大志もあの日のことを蒸し返すことはできなかった。
当初はかなり落ち込んだけれども、きっと賢悟にも事情があったのだろうと言い聞かせて、いつもどおりにふるまい続けたのだった。












そして今日。
果たして手を出していいのだろうか
まさかの展開に大志は困惑するばかりだ。
会って話をして、そして抱きしめてキスできれば上等だと思っていたのに、なんと賢悟はシャワーを浴びているのだ。
いや、その行為に意味は無く、人としての習慣だといえばそうなのだが。
だけど、泊まっていけって言ったし・・・・・・
いや、その言葉をフィジカルな関係と結びつけるのは直情すぎると大志は思い直す。
ぐるぐるといろんな妄想を巡らせていると、パタンと浴室のドアが閉まる音が聞こえ、心臓が跳ね上がった。
タオルで頭を拭きながら戻ってきた賢悟は、きちんとパジャマを着込んでいた。
賢悟に借りたTシャツと短パン姿の自分とは大違いだ。
賢悟はそのままキッチンへ向かうと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、ペットボトルに口をつけた。
ゴクゴクとおいしそうに飲み干す賢悟の喉の動きから大志は目を離せない。
仰け反った喉のラインがやけに色っぽくって。
「おまえも飲むのか?」
視線に気づいた賢悟に問われて、大志は不埒な動揺を振り払うかのようにぶるぶると首を振った。
布団を敷くために脇によけられたテーブルとソファ。
賢悟は美波からもらったたこ焼きのパックと冷えたウーロン茶をテーブルに置くとソファに腰掛けた。
「ここのたこ焼き、冷たいほうがうまいんだ。おまえならまだ食えるだろ?」
「うん、あ、ありがとう」
布団の上をテーブルににじり寄って、ソファに座る賢悟の足元に落ち着くと、爪楊枝でたこ焼きをほおばってみる。
「あ、ほんとだ。冷めててもうめぇ」
ソースの代わりにマヨネーズと七味がトッピングされたたこ焼きは、出汁の効いた生地と大きな蛸が絶妙だった。
鍋をおなかいっぱい食べたはずなのに、ついつい手が伸びてしまって、気がつけばパックの中身は半分以下になっていた。
「あっ、ゴメン。賢悟さんの分・・・」
「いいから。入るんなら全部食え」
「だけど賢悟さんだって」
「おれはもう腹いっぱいだ。それにそれは森下のお気に入りで毎日のように食わされるから」
パックを目の前に押し出され、それなら、と大志は遠慮なくたこ焼きを頬張る。
時折視線を感じ、賢悟に目を向けると、賢悟は大志の食べる様子を満足そうに見ていた。
視線が合うと賢悟が逸らすから、大志はそれに気づかないふりをした。
どうやら賢悟は大志の食べっぷりを見ているのが好きなようだ。
よく一緒になった学食でも―――もちろん大志が無理やり賢悟を誘ったのだが―――いつも軽くうどんなんかで済ませてしまう賢悟の方が食べるのが早くて、ガツガツと日替わりランチをかきこむ大志を見ては『まるで飢えた犬のようだな』と呆れながらも賢悟は大志の食べ終わるのを楽しそうに待っていた。
楽しそうに・・・というのは大志の願望が入っているのだが。
食べているところを見られているのは気恥ずかしかったが、それでも賢悟が自分に興味を持っている証拠のようで嬉しかったのだ。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて小さく頭を下げる。
お腹をさすりながらウーロン茶に手を伸ばすと、グラスが空になっていた。
「おかわりだな」
すぐに気付いた賢悟がグラスを持って立ち上がろうとするのを大志が阻む。
「いいよ。お茶のおかわりくらい自分で入れるから」
賢悟にあれこれと世話を焼かれることになれない大志は、そういう賢悟の気遣いがくすぐったくて仕方がない。
尽くすことに慣れていても、尽くされることには全く免疫がないのだから。
「おまえは客なんだから」
「でも泊めてもらうんだから自分のことくらい自分で―――あっ!」
慌てた大志の手が、テーブルのグラスに当たった。運の悪いことに賢悟のグラスにはまだたんまりとウーロン茶が残っていたから、あっという間に液体が広がり、テーブルの端から畳に滴り落ちようとするのに大志は焦った。
「うわっ!」
ティッシュボックスなんて探している暇も、布巾を取りに行く暇もなく、咄嗟に大志は着ていたTシャツで今にも滴り落ちそうな茶色の液体を抑えた。
「バカッ!何やってんだよ!」
賢悟が傍らにあってティッシュを数枚抜き取りテーブルを拭こうとするが、その程度では間に合うわけもなく、Tシャツの裾で液体を吸い取ろうとする大志を一瞥すると、キッチンから布巾を持ってきてササッと拭き取ってしまった。
借りた白いTシャツに出来上がった茶色い染みを、大志は呆然と眺めていた。
「け、賢悟さんっ、シャツ汚しちゃったよ!ゴ、ゴメンナサイ」
咄嗟のこととはいえ、借り物なのに。しかも賢悟からの。
洗えばシミにはならないと思うけれど、大志は自分の行動を反省し俯いた。
「いいから、さっさとそれ脱いで」
「あ、はい」
洗濯するなら早いほうがいいだろうと、大志はTシャツをガバリと脱いだ。
「これに着がえ・・・」
クローゼットから代えのシャツを取り出して振り向いた賢悟の視線が大志の上半身を捕らえた。
男同士、恥ずかしがることなんてない。ましてや上半身のハダカくらいどうってことはないはずなのに。
賢悟の視線を感じ、大志は恥ずかしくて真っ赤になった。
「何恥ずかしがってんだよ。さっさとこれ着て寝ろ!」
大志とは正反対にいたって冷静な賢悟に投げつけられたTシャツを、大志はそそくさと着るのだった。














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